65話:高位森人は美しいらしい(ふーん)
ふらふらと入り口広場を離れた虹魔塔主は、そのまま先程記憶した「精霊の森」へと向かう。
そこで精霊魔法の実演をすると言うことだが、そういえば先程のセレモニーでも精霊は見えたがイリシアの姿はなかった。
はたしてどのような人物なのか想像もつかないが、虹魔塔主は先程見たアベルやダリアンのような「出来る男」を想像していた。
だから……当然、知らなかったのだ。魔法学園ヤマダの精霊魔法教師イリシア・ハイランド・ノルティカ。ただでさえ美しい者が多い森人の上位種族である高位森人。
絹のような黄金の髪は長く、美しく流れて。青い瞳は優しげに細められている。一切の無駄のない美しい身体は絹よりも美しい何かで織られた衣装に包まれ、無数の精霊たちの作る輝きがイリシアを宝石のように輝かせているのだ。
なるほど、精霊に好かれる人物は何かと聞かれた場合、これを見れば誰もがイリシアを思い浮かべるような、そんな現実離れした美しさ。
(そうか……あの人がイリシア……精霊たちにあれほど好かれるのも無理はない。ないが……!)
そんな結果を持ち帰ったところで虹魔塔の役には微塵もたたない。だからこそ、目に見える即効的な結果を持ち帰りたいのだが……虹魔塔主はイリシアから目を離せないでいて。
「……あら? お客様ですか。ようこそ精霊の森見学会へ。此処には私が声をかけて代表的な精霊に集まっていただいています。さあ……どうぞもっと近くでご覧になってくださいな」
「「「はい!」」」
虹魔塔主はそう声をあげて。思わず「ん?」と周囲を見回す。どうにも気付かぬうちに自分と同じような状態になった連中がたくさんいたようで、その中には明らかに「保護者」ではなく生徒らしき者もいる。そしてその全員がイリシアに魅了されているのは間違いない。
自分を棚に上げて下心を見せている連中に虹魔塔主は怒りを覚えるが、虹魔塔主は虹魔塔の未来を背負ってここにきているのでまあ、マシなほうかもしれない。
(というか、あそこの男は確かスネイル王国の国王ではないか!? 王妃がいるのに何を鼻を伸ばして……!)
さておき、イリシアはそんな連中に慈愛に満ちた笑顔を浮かべていて。逆に精霊たちは警戒の視線を浮かべている……というか、イリシアから見えない位置でチンピラじみた顔を主に虹魔塔主に向けてきている。可愛らしい姿と真逆の表情だ……なんとも恐ろしい。
「精霊魔法……と言ってもご存じではない方も多いでしょうがつい最近、精霊魔法は大きな変化を迎えた分野です。精霊が長らく失っていた意思を取り戻し、対話をもってして精霊へ助力を乞う魔法となったからです。勿論、魔法である以上は魔力を必要としますし精霊との関係も重要です。当学園で私が教えるのは、そういったものです」
「おお……ではイリシア、先生。精霊魔法は他の魔法と比べて習得難易度はどうなのでしょうか?」
スネイル国王が聞けば、イリシアはちょっと困ったような笑顔を浮かべる。簡単な魔法などなく、それぞれの分野に応じた難しさがあるだけだ。アベルならそれをそのまま……いや、かなり辛辣に言うだろうが、イリシアはそういう性格ではない。大分言葉を選ぶ方であり、少し考えてから「そうですね……」と切り出した。
「特別難しいわけでもなく、特別簡単なわけでもありません。ただ、精霊と良い関係が築けるかは一つの大きなポイントになるでしょうね……何にでも相性というものはありますから」
「なるほど……」
「で、では!」
此処が聞くポイントだと、虹魔塔主は声をあげる。これは実質「学び」だ。虹魔塔主としてのプライドを投げ捨て、虹魔塔主は教えを乞う。
「仮に精霊に嫌われている人間がいたとして……精霊魔法を使うことは不可能とお考えか?」
イリシアは虹魔塔主をじっと見る。何故そんな質問を、とは思わない。すでに精霊たちが「虹魔塔主が来ている」とイリシアに風貌含めて全部報告しているからだ。当然、虹魔塔の精霊魔法使いたちが嫌われている理由が、精霊たちを傲慢に扱い自分自身の力であると増長しこき使っていたからであるということも知っている。
ついでに言えば、魔法学園ヤマダの目的を考えたときに魔塔の秘匿体質は敵そのものであることも……当然知っているし、虹魔塔が精霊たちが暴れてぽっきり折れていることも知っている。
(んー……コアなら「しらねーよバァカ!」とか言うのでしょうけど……)
粗暴な冷血扱いされている白猫コアが入り口広場でくしゃみをしていたがさておいて。イリシアとしてはそこまで追い詰められたのであれば一番変われるのは虹魔塔ではないか、とも考えていた。
だから……そこから起こる波紋を期待して、こう告げるのだ。
「不可能、ではないでしょう。ただしそれには誠実さを精霊に理解してもらう必要があると思います」
「誠実さ……」
「精霊は傲慢を嫌い、あるがまま流れていくことを好みます。そして、ちょっとヤンチャです。それをこちらの都合で魔法として力を使っていただくのですから……普段から見られていることを意識することが全ての始まりとなるでしょうね」
(まあ、精霊にも合う合わないはありますから。それで全ての精霊と仲良く出来るわけではありませんが……)
とはいえ、虹魔塔の連中はそこから始めなければならない。今まで傲慢に接してきた分、精霊たちに機嫌を直してもらわないといけないのだから。
それは虹魔塔主も感じ取っていた。自分が、いや……虹魔塔が今まで間違っていたのだと。その間違いを取り戻すにはどれだけかかるか分からないし、虹魔塔の権威も底まで落ちるだろう。それでも。
「……ありがとうございます。大変勉強になりました」
「いえいえ、この授業ではこういうことを教えているのだとご理解頂けたなら、私も嬉しいです」
深々と頭を下げる虹魔塔主を、ちょうどやってきた白猫コアも「おっ」という目で見ていたが……この後どうなるかは、まさに虹魔塔次第と言えるだろう。




