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第20話 斬るのは俺ひとりでも

朝のギルドは人でごった返していた。


新しい依頼が貼り出される時間だ。みんな少しでもいいやつを取ろうと掲示板の前に群がっている。その熱気のど真ん中で俺は腕を組んで仁王立ちしていた。


(記念すべき第一回。弱者連合、初依頼……!)


胸の奥がそわそわして落ち着かない。ずっとひとりでこなしてきた依頼を今日は仲間と受けるんだ。それだけで街の景色まで違って見えるんだから現金なもんだよな。


「ソラ、これとかどうだ」


横からウィットが掲示板の一枚を指さした。制服のボタンを首元まできっちり留めてそうな真面目くさった顔で俺のかわりに依頼書を読んでくれている。


これが地味にありがたい。なにせ俺は字が読めない。掲示板の貼り紙なんて全部ミミズののたくった跡にしか見えないのだ。


(誰か俺に義務教育を返してくれ……!)


「南の森でゴブリンが増えてるんだと。四、五匹。畑の近くまで出てきて農家が困ってるって」


「お、いいじゃんいいじゃん。ゴブリンなら余裕」


「報酬もそこそこだし危なくなったら逃げやすい場所だ。おれたちの初仕事にはちょうどいいんじゃないか……たぶん」


最後に「たぶん」って付けるあたりがウィットだ。ヴァルスっていう一万人に一人の才能を持ってるくせにこいつは自分にとことん自信がない。


「よし、それ受けよ! ……ってあれ? ネルは?」


辺りを見回したらいた。柱の陰でネルが船を漕いでいる。立ったまま。器用かよ。


ネルは十六歳の女の子で回復魔法がちょっとだけ使える。そして筋金入りの朝弱だ。


「ネルー、起きろー。出発するぞー」


「……ふぁ……はっ! す、すみませんっ! わたしまた寝て……ごめんなさいっ」


「いやいや謝らなくていいって。立ったまま寝るとかむしろ才能だろ」


「才能じゃないです……ただのダメな子なんです……」


「出たー、ネルの自己評価低すぎ選手権。優勝。賞品はこの俺の励ましな」


「は、励まし……?」


ネルがぽかんとする。ウィットも横で「……?」って顔をしてる。


まあ知ってた。この二人は俺のノリが九割伝わらない。でもいいんだ。伝わらなくても俺は楽しい。


ちなみにこの弱者連合はメンバー三人。剣もろくに振れなかった俺と、才能はあるのに自信ゼロのウィットと、怖がりで朝に弱いネル。どこからどう見ても弱そうな面子だけど不思議と悪くない。むしろ最高だ。


よし、行くか。記念すべき初仕事に。



街を出て南へ向かう。


道中はずっと俺がしゃべってた。


「なあなあ、パーティ組んだらまず役割を決めるのが定石なんだよ。前衛、後衛、回復。俺が前出るからウィットは槍で中盤、ネルは後ろで回復な。完璧な布陣!」


「ふ、布陣……?」


「そう布陣! こうビシッと陣形組むの。タンクが前で殴られてヒーラーが後ろから回復して……みたいな。わかる?」


「……たんく? ひーらー?」


ウィットが本気で困った顔をしてる。ネルにいたっては「外国の言葉……?」って小声でつぶやいてた。


だよなー。タンクもヒーラーもこの世界にはない。でもいいんだ(二回目)。俺の中ではもう完全にゲームの初パーティなんだよ。最高にテンション上がるやつ。


「まあ難しく考えんな。ようは俺が前で暴れるから二人は無理しないで後ろにいてって話」


これは本心だった。


ウィットもネルもずっとどこのパーティにも入れてもらえなかったやつらだ。弱いから、半端だからって理由で。その気持ちはちょっとだけわかる。俺も最初は異能なし身元不明でどこにも相手にされなかったからな。


だからせめて俺といる間くらいは楽しくやってほしいわけで。


……なんてことは口に出さないけど。照れるし。


「ソラは……前に出るの怖くないの?」


ネルがおずおず聞いてきた。


「怖いよ普通に。ゴブリンだって近くで見たらキモいしさ」


「えっ、怖いんだ……?」


「怖いに決まってんじゃん。でも怖いのと逃げるのは別の話だろ? やることやったら勝つの。それだけ」


我ながらちょっといいこと言った気がする。ウィットがなんかはっとした顔で俺を見てた。



森に入ってしばらく歩く。


土の匂いが濃くなってきて葉っぱの隙間から差す光がまだら模様を作ってる。


そんで、いた。


茂みの向こうにそいつらはいた。ゴブリン。四匹……いや五匹か。緑色の肌で子供くらいの背丈の魔物だ。手にはボロい棍棒。ぎゃあぎゃあ鳴きながら地面の木の実かなんかを奪い合ってる。


「ぃ、いた……ど、どうしよう」


ネルの声が震えてる。後ろでウィットも槍を握る手に力が入ってる。


二人ともガチガチだな。でもまあここは俺の出番でしょ。


ゴブリン五匹。ちょっと前ならビビってたけど今は違う。何回かやってるからわかる。こいつらはそんなに怖くない。


「二人ともそこで見てて。すぐ終わるから」


剣を抜いて軽く息を吐いた。


一歩踏み込んだ瞬間ゴブリンがこっちに気づいた。ぎゃっと鳴いて一匹が棍棒を振り上げてくる。


遅い。


棍棒が振り下ろされるより先に横へ避ける。すれ違いざまに首を斬った。一匹。


残りが一斉に向かってくる。でもバラバラだ。連携なんてあったもんじゃない。来た順に捌けばいい。


二匹目の棍棒を剣で受け流してがら空きの胴を蹴り飛ばす。よろけたところに踏み込んで斬った。三匹目は横から回り込もうとしてたから振り向きざまに薙ぐ。


やった回数は嘘をつかない。前は棒きれ一本で泣きそうになってた俺がなんか普通に動けてる。ちょっと感動すらある。


四匹目が俺を避けて後ろに走った。


ネルのほうだ。


ネルは腰を抜かしてへたり込んでる。声も出てない。完全に固まってる。


でも焦んない。そいつのことも最初から見えてた。


ネルとゴブリンのあいだに割り込んで棍棒が落ちてくる前に下から斬り上げた。四匹。


「だ、大丈夫!? ネル!」


ウィットが叫ぶ。


「平気平気。ほらもう一匹いるぞー」


最後の一匹がぎゃあぎゃあ鳴きながら棍棒を振り回してる。


そいつの前に出かけてふと足を止めた。後ろのウィットが目に入ったからだ。


槍を握りしめたまま動けないでいる。顔は真っ青。でも目だけはその一匹をじっと見てる。


……こいつ本当は戦いたいんだよな。たぶん。


ヴァルス。一万人に一人の才能。立派なもんだ。なのにずっと誰にも必要とされてこなかった。


だったらここでひとつくらい勝たせとくか。


「ウィット! そいつお前な!」


「えっ……!?」


「大丈夫! 後ろ俺がいるから! 槍突き出すだけでいい! いけっ!」


ウィットの体がびくっと動いた。


迷ってる。怖がってる。でも次の瞬間、こいつは前に出た。


ぐっと腰を落として槍をまっすぐ突き出す。


驚いた。


さっきまでガチガチだったのが嘘みたいに鋭い一突きだった。槍の穂先がゴブリンの急所をきれいに貫いてる。


これがヴァルスか。やっぱこいつちゃんと才能あるじゃん。


「……え、お、おれ……やった……?」


「やったやった! 完璧! めっちゃ綺麗に決まってたぞ今の!」


「お、おれが……ゴブリンを……」


ウィットが自分の槍と地面のゴブリンを交互に見てる。じわじわと信じられないって顔になっていく。


ちょっといい顔してるじゃん、こいつ。



戦いが終わってから気づいた。二の腕にうっすら切り傷ができてる。いつの間にやられてたんだ。たいしたことないけど。


「あっ……! け、怪我!」


ネルがぱっと立ち上がった。さっきまで腰抜かしてたのにその目の色が変わってる。


「う、動かないで! いま治します……!」


ネルが俺の腕にそっと手をかざした。


ふわっと手のひらが淡い緑色に光る。あったかい。その光に触れたところから切り傷がすうっと塞がっていく。


おおー。


「すげっ! ネル、回復魔法使えるんじゃん! めっちゃ便利!」


「ちょ、ちょっとだけです……かすり傷くらいしか……」


「いやいや充分すぎ! かすり傷でも自分で治せたら超ありがたいんだって。ヒー……じゃなくて回復できるやつがいるとめっちゃ安心するの!」


本気でそう思った。ひとりで依頼受けてた頃はちょっと傷を負っても自分でなんとかするしかなかった。それが隣で誰かが治してくれる。これがどんなに心強いか。


ネルは褒められ慣れてないのかまた顔を真っ赤にして俯いてる。でもちょっとだけ口元がゆるんでた。


ウィットはまだ自分の槍を見つめてるしネルは照れて赤くなってるし。


なんだこれ。すげー楽しいな。


ひとりで斬って、ひとりで報酬もらって、ひとりで帰る。それも別に嫌いじゃなかった。でも今日はなんか全然違う。


斬るのは相変わらず俺ひとりだ。強さでいったら正直この二人はまだ全然頼りない。


でも、そういうことじゃないんだよな。


戦いが終わったあとに無事を喜んでくれるやつがいる。傷を治してくれるやつがいる。くだらないこと言って笑い合えるやつがいる。


それだけで、こんなに違うんだ。


「よーし、ギルド戻って報酬もらお! 記念すべき初依頼、大成功!」


「ぁ、はいっ」「お、おう……!」


二人の返事はあいかわらずぎこちない。でもまあこれからだろ。弱者連合はまだ始まったばっかりなんだから。


森を抜ける帰り道。先頭をのんきに歩く俺の後ろをウィットとネルがついてくる。さっきよりちょっとだけ二人の足取りが軽い気がした。


それがなんだか無性に嬉しかった。

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