第18話 パーティー募集、もうこの際だれでもいい
掲示板の前に立った瞬間、俺はがくっと膝から崩れ落ちそうになった。
また、字が読めない問題だ。
仲間募集の貼り紙はずらーっと並んでる。なのに当然、全部あのミミズののたくった文字。何が書いてあるのかさっぱり分からない。せっかくやる気満々で来たのに、いきなりラスボスが現れた気分だった。
「いや読めねえ! またこのパターン!?」
異世界に来て何回目だよ、この詰み方。文字が読めないって、想像の三倍は不便だ。冒険とか以前の問題。早く読めるようになりたい。誰か俺に異世界版あいうえお表をくれ。
結局、またミレイさんに泣きついた。情けない。情けないけど、もうこの際プライドとか言ってられない。
「ミレイさーん! 助けて! また読めない!」
「ふふ、はいはい」
ミレイさんは慣れた様子で笑った。完全に保護者の対応だった。まあ実際、入学からずっと面倒見てもらってる気分だから否定できない。
「ええと、まずこれ。『前衛募集。金級パーティ、実力者求む』」
「金級! いきなりハードル高っ! 俺、銀級なりたてだぞ!」
「次は『回復役募集。回復魔法使える方限定』」
「使えるわけないだろ回復魔法! 怪我したら自力で治すタイプだわ!」
「こちらは『魔法使い募集』ですね」
「魔法! 一番縁遠いやつ来た!」
読んでもらえばもらうほど、雲行きがどんどん怪しくなっていく。実力者求む。経験者求む。何々使える人限定。条件、条件、また条件。どこを見ても、俺をお断りしてるみたいな貼り紙ばっかりだった。
「ねえミレイさん、俺が応募できそうなやつ、一個くらいない?」
すがるように聞くと、ミレイさんは貼り紙を端から端まで見渡して、うーんと長考に入った。
その沈黙が、すでに答えだった。
「正直に言うと……ソラさんの条件だと、ちょっと厳しいかもしれません」
「うわー! 知ってた! 知ってたけど言われるとくる!」
「募集を出してるパーティは、大体『即戦力』を求めてるんです。異能持ちとか、経験豊富な人とか。ソラさんはその……」
「異能なしで、銀級なりたてで、どこの誰かも分からない、と」
「……はい」
ミレイさんが、めちゃくちゃ申し訳なさそうに頷いた。
うわ、改めて並べられると、とんでもないな俺。異能なし。経験浅い。身元不明。スリーカードかよ。役満かもしれん。雇う側からしたら、地雷以外の何物でもない。俺がリーダーでも絶対こんなやつ取らないわ。書類選考で即シュレッダーだ。
「いやー、自分でもびっくりするくらい何もないな、俺! ウケる!」
「そ、そんな、何もないってことは……!」
「いいのいいの、笑うしかないやつだから!」
あえて明るく笑い飛ばした。へこんでも一文の得にもならない。これが今の俺のステータスだ。受け入れて、ここから上げてくしかない。HPもMPもゼロからのスタート、むしろ伸びしろの塊だと思っておこう。
でもまあ、向こうから来てくれないなら、こっちから攻めるしかないよな。
「ミレイさん! 自分から募集出せるって言ってたよね? 俺それやる! 待ってちゃ始まらん!」
「いいですね! どんな内容にしますか?」
「えーと……」
ここで少し詰まった。自分を売り込む文章。要するに自己アピールだ。何を書けば「こいつと組みてえ!」って思ってもらえるんだ。
「『銀級冒険者、パーティ募集中。やる気だけはあります』……とか?」
「……やる気、だけ?」
「いや、それしかなくて!」
言っててだんだん悲しくなってきた。アピールできるのがやる気だけ。異能なし、特技なし、実績なし。あるのは前向きさのみ。これ、地球の就活だったら一次面接で爆死するやつだ。
ていうか、これもう完全に就活じゃん。
ふと、地球の記憶がよぎる。たしか高校の進路の授業で、自己PRがどうとか言われた気がする。あの時は「いや知らんがな」って聞き流してたけど、まさか異世界で本気で必要になるとはな。あの先生に謝りたい。いや、やっぱ謝らんでいい。
「異能なしの就活って、こんなにきついの!? 世知辛いにも程があるだろ!」
思わずぼやくと、ミレイさんがくすっと吹き出した。
「就活、ですか?」
「あ、こっちの話。なんかこう、自分を売り込むのって、しんどいなって!」
「でも、やる気は大事ですよ」ミレイさんが励ますように言ってくれた。「技術はあとからついてきます。最初はやる気と素直さがある人の方が、ぐんと伸びますし」
「お! いいこと言うじゃんミレイさん! その言葉、額に入れて飾るわ!」
「ふふ、受付として、たくさんの冒険者を見てきましたから」
ミレイさんが、ちょっと得意げに胸を張る。なんだかんだ、この人はいつも絶妙なタイミングで俺を持ち上げてくれる。受付の業務範囲、完全に振り切ってるだろ。労基とか大丈夫か。
結局、募集の貼り紙はミレイさんに代筆してもらった。内容はこんな感じ。
『銀級冒険者ソラ、パーティのメンバー募集中。異能なし、剣使い。やる気と体力には自信あり。地道な依頼からコツコツやりたい人、歓迎』
うん、ぱっとしない。びっくりするほど地味だ。でも嘘は一個も書いてない。等身大の俺を、そのまま貼り出すしかない。盛ったところで会えばバレるしな。
「これで、誰か来てくれっかな……」
「大丈夫ですよ。きっと、ソラさんと合う人がいます」
貼り紙を掲示板にぺたっと貼って、しばらく眺めた。何十枚もある募集の中の、たった一枚。完全に埋もれてる。森に一本だけ生えた地味な草って感じだ。でも、これが俺の第一歩なんだ。やれることはやった。あとは果報を寝て待つ。
◇
果報は、なかなか寝ても起きても来なかった。
その日は結局、誰からも声がかからなかった。翌日も。その翌日も。
俺は普段通り、一人でもこなせる地味な依頼を受けながら、相棒候補を待ち続けた。薬草採取、荷運び、街の見回り。オーク以来、無茶はしてない。身の丈ぴったりのやつだけ。地に足をつけて、ってやつを実践中だ。
でも、声は、かからない。
ギルドに行くたびに自分の貼り紙をチェックするんだけど、いっつも同じ場所に、同じ角度で貼られたまま。誰一人、剥がした形跡すらない。完全に景色の一部と化していた。
「うーん……人気、ないなあ俺……」
貼り紙の前で、つい遠い目になる。
まあ、そりゃそうか。あんな地味な自己紹介じゃ、わざわざ声かけようとは思わんよな。しかも異能なし。即戦力欲しいパーティからしたら、俺を選ぶ理由が一個もない。むしろ選んだら理由を問い詰めたいレベルだ。
ちょっと、いやかなりへこむ。
でも、こういう時こそ明るくいこう。へこんでる時間で依頼を一個でも多くこなした方が、よっぽど建設的だ。なんとかなる。たぶん。きっと。なってくれ。
よし、と気合を入れ直して、踵を返そうとした、その時だった。
「あの……!」
後ろから、声をかけられた。
振り返ると、二人組が立っていた。
一人は、背の高い真面目そうな男。槍を背負ってる。年は俺と同じか、ちょっと上くらい。背筋がぴしっと伸びてて、いかにも実直そうな雰囲気だ。委員長タイプって感じ。
もう一人は、小柄な女の子。男の後ろに半分隠れて、おどおどとこっちを窺ってる。目が合った瞬間、ひっと肩を跳ねさせた。情緒、大丈夫か?
「えっと……君、ソラ、だよね? この、募集の」
男が、俺の貼り紙を指さして言った。
お。おおお。もしかして、もしかするか——?
「そうだけど! 俺になんか用!?」
声が、思いっきり裏返った。
「あ、その……」
男が、言いにくそうに口ごもる。それから、ぐっと拳を握って、意を決したように顔を上げた。
「お、俺たちと、パーティ組んでくれないか!?」
一瞬、脳の処理が追いつかなかった。
パーティ。組む。くれないか。その単語が、じわじわ意味を持って染みてくる。
……来た。
来た来た来たーーっ!!
「マジで!? いいの!? 組む組む! 大歓迎!」
食い気味どころか、相手のセリフに被せる勢いで返してしまった。男が、その圧にちょっとのけぞる。
「う、うん。もしよければ、なんだけど……」
「よければも何も、こっちが土下座してお願いしたいレベルだって! いやー、来てくれる人マジでいたんだ!」
やった。誰も来ないまま孤独に朽ちていくのかと思ってた。あんな埋もれた貼り紙を見つけて、しかもわざわざ声をかけてくれるなんて。この子ら、いい目してるわ。見る目がある。
と、テンション爆上がりのまま喜んでたんだけど。
ひとつ、ふと引っかかった。
……あれ。なんで、俺なんだ?
異能なし。銀級なりたて。地味な募集文。即戦力には程遠い、むしろ遠すぎて見えないレベル。なのにこの二人、よりにもよって、なんで俺を選んだ?
「なあ、ひとつ聞いていい?」
「な、なに?」
「なんで俺なんだ? もっと強そうなやつ、そこらじゅうにいるだろ」
純粋な疑問だった。すると男は、ぴたっと笑顔を固めて、気まずそうに目を泳がせた。後ろの女の子も、しゅんと俯いてしまう。
……あれ。なんだ、その反応。
二人のわかりやすい挙動を見て、俺はなんとなく察した。
こいつら、何か事情あるな?




