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22/22

第22話 3人なら

フェルドに戻る頃には日が傾きかけてた。


泥と返り血でぐしゃぐしゃのまま俺はギルドの扉を勢いよく押し開けた。夕方の喧騒がどっと押し寄せてくる。依頼帰りの連中で混み合ういつものギルドだ。


「ミレイさーん! ただいまー!」


カウンターのミレイさんが顔を上げて俺たちのボロボロ具合を見るなり、ぴしっと固まった。


「おかえりなさ……って、ちょっと!? 三人ともその怪我、いったい何があったんですか!?」


「いやー、ちょっとオークとね、揉めちゃってさ」


「オーク!?」


ミレイさんの声がひっくり返った。受付の声って妙に通るもんで、近くの何人かがちらっとこっちを見る。


そのミレイさんの顔からすうっと血の気が引いていった。


「……ソラさん。あなたまさか、また一人で——」


ああ、これだ。この反応。前にやらかした時とおんなじやつだ。


そうだった。前にオークでさんざんやらかしてんだよな、俺。ソロで突っ込んで死にかけたところを、通りすがりのパーティーに助けられた。あの時もミレイさんは止めてくれたし、戻らない俺を本気で心配してくれてた。


「違う違う! 今日はちゃんと三人で行ったから!」


慌てて後ろの二人を親指でさす。ミレイさんがウィットとネルを見て、それからほっと息を吐いた。肩の力が目に見えて抜けていく。


「……そう、ですか。三人で、倒したんですね」


「おう! つっても、最後にとどめ刺したのはウィットだけどな!」


「えっ、お、おれ!?」


名前を出されたウィットがびくっと肩を跳ねさせて、それからちょっと顔を赤くして槍を握り直した。前のこいつなら「いやおれなんて」って速攻で否定してたのに、今日は言わない。お、ちょっと成長してんじゃん。


「……無事で、よかったです。本当に」


ミレイさんがぽつっと言って、それからはっと我に返ったみたいに咳払いした。


「……あ、いえ。受付として当然の——」


「仕事ですので、でしょ?」


「……っ、はい」


ミレイさんがちょっと拗ねたみたいに目を逸らす。出た、いつものやつ。なんだかんだ、この人には心配かけっぱなしだなあ。



報酬の手続きを待ってたら、奥のテーブルから聞き慣れたダミ声が飛んできた。


「おい、新人」


ガドだ。レイフとドナもいる。いつもの三人組。ガドが俺の泥まみれを上から下までじろっと見て思いっきり眉をひそめた。


「その様子、また派手にやらかしたな。今度は何にやられた」


「オーク。倒してきたぜ」


一瞬、テーブルがしんとなった。レイフがひゅうと口笛を吹いてドナが「ほー」と腕を組む。けどガドだけは眉間の皺を深くしたままだ。


「……お前、前にオークでくたばりかけただろうが。性懲りもなくまた一人で行ったのか」


うっ。痛いとこ突いてくる。


「行ってないって! 今日はこいつらと三人で行ったの!」


後ろのウィットとネルを見せる。


「ガドにさんざん言われたからな。一人で無茶すんなって。あれ、ちゃんと刺さってんだよ俺」


ガドがぴくっと眉を上げた。それから――強面がふっとゆるんだ。


「……ようやく分かったか、馬鹿野郎が」


呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声だった。


「一人じゃ無理でも、三人なら倒せる。そういうこった。覚えとけ」


「おう。サンキューな、ガド」


「礼はいらねえ。困った時はお互い様だ」


ガドはいつものセリフを残してまた酒に戻る。レイフが「ガドは新人に甘いんだよなあ」とにやにやしてる。横からドナにばしんと背中を叩かれた。痛ったー! この人の手加減のなさ、相変わらずすぎる。


英雄扱いとかじゃない。ベテランからすりゃ、銀級がオーク一匹倒したくらいどうってことない話なんだろう。それでいい。


ただ――前にボロ負けした相手を今度は仲間と倒して帰ってこれた。それをちゃんと見ててくれるやつがいる。今はそれだけでじゅうぶんだった。



報酬を受け取ってギルドを出ると、外はもう薄暗くて街灯がぽつぽつ灯りはじめてた。


「なーんか、すごくないか今日。俺たちさ、ついこの前まで誰にも組んでもらえなかったのに、今日オーク倒したんだぜ? これもう完全に成り上がりの主人公じゃん!」


「なり……あがり?」


ネルがきょとんと首をかしげる。だーいじょうぶ、こっちの話。伝わらないのもいつものことだ。


「……でも、ほんとに不思議です」ネルがぽつりと言った。「わたし、ずっと足手まといだって思ってて……でも今日は、ちょっとだけ、お役に立てた気がして」


「ちょっとどころじゃねえって。お前の回復がなかったら俺、今ごろ口きけてないからな?」


ネルがぼんっと顔を真っ赤にして俯いた。けど、いつもの「すみません」は出てこない。代わりに小さーく「……はい」って頷いた。その頷き方がなんか嬉しそうでこっちまでにやけそうになる。


「弱者連合、か」


ウィットがぼそっと呟いた。


「最初は自虐で付けた名前だったけどな。今は、ちょっと気に入ってる」


「だろ? いい名前じゃん、弱者連合!」


なんとなく三人で顔を見合わせてふっと笑った。


しかし我ながら不思議だ。なんでこの二人をこんなに放っておけないんだろう。弱いとか強いとかじゃなく、困ってるやつを見るとどうにもほっとけない。昔っからこうだった気が――


……いや、昔っていつだよ。俺こっち来てまだ大して経ってねえし。


まあいっか。とにかくこの弱者連合は俺が守る。守って、三人でもっと強くなる。なんとなく、そう決めた。



宿に帰る途中、ギルドの掲示板の前にやけに人だかりができてた。


なんだ? と覗いてみたら、討伐依頼の貼り紙がいつもの倍くらいに増えてる。相変わらず字は読めないけど、枚数が多いのは見りゃ分かる。


「最近、魔物の出が多すぎねえか?」「ああ、森の浅いとこまで降りてきてるらしい」「この前なんてオークが出たって話だぜ」


人の隙間からそんな声が漏れ聞こえてくる。


……オーク。さっき俺たちが倒したやつだ。


そういや、と引っかかった。オークが出るのって本来もっと森の奥のはずだよな。俺が前にやられた時もわざわざ奥まで入ってった先だった。なのに今日のはあんな浅いとこにのっそり突っ立ってた。


なんでだろ。あの時は必死すぎて深く考えなかったけど。


「なあ聞いたか。この騒ぎで王都から聖騎士団が出るらしいぞ」「マジか。こんな辺境にわざわざ?」「それがよ、来るのが白雪の剣姫しらゆきのけんきだって話だ」「は!? あの白雪の剣姫が!?」


――白雪の剣姫。


その名前はさすがの俺でも聞いたことがあった。冒険者なら誰でも知ってる王国聖騎士団の筆頭候補だ。まだ若いのに剣の腕は一流。おまけに女神みたいに美人だとかなんとか。要するに、超がつく有名人。


聖騎士団に白雪の剣姫ねえ。うわ、なんか一気に話のスケールでかくなったぞ。RPGでいうと、村のちょっとした異変かと思って首突っ込んだら、急に国の本隊が動き出すってやつだ。完全に序盤すっ飛ばしてきてる。


……まあ、どっちにしろ俺には縁のない話だけどな。


銀級なりたての弱者連合と、王都の聖騎士団。住んでる世界が違いすぎる。せいぜい本物が来たら遠くから「おー」って眺めるくらいのもんだろ。


ふと見ると、掲示板の隅でさっきのガドたちが難しい顔で何か話し込んでた。あの軽口のガドが、めずらしく真剣な顔で。


「……聖騎士団まで出てくるってのは、ギルドの手にゃ負えねえってことだ。嫌な感じだな。昔、こういうのを一度だけ見たことがある」


そんな断片だけが耳に届いた。


ま、新米の俺に森の奥で何が起きてるかなんて分かるわけもない。


でも――なんでだろう。妙に胸がざわついた。


「ソラ、行こうぜ。腹減った」


ウィットに呼ばれて俺は掲示板から目を離す。


「お! だな! マーサさんの飯、急がねえと売り切れる! 走るぞー!」


軽口を叩いて駆け出す。隣にウィット、後ろにネル。今日もまた、三人だ。


――森の奥で動き出した何かが、やがてこの街を呑み込んでいくなんて、このときの俺はまだ知らない。


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