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第16話 ひとりの限界

 銀級になって最初の数日は順調だった。


 受けられる依頼が増えて報酬も上がった。銅級の頃の薬草採取や荷運びと違って、ちゃんと魔獣を討伐する依頼が中心になる。ゴブリンの巣の掃討、コボルトの討伐、街道に出る魔獣の駆除。一つこなすたびに銅貨がまとまった額で入ってくる。


 生活も少し楽になった。木漏れ亭の相部屋から安い個室に変えられるくらいには稼げるようになった。


 順調だった。順調すぎて、少し調子に乗っていたのかもしれない。


 その日俺が受けたのは「森の奥に出るオークの討伐」という依頼だった。


「オークは、銀級でもソロだと少しきついですよ」


 依頼を受ける時ミレイさんがそう忠告してくれた。


「大丈夫だって。最近、討伐依頼ばっか受けてるし。コボルトもゴブリンも余裕で倒せてるから」


「でも、オークはコボルトより力が強いです。せめて誰かと組んだ方が……」


「平気平気! 一人の方が報酬も山分けしなくて済むしな」


 軽い調子で答えて俺は依頼を受けた。


 今思えば完全に油断していた。最近討伐がうまくいっていたから、自分はもう一人前だと勘違いしていた。オークなんて名前は聞いたことあるけど、どうせコボルトの延長だろうとたかをくくっていた。


 その慢心が見事に打ち砕かれることになる。



 森の奥は薄暗くて湿っていた。


 依頼書によるとオークはこの森の奥に巣を作っているらしい。一匹討伐すればいい。簡単な仕事のはずだった。


 しばらく森を進むとそれはいた。


 でかい。


 想像していたよりずっとでかかった。背丈は俺の倍近い。豚のような顔に丸太みたいに太い腕。手には俺の体ほどもありそうな棍棒を握っている。全身が筋肉の塊で、一歩踏み出すたびに地面が揺れた。


 ……え、これコボルトの延長じゃなくない?


 完全に別格だった。コボルトが子犬なら、こいつは熊だ。スケールが違いすぎる。


 オークがこっちに気づいた。小さな目で俺を捉えると、低い唸り声を上げて棍棒を構える。


 逃げるという選択肢が一瞬よぎった。でも依頼を受けた以上、おめおめ逃げ帰るわけにはいかない。それに相手は一匹。今まで通り読んで、避けて、隙を突けば——。


「……やってやる!」


 ダサいガッツポーズをした後、剣を構えてオークに向き合う。


 オークが棍棒を振り上げて突進してきた。


 でかい図体のわりに速い。慌てて横に飛んで避ける。次の瞬間、さっきまで俺がいた場所に棍棒が叩きつけられた。


 どん、という地響き。地面がえぐれて土が舞い上がる。


 ……うん…当たったら死ぬ!!


 背筋がぞっとした。コボルトの攻撃とは重さが違う。あんなのをまともに食らったら一撃で終わりだ。


 でも避ければチャンスはある。攻撃を空振りさせて隙を突く。いつも通りだ。


 オークが棍棒を振り上げる。来る。横に避けて、隙を狙って剣を振る。


 ざっ、と剣がオークの腕をかすめた。


 浅い。


 オークの分厚い筋肉に剣がほとんど通らない。傷はついたがまったく効いている様子がない。それどころかオークは怒りでさらに激昂した。


 うそだろ、あの一撃が効かないのか。


 コボルトならあれで倒せた。でもオークはまるで違う。皮膚も筋肉も分厚すぎて、俺の剣じゃ致命傷を与えられない。


 オークが反撃に棍棒を振り回す。今度は横薙ぎ。慌ててしゃがんで避けるが、風圧だけで体が持っていかれそうになる。


 まずい。これはまずい。


 何度か攻撃をかわしながら必死に隙を探す。でもいくら斬りつけてもオークには効かない。逆にこっちの体力だけがどんどん削られていく。


 息が上がる。腕が重い。足がもつれる。


 避けるだけで精一杯だった。


 そして一瞬、判断が遅れた。


 オークの棍棒が横から迫ってくる。避けようとしたが間に合わない。


「うわっ……!」


 とっさに剣で受けた。が、重すぎた。


 衝撃で体ごと吹き飛ばされる。剣が手から離れて地面を転がった。背中から木に叩きつけられて息が詰まる。


「がっ……は……!」


 痛い。息ができない。体に力が入らない。


 武器を失った。


 地面に転がった剣はオークの足元。取りに行くなんて無理だ。オークがゆっくりとこっちに近づいてくる。獲物を仕留める目で、棍棒を引きずりながら。


 ……やばい。これ、本当にやばい。


 初めて本気で死を意識した。逃げ場もない。木に背中を預けたまま、立ち上がる力も残っていない。


 オークが棍棒を振り上げる。


 終わった——そう思った、その時だった。


 ひゅん、と風を切る音がして、オークの肩に矢が突き刺さった。


 オークがぎゃっと叫んでのけぞる。


「おい、無事か!」


 声がした。森の奥から数人の冒険者が駆けてくる。先頭の男が弓を構えて、もう一射オークに矢を放った。


 助かった——。


 駆けつけた冒険者たちが手際よくオークを取り囲む。連携の取れた動きで四方から攻撃を仕掛けていく。一人が注意を引き、一人が隙を突き、一人がとどめを刺す。


 あっという間だった。


 さっきまで俺が手も足も出なかったオークが、彼らの連携の前に為す術もなく倒れた。


 ……すごい。


 地面に座り込んだまま、俺はその光景を呆然と見ていた。連携。チームワーク。一人ひとりは俺と同じ銀級くらいかもしれない。でも力を合わせることで、ソロでは絶対に敵わない相手をいとも簡単に倒してみせた。


「兄ちゃん、大丈夫か?」


 弓を持った男が俺に手を差し伸べてくれた。


「……っ、助かった……ありがとな」


 その手を握ってなんとか立ち上がる。


「無茶しやがって。オークをソロで受けたのか? 」


「……ああ。完全に調子に乗ってた。マジでごめん」


 素直に頭を下げた。本当にその通りだった。完全に自分の実力を勘違いしていた。


「まあ、生きてたからよかったよ。オークはな、銀級でもソロは無謀だ。あれは複数で囲んで倒すもんなんだ」


 男が倒れたオークを見ながら言った。


「一人でできることには限界がある。冒険者ってのは仲間と組んでなんぼだ。覚えとけ」


 その言葉がずしりと胸に響いた。


 一人でできることには限界がある。


 今日それを身をもって思い知った。ソロでなんとかなると思っていた。最近うまくいっていたから、自分はもう大丈夫だと勘違いしていた。


 でも現実は違った。オーク一匹に手も足も出なかった。彼らが来なかったら、俺は今頃——。


「……ありがとな。本当に、助かった」


 もう一度深く頭を下げる。


 命を救われた。それだけじゃない。大事なことを教えてもらった。


 冒険者たちは「気にすんな」と笑ってオークの素材を回収すると去っていった。最後に弓の男が「無茶すんなよー新人!」と手を振ってくれた。


 一人森に残された俺は、地面に転がった自分の剣を拾い上げた。


 刃が無様に欠けていた。オークの一撃を受けた時のものだ。相棒の剣も傷だらけになっていた。


「……俺、全然だな」


 ぽつりと呟いた。


 銀級になって調子に乗っていた。自分は強くなったと勘違いしていた。でも本当はまだまだだ。一人で何でもできるなんて、とんでもない思い上がりだった。


 悔しかった。情けなかった。


 でも同時に、思った。


 あの連携。あの強さ。仲間と力を合わせれば、ソロじゃ敵わない相手も倒せる。俺もあんな風になりたい。一人で空回りするんじゃなくて、誰かと一緒にもっと強くなりたい。


 ぎゅっと剣を握りしめる。


 今日の悔しさは忘れない。この欠けた刃を見るたびに思い出すだろう。一人の限界と、仲間の強さを。


「……出直しだ」


 欠けた剣を担いで俺は森を後にした。


 まだまだ先は長い。でも今日の失敗はきっと無駄じゃない。


 そう信じて街への道を歩いた。


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