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第5話 最強冒険者、誕生?

 扉を開けた瞬間、賑やかな空気がどっと押し寄せてきた。


 広い空間に、木のテーブルがいくつも並んでいる。あちこちで人が酒を飲み、飯を食い、何やら騒いでいる。壁際には掲示板があって、紙がびっしりと貼られていた。奥にはカウンターがあって、受付らしき人が立っている。


 うおおお……これぞ冒険者ギルド……!


 完全に、想像通りの光景だった。いや、想像以上かもしれない。剣を背負った厳つい男、ローブをまとった怪しげな人物、革鎧を着た女性。みんな、いかにも「冒険者」って感じだった。


 ここから、俺の冒険が始まるのか……!


 じわじわとテンションが上がってくる。さっきまでの緊張はどこへやら、もうわくわくが止まらなかった。


 考えてみろ。異世界に転移して、冒険者ギルドに来た。これはもう、王道中の王道だ。漫画なら主人公が無双するパターンのやつ。ということは——


 俺もワンチャン、最強冒険者になれるのでは……?


 いやいや、と一瞬冷静になりかけたが、すぐにまた気持ちが浮き上がった。だって可能性はゼロじゃない。異世界転移した主人公には、大体すごい力が備わってるものだ。


 頼む、なんかすごい力ください。


 そんなことを考えながら、ふらふらとカウンターへ向かった。


「あの、すみません」


 受付に立っていたのは、若い女性だった。きっちりした服を着ていて、髪を後ろで結んでいる。空を見て、少し不思議そうな顔をした。


「いらっしゃいませ。ご依頼ですか? それとも——」


 空の格好を、上から下まで見る。寝巻き姿の、明らかに場違いな少年。受付嬢の表情が、わずかに困惑に変わった。


「……えっと、冒険者の方、ではない、ですよね?」


「まだです! でも、冒険者になりたくて来ました!」


「登録、ということでしょうか」


「はい! お願いします!」


 元気よく答えると、受付嬢は少しほっとしたように頷いた。


「かしこまりました。冒険者登録ですね。では、いくつか確認させていただきます」


 彼女はカウンターの下から、一枚の紙を取り出した。


「お名前を伺えますか」


「直井空だ。空でいい!」


「ソラ様ですね。出身は……」


 ペンを走らせかけて、彼女は手を止めた。空の格好をもう一度見る。


「……失礼ですが、その、随分と変わった装いですね。どちらからいらっしゃったんですか?」


 来た。この質問。


 馬車のおじさんには「色々あって」で乗り切ったが、ここでもそれで通じるだろうか。でも、本当のことなんて言えるわけがない。異世界から来ました、なんて。


「えーっと……すごく、遠くの方から来て。色々事情があって、身分証とかも、何も持ってなくて……」


 しどろもどろになりながら、なんとか言葉を絞り出す。


 受付嬢は、じっと空を見ていた。それから、小さくため息をついた。


「……なるほど。事情がおありなんですね」


「は、はい」


「正直、よくあることです」彼女は意外にもあっさり頷いた。「身分証を持たない方、訳ありの方、ここには色んな人が来ますから。冒険者になるのに、過去は問いません」


 空は、ほっと胸を撫で下ろした。


 よかった……! 追い返されるかと思った……!


「ただし」受付嬢が、人差し指を立てた。「一つだけ、必ず受けていただくものがあります」


「なんですか?」


「異能の鑑定です」


「ぎふと……?」


 思わず聞き返すと、受付嬢の手が止まった。


「……異能を、ご存知ない?」


「えっと……ごめん全然、分からなくて」


 受付嬢が、ぽかんとした顔をした。それから、まじまじと空を見る。


「異能を知らない方……初めて会いました」


 しまった。なんか、変なこと言ったか……?


 彼女の反応を見るに、異能というのはこの世界では当たり前のものらしい。知らないなんて、よっぽどおかしいことなんだろう。冷や汗が出てきた。


「あ、いや、その、ほんと田舎の方で育ったから……! そういうの、あんまり詳しくなくて……!」


「はあ……そうなんですね」


 受付嬢は腑に落ちない顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。代わりに、丁寧に説明してくれる。


異能ギフトというのは、人が生まれ持つ特別な力のことです。誰でも何かしらの異能を持っている可能性があります」


「誰でも……?」


「ええ。たとえば、料理がやたら上手いとか、転んでも絶対に怪我をしないとか。そういう些細なものも立派な異能です。これを一般異能ノーマルと呼びます。ほとんどの人は、こういった日常的な異能を持っています」


 へえ……! そういうのも異能なのか……!


 なんだか、思っていたのと違った。空が想像していた異能は、もっとこう、派手なやつだった。炎を操るとか、空を飛ぶとか。料理上手も異能の一種だとは。


「ただ、中には、もっと強力な異能を持つ人もいます」


 受付嬢が、指を一本ずつ立てながら続けた。


「一般異能の上に、ヴァルス。これは一万人に一人ほど。身体能力や魔力が、全体的に底上げされる異能です。冒険者や兵士には、これを持つ人が多いですね」


 一万人に一人。けっこうレアじゃん……!


「その上が、ラルス。百万人に一人です。並をさらに上回る、桁違い、異常なまでの強化。ここまで来ると、一流の冒険者や騎士のレベルです」


 百万人に一人……! もう全然違う世界の話じゃん……!


「そして、エルス。千万人に一人。これはもう、別格です。炎を操ったり、空間を歪めたり……一人ひとりが固有の特別な力を持っています」


 せ、千万人に一人……!?


 空は、思わず身を乗り出した。


 炎を操る!? 空間を歪める!? それだよ! 俺が想像してたやつ! そういうのが、あるのか……!


「すげえ……! かっこいい……!」


 つい声が出た。受付嬢が、くすりと笑う。


「みんな最初はそう言いますよ。でも、極はめったにいません。一生のうちで一度も見ない人がほとんどです」


「そっか……そりゃそうか……」


 千万人に一人だ。そう簡単に会えるわけがない。


「それから——これは、もうほとんど伝説の領域なんですけど」


 受付嬢が、少し声を落とした。


固有異能ユニーク、というものがあります」


「ゆにーく……?」


「この世界に、ただ一つだけ。唯一無二の異能です。同じものは、二つと存在しません」


 ただ一つだけ……! なにそれ、めちゃくちゃ強そう……!


「持ち主は、ほとんどいません。今の時代だと——英雄レオン様くらいでしょうか」


「英雄?」


 空が聞き返すと、受付嬢の目が、少しきらめいた。


「ご存じない? まあ、田舎の方なら……いえ、英雄レオン様は、この国で知らない人はいないくらいの方なんですけど」


 彼女は、誇らしげに語り始めた。


「たった一人で、何万もの魔獣の群れを食い止めたり、誰も倒せなかった竜を討伐したり……数々の偉業を成し遂げた、現代最強の英雄です。固有異能ユニークを、しかも二つも持っているという、規格外の方で」


「ふ、二つ!?」


「ええ。本来、異能は一人に一つです。なのに二つ持っているなんて、レオン様くらいですよ」


 二つ持ちの英雄……! うわ、めちゃくちゃ気になる……! 会ってみたい……!


 空のテンションは、もう天井知らずだった。最強の英雄。固有異能を二つ持つ規格外。漫画だったら絶対、主人公がいつか出会って、共闘したりライバルになったりするやつだ。


 俺もいつか、そういう存在に……!


「と、まあ、これが異能の説明です」受付嬢が、こほんと咳払いをした。「あなたの異能が何なのかは、鑑定すれば分かります。一般異能か、それとも、もっとすごいものか」


 そう言って、彼女はカウンターの奥から何かを持ってきた。


 水晶のような、透明な石だった。手のひらサイズで、台座に乗っている。淡く光を反射していて、なんだか神秘的だった。


「これが鑑定石です。手をかざして、魔力を込めてください。込め方が分からなくても、かざせば石が勝手に読み取ってくれますから」


 ごくり。


 空は、震える手を鑑定石にかざした。


 頼む。頼むぞ。すごい異能、来てくれ……!


 散々すごい話を聞かされた後だ。期待するなという方が無理だった。エルスとか、ユニークとか、そこまでいかなくてもいい。せめて、ヴァルスくらいは——いや、欲を言えば、ラルスくらい、あっても……!


 心の中で祈りながら、目を閉じた。


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