第8話 薬草とはいったい
結局、薬草問題はミレイさんに泣きついて解決した。
「これが、依頼で求められてる薬草です」
カウンターに戻って相談すると、ミレイさんが一枚の絵を見せてくれた。薬草の見本が描かれた紙だ。ギザギザした葉っぱで、先っぽが少し赤い。特徴的な形をしていて、これなら俺でも見分けられそうだった。
「街の外、東門を出てすぐの草原に群生してます。緑が濃くて湿った場所を探すと見つかりやすいですよ」
「助かる! ミレイさん、ほんといい人だな!」
「……仕事ですので」
そっけなく言いながらも、ミレイさんはちょっと照れたように目を逸らした。なんだかんだ面倒見がいいらしい。
絵を頭に叩き込んで、東門へ向かう。
門を抜けると、なるほど、噂通りの草原が広がっていた。見渡す限りの緑。風が吹くたびに草が波打って、けっこういい眺めだ。空気もうまい。
「お、いい感じじゃん」
遠くには森が見える。そっちには行かないようにしよう。森=スライムの記憶が、まだ生々しい。あいつにはもう関わりたくない。
さっそく薬草を探し始めた。
絵の特徴を思い出す。ギザギザの葉、先っぽが赤い。緑が濃くて湿った場所。
しゃがんで草をかき分ける。
……どれも同じに見える。
「いや、ギザギザの葉っぱ多すぎん?」
草というのは、想像以上にギザギザしていた。あっちもこっちもギザギザだ。世の中の草の九割はギザギザしてるんじゃないかってくらい、ギザギザだらけだった。先っぽが赤いやつもちらほらあるが、それが本当に求めてる薬草なのか確信が持てない。
間違ったやつ持って帰って「これ違います」って言われたら、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「うーん……これか? いや、これかも……」
一本抜いては絵と見比べ、また一本抜いては見比べる。地味な作業だった。だが、これが冒険者の第一歩だ。ガドも言ってた。地道にやれって。
しゃがみ込んで、ひたすら草と向き合う。
しばらく続けていると、だんだんコツが掴めてきた。求めてる薬草は、ギザギザの間隔が均等で、先の赤みがはっきりしている。似て非なる草は、赤みがぼんやりしていたり、葉の形が崩れていたりする。
見分けられるようになると、急に楽しくなってきた。
「お、これだ! 間違いない!」
一本見つけると、近くに群生していた。同じ特徴の草が、固まって生えている。湿った場所を好むってのも本当だった。地面が少しじめっとしたあたりに、まとまって生えていた。
そこからは早かった。次々と摘んでいく。両手いっぱいになるまで、そう時間はかからなかった。
「やればできるじゃん、俺!」
摘んだ薬草を束ねて、満足げに眺める。これで銅貨五枚。一束で五枚なら、もっと摘めばもっと稼げる。せっかく来たんだ、できるだけ摘んで帰ろう。
調子に乗って、草原をうろうろしながら薬草を集めていく。
そうやって夢中になっていた、その時だった。
すぐ近くの草むらが、がさりと揺れた。
びくっとして手が止まる。
……まさか、スライムか? また、あいつか?
じりじりと身構える。武器はない。あるのは両手いっぱいの薬草だけ。こんなもんで戦えるわけがない。最悪、薬草を投げつけて逃げるしかない。
草むらが、もう一度揺れた。そして——
ぴょこん、と何かが顔を出した。
「……うさぎ?」
白くて丸い、小さな生き物だった。長い耳。つぶらな瞳。どこからどう見ても、うさぎだった。ただ、体がほんのり、淡く光っている。
うさぎが、こっちをじっと見ている。
警戒する様子もなく、鼻をひくひくさせて、のんびりした顔をしていた。とりあえず、襲ってくる感じではなさそうだ。
「お前、なんか光ってんな」
声をかけると、うさぎは小首をかしげた。それから、ぴょん、と一歩近づいてきた。
「お、人懐っこいな。野生じゃないのか?」
しゃがんで手を差し出してみる。うさぎは匂いを嗅いで、ふんふんと手の周りを調べていた。それから、ちょこんと手に前足を乗せてきた。
軽い。あったかい。そして、なんか、かわいい。
「うわ、なにこれ、めちゃくちゃ癒される」
スライムには負けたが、こっちは平和そのものだった。光るうさぎと草原。さっきまでの薬草採取の地味さも忘れて、しばらくうさぎと戯れてしまった。
うさぎはひとしきり手の匂いを嗅ぐと、満足したのか、ぴょんぴょん跳ねて草むらに戻っていった。最後に一度だけこっちを振り返って、それから茂みの奥へ消えていく。
「……可愛かったなぁ、今の。」
謎の生き物だった。でも悪くない。異世界、こういう出会いもあるのか。スライムみたいなのばっかりじゃないらしい。
うさぎが消えた草むらをしばらく眺めてから、立ち上がる。
日が少し傾き始めていた。
そろそろ戻るか。薬草もけっこう摘めたし、初日の成果としては上々だ。
両手いっぱいの薬草を抱えて、街へ向かって歩き出す。
冒険者、一日目。スライムには負けたし、薬草の見分けには苦労したし、光るうさぎと戯れたりもしたけど——まあ、悪くないスタートだった気がする。




