第14話 剣の振り方も知らないけど
ガドはギルドの酒場で仲間たちと飯を食っていた。
昼間から酒を飲んでいる三人組。ガドと痩せた男と、体格のいい女。いかにもベテランの冒険者パーティといった雰囲気だった。
「ガド!」
声をかけるとガドが顔を上げた。俺を見てにっと笑う。
「お、新人じゃねえか。生きてたか」
「おかげさまで。ちょっと頼みがあるんだけど、いい?」
「なんだ、改まって」
俺は買ったばかりの剣を見せた。布から取り出すと、ガドが「ほう」と眉を上げる。
「武器、買ったのか。一丁前だな」
「昇級試験受けることにしてさ。でも俺剣の使い方なんて全然分かんなくて。ガド強そうだから教えてもらえないかなって」
正直に言うとガドは少し驚いた顔をして、それから豪快に笑った。
「はっはっ! 武器買ってから使い方を習いに来るやつ、初めて見たぞ」
「あれ順番間違えた?」
「普通は逆だな。まあいい、その素直さは嫌いじゃねえ」
ガドが横の二人を紹介してくれた。痩せた男はレイフ、体格のいい女はドナ。二人ともガドのパーティの仲間で、もう何年も一緒に組んでいるらしい。
「ちょうど明日、近場で魔獣狩りに行く予定でな」とガド。「雑魚ばっかの楽な依頼だ。お前もついてくるか? 実地で教えてやる」
「え、いいの!?」
「ただし足手まといになったら置いてくぞ」
「ならない! がんばる!」
俺が即答すると、レイフが呆れたように笑った。
「ガドは新人に甘いんだよなー、昔から」
「うるせえ。最初は誰だって新人だろ」
ドナが俺の肩をばしんと叩いた。痛い。
「まあ来な、坊主。死なない程度に鍛えてやるよ」
なんだかんだ三人ともいい人だった。この街は本当にいい人しかいない。
◇
翌朝、四人で街を出た。
向かう先は街から少し離れた森の手前。そこに弱い魔獣が出るらしい。歩きながらガドが基本的なことを教えてくれた。
「いいか、剣ってのは振り回すもんじゃねえ。力任せに振るとすぐバテる。体重を乗せて、まっすぐ振り下ろすんだ」
ガドが自分の剣でゆっくり手本を見せてくれる。なるほど、力じゃなくて体の使い方なのか。
「あと、相手の動きをよく見ろ。魔獣にも攻撃のパターンがある。それを読んで、避けて、隙を突く。これが基本だ」
「読んで、避けて、隙を突く……」
頭では分かる。でも、できるかどうかは別問題だ。
歩いている途中、何度か素振りの練習もさせてもらった。ガドの言う通り体重を乗せて振り下ろす。最初はぎこちなかったが、何度か繰り返すうちに少しずつ感覚が掴めてきた。
不思議と、体が剣に慣れていくのが早かった。
いや、慣れるのが早いっていうか——なんかしっくりくるんだよな、剣を振るのが。初めてのはずなのに体が動きを覚えていくのが妙にスムーズだった。
まあ、運動神経が意外と良かったってことにしておこう。
「お、坊主。筋いいじゃねえか」とドナ。
「まじ? やった」
「初めてにしては、だぞ。調子に乗るな」
ドナにまた肩を叩かれた。やっぱり痛い。
◇
森の手前に着くと、さっそく魔獣がいた。
「ゴブリンだな」とガドが言う。
緑色の小柄な人型の魔獣が二匹いた。汚い棍棒を持ってこっちを威嚇してくる。ぎゃあぎゃあと耳障りな声で鳴いていた。
ゴブリン。これも知ってる名前だ。ファンタジーの定番。スライムの次くらいに弱い、雑魚モンスターの代表格。
でも、実物を前にするとけっこう怖い。小さいとはいえ、明確に敵意を向けてくる。棍棒で殴られたら普通に痛そうだ。
「坊主、一匹やってみろ」とガド。「おれたちが見ててやる。やばくなったら助ける」
「えっ、いきなり!?」
「習うより慣れろだ。行け」
ガドに背中を押される。心臓がばくばくしてきた。本物の実戦。相手は魔獣。武器を持って向き合う。
怖い。正直怖い。ちびる。
でも、ここで逃げたら昇級試験もクソもない。やるしかない。
「……よし!」
剣を構えてゴブリンに向き合う。ゴブリンが棍棒を振り上げて突っ込んできた。
ガドの言葉を思い出す。読んで、避けて、隙を突く。
ゴブリンが棍棒を振り下ろしてくる。それを——横に避けた。間一髪。風を切る音がすぐ近くで鳴った。
避けられた。意外と避けられた。
そして、隙。ゴブリンが棍棒を振り切った直後がら空きになった胴体。そこに剣を振り下ろす。
体重を乗せて、まっすぐ。
ざくっと手応えがあった。
ゴブリンが悲鳴を上げて倒れた。地面に転がって、それきり動かなくなる。
……倒した。
倒せた。本当に倒せてしまった。
「……え、できた!?」
自分でも信じられなかった。剣なんて昨日初めて握ったばかりだ。なのにゴブリンを一撃で倒してしまった。
「おお、やるじゃねえか!」とガドが声を上げる。
「坊主、マジで筋いいぞ。初実戦でこれは大したもんだ」とドナ。
褒められてじわじわ実感が湧いてきた。
俺が魔獣を倒した。冒険者として初めての討伐。これはけっこうすごいことなんじゃないか。
「やった……! やったぞ!」
思わずガッツポーズが出た。さっきまでの恐怖はどこへやら、達成感でいっぱいだった。
でも喜んでいる場合じゃなかった。
もう一匹のゴブリンが仲間がやられて激昂したのか、こっちに突っ込んでくる。
「うわ、まだいた!」
慌てて剣を構え直す。さっきより速い。怒っているせいか、動きが荒い。
でも——しっかり、見えた。
ゴブリンの動きがやけにはっきり見えた。棍棒がどこに来るか自然と分かる。体が、勝手に反応する。
半歩下がって棍棒をかわし、返す刀で斬りつける。
二匹目もあっさり倒れた。
……あれ?
自分でもちょっとびっくりした。二匹目は一匹目よりずっとスムーズに倒せた。まるで体が戦い方を知っているみたいに。
「……俺、才能あるのかも?」
お調子者の血が騒いだ。異能なしって言われたけどもしかして剣の才能はあるんじゃないか。これはもう、剣の道で成り上がるしかない。最強の剣士ソラ。うん、悪くない響きだ。
「おい坊主、調子に乗るなよ」
ガドが俺の頭をぽんと叩いた。
「今のはたまたま相手が弱かっただけだ。本物の魔獣はそんなに甘くねえ」
「でぇーすよね〜、……はーい」
釘を刺されて調子に乗りかけた気持ちが少ししぼんだ。でも、それでも嬉しかった。初めての実戦でちゃんと二匹倒せたんだ。上出来だろう。
ガドたちはその後もいくつか魔獣を狩りながら、戦い方のコツを教えてくれた。俺も何匹か相手にして少しずつ実戦に慣れていった。
日が暮れる頃にはすっかりくたくただった。でも充実感でいっぱいだった。
剣の振り方も知らなかった俺が一日で魔獣を狩れるようになった。我ながら上出来な一日だ。
「坊主、これなら昇級試験も問題ねえだろ」とガド。
「ほんと!? ありがとう、ガド! みんなも!」
「礼はいい。困った時はお互い様だ」
ガドがいつものセリフを言って笑った。
いい人たちに、また助けられた。この世界に来て本当に人に恵まれている。感謝してもしきれない。
くたくたの体で、でも軽い足取りで俺は街への帰り道を歩いた。




