17話 悔しさ
翌朝目が覚めても気分は晴れなかった。
欠けた剣が枕元に立てかけてある。昨日の無様な敗北の証だ。見るたびにオークに吹き飛ばされた瞬間が蘇って胃のあたりが重くなる。
いつもなら一晩寝れば切り替えられる。でも今回はそう簡単にいきそうになかった。
顔を洗って一階に下りるとマーサさんが朝飯を出してくれた。いつものパンとスープ。なのにあんまり食欲が湧かない。
「あんた、元気ないね」
マーサさんがすぐ気づいた。
「ちょっと昨日へマっただけ。気にしないで」
無理に笑って見せたけどマーサさんは何か察したらしい。それ以上は聞かずに「無理すんじゃないよ」とだけ言ってくれた。
飯を食ってギルドへ向かう。気持ちを切り替えたかった。新しい依頼でも受けて昨日のことは忘れよう。そう思っていた。
ギルドに着くとちょうどガドがいた。レイフとドナも一緒だ。
「よお、新人」
ガドが手を上げる。だが俺の顔を見るなり眉をひそめた。
「……なんだその顔。何かあったか」
さすがベテラン。ごまかせなかった。
「いや、まあ……ちょっと昨日オークにボロ負けして」
「オーク?」声が低くなる。「お前、オークをソロで受けたのか」
「……うん」
「馬鹿か、お前」
ぴしゃりと言われた。ガドが呆れたようにため息をつく。
「銀級なりたてがオークソロとか、死にに行くようなもんだ。誰にも止められなかったのか」
「ミレイさんには止められた。でもいけると思って」
「いけると思って案の定ボロ負けしたわけか」
返す言葉もなかった。完全にその通りだ。
「生きてるのが奇跡だな。どうやって助かった」
「……他のパーティが通りかかって、助けてくれた」
「運が良かったな。そいつらがいなけりゃ、お前は今頃オークの腹の中だ」
ぐさぐさ刺さる。でも何ひとつ間違ってなかった。
「いいか、ソラ」
ガドがまっすぐ俺を見た。いつもの軽い調子じゃない。真剣な目だった。
「一人で全部できるほど冒険者は甘くねえ」
その一言が胸の奥にずしんと響いた。
「強いやつほど自分の限界を知ってる。どこまでが一人でやれて、どこからが無理か。それを見極められねえやつから死んでいくんだ。お前は昨日その手前で運良く助かっただけだ」
反論したかった。できなかった。だって本当にその通りだから。
自分の力を勘違いして、いけると思い込んで、結果あっさり叩きのめされた。仲間がいなけりゃ死んでた。それが現実だった。
「……分かってるよ。痛いほど分かった」
ぽつりと言う。
「最近ちょっとうまくいって調子に乗ってた。ゴブリンもコボルトも倒せたから、自分は強くなったんだって。でも全然だった。オーク一匹に手も足も出なくて」
言葉にすると余計に惨めだった。胸の奥がぎゅっとなる。
俺、弱いんだな。
異世界に来て初めて心からそう思った。スライムに負けた時は笑い話で済ませられた。まだ何も知らなかったから。でも今は違う。剣も覚えて試験も通って、それなりにやれてるつもりだった。なのにあの壁はあまりに高かった。
「……俺、弱いんだな」
今度は声に出してしまった。
認めたくなかった。でも認めるしかなかった。
ガドはしばらく黙って俺を見ていた。それからふっと表情を緩めた。
「……それに気づけたなら上等だ」
「え?」
「自分が弱いって認められるやつは強くなる。厄介なのは、負けても自分は悪くない、運が悪かっただけだって思い込むやつだ。そういうやつは何度でも同じ過ちを繰り返す」
ガドが俺の肩をぽんと叩いた。
「お前はちゃんと自分の弱さと向き合えてる。なら、あとは前に進むだけだ」
その言葉で少しだけ重かった気持ちが軽くなった。
「ガド……」
「ただし二度とソロで無茶すんな。次は運が良くないかもしれねえからな」
「……うん。肝に銘じる」
ガドたちは「飯でも食ってけ」と誘ってくれたけど丁重に断ってカウンターへ向かった。今は少し一人で考えたかった。
ミレイさんがいつものように受付に立っていた。俺を見てほっとした顔をする。
「ソラさん、無事だったんですね。昨日オークの依頼から戻ってこないって聞いて、心配してたんですよ」
「……ごめん、心配かけて。なんとか生きて帰ってきた」
「よかった……本当に。無理はしないでって言ったのに」
ミレイさんが少し怒ったように、でも安心したように言う。その顔を見てまた申し訳なくなった。みんなに心配かけて迷惑かけて。全部自分の慢心のせいだ。
「ミレイさん。俺さ」
「はい?」
「強くなりたい。ちゃんと地に足つけて。一人で空回りするんじゃなくて」
昨日助けてくれたあのパーティの連携が頭に浮かんだ。一人ひとりは普通の銀級。なのに力を合わせればソロじゃ敵わない相手も倒せる。あれが本物の強さだと思った。
「俺、パーティ組んでみようかな」
その言葉は自然と口から出ていた。
一人でできることには限界がある。昨日嫌というほど思い知った。なら誰かと組めばいい。一人で抱え込むんじゃなくて誰かと力を合わせる。それも強さの一つなんだ。
「いいと思います!」ミレイさんがぱっと顔を明るくした。「ソラさん一人で無茶しがちだったので、仲間がいた方が安心です」
「だよな。よし決めた、パーティ探してみる」
欠けた剣を握りしめる。
昨日の悔しさはまだ胸に残ってる。でもそれを抱えたまま前に進もう。弱いなら強くなればいい。一人が無理なら仲間を見つければいい。
俺の冒険はまだ始まったばかりだ。こんなところで立ち止まってられない。
「パーティ募集ってどこで見れるの?」
尋ねるとミレイさんが掲示板の方を指さした。
「あちらの掲示板に仲間募集の貼り紙があります。自分から募集を出すこともできますよ」
「お、いいね。さっそく見てみる!」
少しだけ足取りが軽くなった。
悔しさを前に進む力に変えて、俺は掲示板へ歩き出した。




