第6話 お約束の鑑定結果はっぴょーう!
手をかざして、しばらく待つ。
鑑定石が、淡く光り始めた。
お、おお……! 光った……! なんか光ってるぞ……!
じわじわと、石の輝きが強くなっていく。空の心臓も、それに合わせてどきどきと高鳴った。
来る……! 何か来るぞ……! 頼む、すごいやつ……!
その時だった。
石の光が、ぐにゃりと歪んだ。
「……あれ?」
受付嬢が、小さく声を漏らした。
石の中に、何かが浮かび上がってくる。文字のような、模様のような——でも、それが読めなかった。見たこともない、奇妙な記号。くねくねとした線が絡み合った、文字とも言えない何か。
しかも、それが——二つ、あった。
「……え?」
受付嬢の顔から、笑みが消えた。眉をひそめて、石をのぞき込む。
「なに、これ……」
空にも、雰囲気で分かった。何かがおかしい。受付嬢の反応が、明らかに「いつもと違う」やつだった。
「あの、これって……?」
「……少々、お待ちください」
受付嬢は、石をぽんぽんと叩いた。それから、布で拭いたり、角度を変えてのぞき込んだりした。でも、石の中の二つの記号は、消えない。
「おかしいですね……こんな表示、見たことが……」
彼女は困惑しきった様子で、何度も首をかしげていた。
ど、どうしよう。なんか、やばい感じか……? 俺、なんか変なことになってる……?
不安がこみ上げてくる。さっきまでの浮き足立った気持ちが、すーっと引いていった。
「それ、何かまずいやつなのか……?」
「いえ、その……」受付嬢が言葉を選ぶように言う。「鑑定石に、こんな表示が出るのは、初めてで……。普通は、ちゃんと異能の名前が出るんです。一般異能なら『料理』とか『健脚』とか。でも、これは……文字ですら、ない」
文字ですら、ない。
もう一度、石をのぞき込んだ。確かに、何が書いてあるのかさっぱり分からない。くねくねした線が絡まっているだけ。読めるとか読めない以前に、文字に見えなかった。
「これ……二つあるのも、変なんですよね……。異能は一人に一つが基本なので。二つあるなんて、英雄レオン様くらいで……」
受付嬢が、ぶつぶつと呟く。それから、はっとした顔をして、空を見た。
その目に、一瞬、期待のような光が宿る。
「まさか、固有異能……? それも、二つ……?」
「えっ!? ま、まじか!?」
空のテンションが、再びぶわっと跳ね上がった。
固有異能!? しかも二つ!? それ、英雄レオンと同じやつじゃん……!
やった。やったぞ。やっぱり俺、選ばれし者だったんだ——
「……いえ」
受付嬢が、すぐに首を横に振った。
「すみません、それはないですね。固有異能なら、ちゃんと異能名が表示されます。こんな、読めない記号なんかじゃなくて。これは……たぶん、石の不具合です」
「……ふぐあい」
「ええ。鑑定石も、古くなると稀に誤作動を起こすんです。たぶん、それですね」
受付嬢が、申し訳なさそうに言った。
空の中で、ぶわっと膨らんだ期待が、しゅるしゅるとしぼんでいった。
「えっと、じゃあ、俺の異能は……?」
「もう一度、鑑定してみましょう。別の石で」
受付嬢が、奥から新しい鑑定石を持ってきた。さっきと同じ、透明な水晶。それを台座に乗せて、空に促す。
「もう一度、手をかざしてください」
今度こそ、頼む……! ちゃんとした異能、出てくれ……!
石が、淡く光り始める。そして——
また、ぐにゃりと歪んだ。
石の中に、同じ二つの記号が、ゆらゆらと浮かび上がった。
「……またですか」
受付嬢が、がっくりと肩を落とした。
「うーん……二つの石で同じ表示が出るなんて……。でも、やっぱり読めないし、異能名でもないし……」
彼女は、しばらく考え込んでいた。それから、結論を出すように言った。
「……正直に言いますね。これは私の手には負えません」
「えっ」
「こんな表示は見たことがないんです。文字でもない、異能名でもない、得体の知れない記号が二つ。鑑定石としては、これは『読み取り不能』ということになります」
「読み取り不能……」
「で、読み取り不能の場合、規定では——『異能なし』として登録することになっています」
……異能なし。
その言葉が、ずーんと、空の胸に落ちてきた。
「……えっ、なし!? 俺、異能なし!?」
「あ、いえ、正確には『鑑定不能』なんですけど、登録上は『なし』扱いになってしまって……」
受付嬢が、慌ててフォローしてくれる。でも、空の耳には、もう「なし」しか残っていなかった。
マジか。マジで言ってんのか。
異世界転移した主人公だぞ、俺は。期待しただろ、めちゃくちゃ。極とか、固有異能とか、すごい話を散々聞かされて。なのに——
異能、なし。
「いや、ないんかーい!!」
思わず、ギルド中に響く声でツッコんでしまった。
近くにいた冒険者たちが、何事かとこっちを見る。受付嬢が、申し訳なさそうに小さくなった。
「す、すみません……でも、安心してください! 異能がなくても、冒険者にはなれますから!」
「ほんとか!?」
「はい。異能なしでも、鍛えれば立派にやっていける人は大勢います。むしろ、自分の力だけで成り上がった冒険者の方が、かっこいいって言う人も……」
「……それ、慰めてるよね?」
「い、いえ、本心です!」
受付嬢が、必死にフォローしてくる。はあ、と大きなため息をついた。
まあ……いいか。
落ち込んだのは一瞬だった。空はそういうところがある。考えても仕方ないことは、わりとすぐに切り替えられる。
異能なし、上等じゃないか。異能がなくたって、冒険者にはなれる。それなら、自分の力で這い上がればいい。漫画でもそういう主人公、いるじゃないか。最初は何も持ってなくて、努力でのし上がっていくやつ。むしろ、燃える展開だ。
よし。やってやる。
「分かりました! 異能なしでもいいです! 俺、冒険者になります!」
空がそう宣言すると、受付嬢は、ほっとしたように微笑んだ。
「……はい。では、登録を進めますね」
彼女は、書類にペンを走らせていく。空は、その様子をわくわくしながら眺めた。
異能なしでも冒険者になれる。それで十分だった。さっきの変な記号のことは、もう頭から抜けていた。石の不具合って言ってたし、まあそんなこともあるだろう。
それより今は——冒険者だ。新しい人生の、始まりだ。




