表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/22

第15話 昇級試験

 昇級試験の日が来た。


 ガドたちに鍛えてもらってから数日、俺は暇さえあれば素振りを続けていた。木漏れ亭の裏庭を借りて、朝も夜も剣を振った。最初はぎこちなかった動きも、繰り返すうちに少しずつ様になってきた。マーサさんには「うるさいよ」と笑われたが、なんだかんだ夜食を出してくれたりして応援してくれていた。


 準備はした。あとはやるだけだ。


 ギルドに着くとミレイさんが受付で待っていた。


「おはようございます、ソラさん。試験の準備はいいですか?」


「ばっちり。仲間にみっちり鍛えてもらったからな」


「ふふ、頼もしいですね。では、試験官のところへ案内します」


 ミレイさんに連れられて、ギルドの裏手にある訓練場へ向かう。広い空き地で何人かの冒険者が訓練していた。その一角に、いかつい中年の男が立っている。腕を組んでこっちをじろりと見た。


「この人が試験官のボルクさんです」


「お前が昇級希望の新人か」


 ボルクさんが低い声で言う。ガドとはまた違う、厳格そうな雰囲気の人だった。


「ソラです。よろしくお願いします!」


「元気だけはいいな。だが、元気だけで魔獣は倒せん」


 ぴしゃりと言われて少し背筋が伸びた。これまで出会った人たちが気さくだっただけに、こういう厳しい人は新鮮だった。でも嫌な感じじゃない。ちゃんと冒険者を育てようとしている、そういう厳しさだった。


「試験の内容を説明する。これからお前には、檻に入れた魔獣を一匹討伐してもらう。相手はコボルト。ゴブリンより少し強い銀級相当の魔獣だ」


 コボルト。聞いたことのない名前だ。ゴブリンより強いと言われると少し緊張する。


「制限時間は特になし。だが、無様な戦い方をすれば容赦なく不合格にする。冒険者として最低限の実力があるかを見極める。いいな?」


「はい!」


「よし。じゃあ始めるぞ」


 ボルクさんが訓練場の隅にある大きな檻を指す。そこには、犬のような頭を持った二足歩行の魔獣がいた。


 あれがコボルトか。


 ゴブリンより一回り大きい。手には錆びた剣を持っていて、鋭い目でこっちを睨んでいる。明らかにゴブリンより強そうだった。


 ごくり、と唾を飲んだ。


 緊張する。これまで倒したのはゴブリンや、ガドたちに手伝ってもらった雑魚ばかり。一人で自分より強そうな相手と戦うのは、これが初めてだ。


 でも——やるしかない。ここまで来たんだ。


 剣を構えて、檻の前に立つ。


「準備はいいか」


「いつでも!」


「行くぞ」


 ボルクさんが檻を開けた。


 コボルトが唸り声を上げて飛び出してくる。錆びた剣を振りかざして、まっすぐ突っ込んできた。


 速い。ゴブリンとは比べ物にならない速さだ。


 でも慌てるな。ガドの言葉を思い出せ。読んで、避けて、隙を突く。


 コボルトの剣が振り下ろされる。それを横に飛んで避けた。ぎりぎり。風圧を感じるほど近かったが、当たらなかった。


 避けられた。よし。


 でも、コボルトはすぐに体勢を立て直して二撃目を繰り出してくる。ゴブリンみたいに大振りじゃない。素早く、的確に攻撃してくる。


 くそ、強い。やっぱり銀級相当ってだけある。


 何度か剣を交える。打ち合うたびに、手がしびれる。重い。力もコボルトの方が上だ。まともに打ち合ったら押し負ける。


 数日鍛えたくらいで簡単に勝てる相手じゃなかった。


 でも引くわけにはいかない。ここで負けたら昇級できない。ガドたちに鍛えてもらった意味もなくなる。


 集中しろ。相手の動きを、よく見ろ。


 コボルトの攻撃を必死に避け続ける。何度も剣を振られ、そのたびに紙一重でかわす。じわじわと体力が削られていく。息が上がり汗が流れる。


 でも、避け続けるうちに少しずつコボルトの動きのパターンが見えてきた。


 攻撃の前にわずかに肩が動く。右から来る時は右肩が、左から来る時は左肩が。それを見れば次の攻撃が読める。


 ガドが言ってた。相手にはパターンがある。それを読めと。


 これだ。


 コボルトの右肩が動いた。右から来る。


 俺は、その攻撃が来るより早く左へ踏み込んだ。コボルトの剣が空を切る。そして、がら空きになった胴体。


 今だ。


 体重を乗せて、剣を振り抜く。


 ざくっと確かな手応え。


 コボルトがよろめいて倒れた。地面に膝をつき、それから崩れ落ちる。そして動かなくなった。


 ……倒した。


 一人で。自分の力で、銀級相当の魔獣を倒した。


 はあ、はあ、と肩で息をする。全身汗だくで腕は震えていた。でも——勝った。確かに、勝ったんだ。


「……合格だ」


 ボルクさんの声がした。


 顔を上げると、さっきまで厳しかった試験官がほんの少しだけ表情を緩めていた。


「危なっかしかったが、最後はちゃんと相手の動きを読んで隙を突いた。基本ができている。新人にしては、上出来だ」


「……っ、やった!」


 その場で、思い切りガッツポーズをした。


 合格。銀級昇級試験、合格だ。


 ゼロから始めて剣の振り方も知らなかった俺が、自分の力で試験を突破した。地道に依頼をこなして、ガドたちに鍛えてもらって、毎日素振りをして——その全部が、実を結んだ。


「やった……! 銀級だ……!」


 じわじわと喜びが込み上げてくる。異世界に来てすぐスライムに負けて、薬草を摘んで、害獣を追い払って。地味で世知辛い日々だったけど、その積み重ねがちゃんと前に進んでいた。


「おい、新人」


 ボルクさんが、剣をしまいながら言った。


「銀級になったからって調子に乗るなよ。お前はまだ入り口に立ったばかりだ。ここから先は、もっと厳しい」


「はい! 分かってます!」


「……いい返事だ」


 ボルクさんがふっと笑った。厳しいだけの人じゃない。ちゃんと、新人の成長を喜んでくれる人だった。


 訓練場を出るとミレイさんが待っていた。


「合格、おめでとうございます! 見ていましたよ、最後の一撃」


「ありがとう、ミレイさん! いやー、緊張した!」


「ふふ。これでソラさんも銀級冒険者ですね。手続きをしておきますので、カウンターへどうぞ」


 ミレイさんと一緒にギルドへ戻る。その足取りは自然と弾んでいた。


 銀級冒険者、ソラ。


 なんだか、響きがいい。一番下の銅級から一つ上がった。それだけのことだけど、俺にとっては大きな一歩だった。


 この調子でもっと上を目指そう。銀級の次は金級。そのまた上もある。どこまで行けるか分からないけど、行けるところまで行ってやる。


 異世界に来てまだ何日か。でも、確実に前に進んでいる。


 その実感が何より嬉しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ