第7話 冒険者の始め方
登録はあっさり終わった。
書類に名前を書いて説明をいくつか受けると、最後に一枚の金属プレートを渡された。手のひらサイズのずっしりした板で、表面に文字が刻まれているが当然読めない。
「これが冒険者証です。身分証にもなりますので、なくさないように」
受付嬢のミレイさんが丁寧に教えてくれた。
「冒険者には等級があります。一番下が銅級。そこから銀、金、白金と上がっていきます。ソラ様は今日登録したばかりなので、もちろん銅級スタートです」
「銅級! 一番下からか! いいね、伸びしろしかないじゃん!」
「……変わった方ですね」
ミレイさんが少し面食らったように笑った。でも本当にそう思ったのだ。一番下からのスタート、大いに結構。上がる以外に行き場がないってことじゃないか。
「依頼はあの掲示板に貼ってあります。銅級が受けられるのは印が付いているものだけ。最初は無理せず、簡単なものからどうぞ」
「了解! ありがとうございます!」
元気に礼を言って掲示板へ向かう。
依頼! ついに冒険者の依頼ってやつ……!
わくわくしながら掲示板の前に立った。紙がびっしり貼られている。が。
「読めねえ」
全部、あの読めない文字だった。
そうだった。この世界の文字、一個も分からないんだった。喋るのは通じるのに、書いてあるのはさっぱりだ。掲示板を端から端まで眺めても、ミミズがのたくった模様にしか見えない。
いや待て、これ詰みじゃね? 依頼の内容、一文字も分かんないんだけど!
しばらく掲示板の前で固まっていると、後ろから声がかかった。
「兄ちゃん、新人か?」
振り返ると強面の男が立っていた。革鎧を着た、いかにも歴戦の冒険者という風貌。腕に大きな傷跡がある。
「お、分かる? 今日登録したばっかなんだよね」
「だろうな。その辺で突っ立ってる新人は大体そうだ」男はにっと笑った。「で、依頼が読めなくて固まってる、と」
「なんで分かったの!?」
「顔に書いてある」
うっ。そんなに分かりやすかったか。
「字が読めねえ新人も珍しかねえよ。読んでやろうか?」
「マジで!? 助かる、ありがとう!」
「困った時はお互い様だ。新人が背伸びして死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
なんていい人なんだ。この世界、いい人多すぎないか?
馬車のおじさんといいこの人といい、異世界に来てから人の優しさにばっか触れている。スライムには負けたけど、人には恵まれているらしい。
ガドと名乗ったその男は、掲示板の依頼をいくつか読んでくれた。
「まず、これだな。『街の外で薬草採取、一束で銅貨五枚』。安いが危険はほぼねえ。新人がまず受けるやつだ」
「薬草採取……地味!」
「地味で結構。地味な依頼で死ぬ奴はいねえからな」ガドが笑う。「派手な依頼に手ぇ出して死ぬ新人を、おれは何人も見てきた」
ぐっと言葉に詰まった。確かにその通りだ。スライム一匹に負ける俺が派手な依頼なんて受けたら、十秒で死ぬ自信がある。
「他には『下水掃除、銅貨八枚』『迷い猫の捜索、銅貨三枚』『酒場の荷運び、銅貨四枚』。このへんが新人向けだ」
「冒険者ってもっとこう、魔獣と戦ったりするもんじゃないの?」
「最初からそんなもん受けられるか。死にてえのか?」
「もちろん死にたくはねぇな!」
「だろ。地道にやれ。銅貨貯めて、装備揃えて、ちょっとずつ強い依頼受けて等級上げる。それが冒険者ってもんだ」
うわー、リアル! 夢がないけど、リアル!
思い描いてた華やかな冒険者ライフとはだいぶ違う。けど考えてみりゃ当然だ。いきなりドラゴン退治できるわけがない。地道にコツコツ。世知辛いが、それが現実ってやつらしい。
「ありがとな、ガド! めっちゃ助かった!」
「おう。死ぬなよ、新人」
ガドは軽く手を上げて酒場へ去っていった。
よし。とりあえず薬草採取だ。地味でも第一歩は第一歩。
そう自分に言い聞かせて依頼票を剥がそうとして、ふと、わりと致命的な問題に気づいた。
「あれ。薬草って、どれが薬草なんだ?」
俺、この世界の植物、一個も知らないぞ。どれが薬草でどれがただの雑草なのか、見分けがつくわけがない。
まあ、四つ葉のクローバー探すよりはマシ……いや、マシか? あれは少なくともクローバーだってのは分かってる分、まだ親切な気がしてきた。こっちは草の時点で全部初対面だ。
「これ、地味に難易度高くない?」
冒険者の道は、踏み出す前から前途多難だった。




