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第21話 ひとりじゃなくていい

今日の仕事は森の奥の群生地で薬草が育ってるか見てくるっていう採取依頼だ。戦闘なしのいわゆる平和なおつかいクエストってやつ。


弱者連合を組んでからここ最近は三人でちょこちょこ依頼を受けてる。ゴブリン退治やら薬草採取やら、地味なのばっかり。でもおかげで一緒に動くのにもだいぶ慣れてきた。


木漏れ日の下をのんびり歩きながら俺はいつもみたいにべらべらしゃべってた。


「なあ、薬草採取って地味だけどさ、コツコツやってるとなんかレベル上がってる感じして嫌いじゃないんだよな」


「れ、レベル……?」


ネルが首をかしげる。だーいじょうぶ、こっちの話。伝わらないのはいつものことだ。ウィットも横で「採取の何が楽しいんだ」みたいな顔をしてる。でもいいんだ。俺が楽しいんだから。


ネルが道端のキノコを見つけて「あっ、これ食べられそうです」とか言い出す。ウィットが「いや毒だろ」ってツッコんでる。平和だ。実に平和。


――そう、完全に油断してた。


茂みをかき分けて開けた場所にひょいと出た。


その瞬間、目の前にそれがいた。



でかい。


最初は岩かと思った。緑色のでかい岩。でも岩は息をしない。ぬっと身じろぎしてぎょろりとした目が俺たちを捉えた。


俺の身長の倍近くある巨体。丸太みたいな腕。腐った肉と汗の混じった臭いがむわっと鼻を突いた瞬間、全身がぞわっと粟立った。


この臭い、知ってる。忘れるわけがない。


オークだ。前に一度、こいつに殺されかけてる。


前に調子に乗って一人で依頼を受けて圧倒された。剣は弾かれて、地面に這いつくばって、もう終わり。そこをたまたま通りかかったパーティーに助けられた。


一人にできることなんてたかが知れてる――そう思い知らされて誰かと組もうって決めた。それが弱者連合のはじまりだ。


「う、嘘だろ……オークなんてこんな浅いとこに……」


ウィットの声が震えてる。


心臓がばくばくしてる。手の先が冷たい。体があの時のことを覚えてる。


でも逃げきれない。こいつから二人を連れて逃げきるなんて無理だ。それに――あの時の俺みたいな思いをこいつらにはさせたくない。


「二人とも、下がってろ。こいつは俺がやる」


一人じゃ無理だっていちばん知ってるはずなのにな。それでも足は前に出てた。



剣を抜いて踏み込んだ。


オークの腕めがけて斬りつける。手応えはあった。でも――硬い。刃が肉に食い込んだ感触のあとガッと骨にぶつかって止まる。腕にビリビリと衝撃が跳ね返ってきて剣を握る手が痺れた。


ゴブリンなら一撃で終わってた。なのにこいつは浅く斬られた腕を見もしないでぎょろりと俺を睨んだ。


やべ。


こいつが一歩踏み込んだ。ズシン、と地面が揺れる。丸太みたいな腕が真上から振り下ろされた。横っ飛びで避けたつもりが風圧だけで体が持っていかれた。かすったのは肩だけ。なのに――


地面に叩きつけられてた。


息が、できない。胸を思いっきり殴られたみたいに肺が縮こまって口を開けても空気が入ってこない。耳の奥がキーンと鳴ってる。視界の端がチカチカした。


……これ、まともに食らってたら死んでたやつだ。


背筋が冷たい。手が震える。足に力が入らない。ゴブリン相手に感じてたのなんて可愛いもんだった。


それでも立ち上がったのは後ろにあいつらがいるからだ。


ウィットとネルが青い顔で俺を見てる。俺が倒れたら次はあの二人だ。それだけは絶対に嫌だった。困ってるやつを放っておけないこの性分はどこから来てんだか。


オークがもう一度腕を振り上げた。狙いは――ネルだ。腰を抜かして動けないネルに、まっすぐ。


考えるより先に、体が動いてた。


二人の前に滑り込んで剣を盾みたいに掲げる。受けきれるわけがない。わかってた。


衝撃。


剣ごと弾き飛ばされて背中から木に叩きつけられた。今度はさっきの比じゃない。背骨が軋んで口の中に血の味が広がる。剣が手から離れて地面に転がった。


まずい。剣がない。立てない。オークがゆっくりこっちに近づいてくる。


また同じだ。剣をなくして這いつくばって、もう終わり――あの時となんにも変わってない。


「――おれが、やる!!」


聞いたことないくらいでかい声だった。


ウィットだ。あのビビりで自信のないウィットが槍を構えてオークの横っ腹めがけて突っ込んでいく。


腰の入ったまっすぐな一突き。穂先がオークの脇腹に深々と突き刺さった。前にゴブリンを倒したときの比じゃない、本気の一撃。


ヴァルス。一万人に一人の才能が今、ちゃんと牙を剥いた。


オークが咆哮を上げてのけぞる。痛みに暴れてウィットを薙ぎ払おうと腕を振り回す。


「ウィット、離れろ!」


俺は地面に転がった剣を掴んで痺れた足に無理やり力を込めた。ウィットがオークの注意を引きつけてくれてる。脇腹を槍で抉られてこっちを向いてない。


がら空きだ。


今ならいける。ウィットが作ってくれたこの一瞬なら。


地を蹴った。さっきまで震えてた足が今度はちゃんと動いた。オークの首筋めがけて全体重を乗せて剣を振り抜く。


刃が通る感触。さっきの硬さが嘘みたいに、深く。


オークの巨体がぐらりと傾いだ。そのまま地響きを立てて横倒しに崩れ落ちる。


……倒した。


倒せたんだ。あの時はなすすべもなかった相手を。



膝から力が抜けてその場にへたり込んだ。


全身が痛い。背中も腕も、口の中も。さっきまでアドレナリンで麻痺してた痛みが一気に押し寄せてくる。


「ソ、ソラさんっ! 血が……いっぱい……!」


ネルが転がるように駆け寄ってきた。さっきまで腰を抜かしてたのにもう泣きそうな顔で俺の傷に手をかざしてる。


淡い緑の光がいつもより強く灯る。あったかい光が傷に染み込んでいってズキズキした痛みが少しずつ引いていく。いつものかすり傷とはわけが違う。こいつの回復、ちゃんと効いてる。


「ネル、めっちゃ助かる……マジでありがとう」


「い、いえ……わたし、ただ……よかったぁ……無事で、ほんとに……」


ネルがぼろぼろ泣きながら俺を治してる。


ウィットが槍を引きずってふらふらこっちに来た。顔は真っ青で足もガクガクだ。でも、ちゃんと自分の足で立ってる。


「ウィット。お前すげぇよ。マジで助かった。お前がいなかったら俺ガチで死んでた」


「お、おれ……夢中で……。ソラがやられるなんて、嫌だったから……」


なんか、胸の奥が熱かった。


前にこいつに殺されかけたとき、俺を助けてくれたのは名前も知らない冒険者たちだった。あの時の俺はただ守られるだけで、無力で、悔しくて――だから自分も誰かと組もうって決めたんだ。


でも今日は違う。


ついさっきもう駄目だってなったとき、俺を救ったのは通りすがりの誰かじゃない。いちばん弱いと思ってた、俺の仲間だった。


しかも今度はただ助けられただけじゃない。最後はちゃんと、二人でこいつを倒した。


……ああ、そうか。これがやりたかったんだ。


誰かに頼るのは、弱さじゃない。背中を預けて一緒に戦う。パーティーを組むって、こういうことだったんだ。


「……よし!」


無理やり立ち上がった。まだ足は痛いけど。


「弱者連合、初のオーク討伐成功! これもう弱者じゃなくない!?」


「い、痛そうですよ、無理しないで……っ」


「無理してないって。ほら、お前らが治してくれたし守ってくれたしで俺もう超元気」


ウィットが少しだけ笑った。ネルも涙を拭きながらちょっとだけ口元をゆるめた。


倒したオークを背に三人で森を歩く。


さっきまでの死闘が嘘みたいに、いつの間にか鳥の声が森に戻ってきてた。


弱者連合。見た目はあいかわらず頼りない三人組だ。でも今日、ちょっとだけ本物になった気がする。


斬るのはもう、俺ひとりじゃない。

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