第15話 昇級試験
昇級試験の日が来た。
ガドたちに鍛えてもらってから数日、俺は暇さえあれば素振りを続けていた。木漏れ亭の裏庭を借りて、朝も夜も剣を振った。最初はぎこちなかった動きも、繰り返すうちに少しずつ様になってきた。マーサさんには「うるさいよ」と笑われたが、なんだかんだ夜食を出してくれたりして応援してくれていた。
準備はした。あとはやるだけだ。
ギルドに着くとミレイさんが受付で待っていた。
「おはようございます、ソラさん。試験の準備はいいですか?」
「ばっちり。仲間にみっちり鍛えてもらったからな」
「ふふ、頼もしいですね。では、試験官のところへ案内します」
ミレイさんに連れられて、ギルドの裏手にある訓練場へ向かう。広い空き地で何人かの冒険者が訓練していた。その一角に、いかつい中年の男が立っている。腕を組んでこっちをじろりと見た。
「この人が試験官のボルクさんです」
「お前が昇級希望の新人か」
ボルクさんが低い声で言う。ガドとはまた違う、厳格そうな雰囲気の人だった。
「ソラです。よろしくお願いします!」
「元気だけはいいな。だが、元気だけで魔獣は倒せん」
ぴしゃりと言われて少し背筋が伸びた。これまで出会った人たちが気さくだっただけに、こういう厳しい人は新鮮だった。でも嫌な感じじゃない。ちゃんと冒険者を育てようとしている、そういう厳しさだった。
「試験の内容を説明する。これからお前には、檻に入れた魔獣を一匹討伐してもらう。相手はコボルト。ゴブリンより少し強い銀級相当の魔獣だ」
コボルト。聞いたことのない名前だ。ゴブリンより強いと言われると少し緊張する。
「制限時間は特になし。だが、無様な戦い方をすれば容赦なく不合格にする。冒険者として最低限の実力があるかを見極める。いいな?」
「はい!」
「よし。じゃあ始めるぞ」
ボルクさんが訓練場の隅にある大きな檻を指す。そこには、犬のような頭を持った二足歩行の魔獣がいた。
あれがコボルトか。
ゴブリンより一回り大きい。手には錆びた剣を持っていて、鋭い目でこっちを睨んでいる。明らかにゴブリンより強そうだった。
ごくり、と唾を飲んだ。
緊張する。これまで倒したのはゴブリンや、ガドたちに手伝ってもらった雑魚ばかり。一人で自分より強そうな相手と戦うのは、これが初めてだ。
でも——やるしかない。ここまで来たんだ。
剣を構えて、檻の前に立つ。
「準備はいいか」
「いつでも!」
「行くぞ」
ボルクさんが檻を開けた。
コボルトが唸り声を上げて飛び出してくる。錆びた剣を振りかざして、まっすぐ突っ込んできた。
速い。ゴブリンとは比べ物にならない速さだ。
でも慌てるな。ガドの言葉を思い出せ。読んで、避けて、隙を突く。
コボルトの剣が振り下ろされる。それを横に飛んで避けた。ぎりぎり。風圧を感じるほど近かったが、当たらなかった。
避けられた。よし。
でも、コボルトはすぐに体勢を立て直して二撃目を繰り出してくる。ゴブリンみたいに大振りじゃない。素早く、的確に攻撃してくる。
くそ、強い。やっぱり銀級相当ってだけある。
何度か剣を交える。打ち合うたびに、手がしびれる。重い。力もコボルトの方が上だ。まともに打ち合ったら押し負ける。
数日鍛えたくらいで簡単に勝てる相手じゃなかった。
でも引くわけにはいかない。ここで負けたら昇級できない。ガドたちに鍛えてもらった意味もなくなる。
集中しろ。相手の動きを、よく見ろ。
コボルトの攻撃を必死に避け続ける。何度も剣を振られ、そのたびに紙一重でかわす。じわじわと体力が削られていく。息が上がり汗が流れる。
でも、避け続けるうちに少しずつコボルトの動きのパターンが見えてきた。
攻撃の前にわずかに肩が動く。右から来る時は右肩が、左から来る時は左肩が。それを見れば次の攻撃が読める。
ガドが言ってた。相手にはパターンがある。それを読めと。
これだ。
コボルトの右肩が動いた。右から来る。
俺は、その攻撃が来るより早く左へ踏み込んだ。コボルトの剣が空を切る。そして、がら空きになった胴体。
今だ。
体重を乗せて、剣を振り抜く。
ざくっと確かな手応え。
コボルトがよろめいて倒れた。地面に膝をつき、それから崩れ落ちる。そして動かなくなった。
……倒した。
一人で。自分の力で、銀級相当の魔獣を倒した。
はあ、はあ、と肩で息をする。全身汗だくで腕は震えていた。でも——勝った。確かに、勝ったんだ。
「……合格だ」
ボルクさんの声がした。
顔を上げると、さっきまで厳しかった試験官がほんの少しだけ表情を緩めていた。
「危なっかしかったが、最後はちゃんと相手の動きを読んで隙を突いた。基本ができている。新人にしては、上出来だ」
「……っ、やった!」
その場で、思い切りガッツポーズをした。
合格。銀級昇級試験、合格だ。
ゼロから始めて剣の振り方も知らなかった俺が、自分の力で試験を突破した。地道に依頼をこなして、ガドたちに鍛えてもらって、毎日素振りをして——その全部が、実を結んだ。
「やった……! 銀級だ……!」
じわじわと喜びが込み上げてくる。異世界に来てすぐスライムに負けて、薬草を摘んで、害獣を追い払って。地味で世知辛い日々だったけど、その積み重ねがちゃんと前に進んでいた。
「おい、新人」
ボルクさんが、剣をしまいながら言った。
「銀級になったからって調子に乗るなよ。お前はまだ入り口に立ったばかりだ。ここから先は、もっと厳しい」
「はい! 分かってます!」
「……いい返事だ」
ボルクさんがふっと笑った。厳しいだけの人じゃない。ちゃんと、新人の成長を喜んでくれる人だった。
訓練場を出るとミレイさんが待っていた。
「合格、おめでとうございます! 見ていましたよ、最後の一撃」
「ありがとう、ミレイさん! いやー、緊張した!」
「ふふ。これでソラさんも銀級冒険者ですね。手続きをしておきますので、カウンターへどうぞ」
ミレイさんと一緒にギルドへ戻る。その足取りは自然と弾んでいた。
銀級冒険者、ソラ。
なんだか、響きがいい。一番下の銅級から一つ上がった。それだけのことだけど、俺にとっては大きな一歩だった。
この調子でもっと上を目指そう。銀級の次は金級。そのまた上もある。どこまで行けるか分からないけど、行けるところまで行ってやる。
異世界に来てまだ何日か。でも、確実に前に進んでいる。
その実感が何より嬉しかった。




