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第1話 赤髪令嬢は黄金髪の貴公子に溺愛されない

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

カクヨムで先行している分はこちらでも早めに投稿して、その後は一定の更新ペースにしようと考えております。

 魔法陣の上で指を絡め、互いの魔力を軽く触れ合わせた瞬間効力が発揮され、想像していたよりもずっと強く、アスラの黒い魔力が高まった。結婚契約それ自体に力があり、感情 ――相手を愛おしく思うかどうか ――は関係無いのだと魔道書には記されているが、身をもって感じるとそれなりに驚くものだ。


 婚礼の宴が終わったのは、夜も深まった頃だった。

 エティコン家の大広間は、この戦争ばかりの時勢にも関わらず贅沢に魔灯を使い、黄金色に輝いていた。末子の結婚とは言え、裕福な家のことだ。けれどアスラの胸には奇妙な冷たさだけが残り、純白の婚礼衣装は重く、肩に刺繍された金の糸が、肌にわずかに食い込む。

「さあ、ふたりとも。そろそろ新床に向かいなさい」

 エティコン夫人の声は、いつものように生真面目で、感情の起伏がほとんど感じられなかった。隣に立つウォレスは、黄金の髪を優雅に揺らし、青い瞳を細めて微笑んだ。彼は30歳近くになっても若々しい清潔さがあって、華やかな美少年然とした印象を保っている。末子ではあるが裕福なエティコンの息子として、東域の社交界ではかなりの人気者だ。魅惑の貴公子とあだ名され、多くの貴族が彼を招こうとする。社交界にはほぼ顔を出しもしないアスラでもその評判を聞いたことがあるのだから、相当な知名度だろう。

 顔立ちそのものは、人形のような綺麗な造りだとアスラも思う。

 好みかと言われれば全く違うのだが、美醜と好悪は別だ。

 ふたりは並んで長い廊下を歩いた。ウォレスの足取りは軽やかで、アスラの小さな歩幅に合わせる気などないようだった。背後には、執事の足音が控えめに、しかし確かに続いている。


 寝室の重い扉が開くと、甘い花の香りと、焚かれた暖炉の熱気が迎えた。灯りは無い。暖炉の炎と月明かりだけが部屋の中央に鎮座する大きな天蓋付きの寝台を浮かび上がらせている。

 扉が閉まる音と同時に、ウォレスが小さく息を吐いた。

「……外で、聞き耳を立ててるよ。結婚の見届け役は執事の爺さんだ。母上が命じたんだろう」

 彼はそう囁きながら、アスラの方を振り返った。美しく整った顔に、いつもの軽薄な笑みが浮かんでいる。しかしその瞳の奥にわずかな緊張が宿っていることを見て取り、アスラは困惑する。

「…えーと、どうすれば?」

「もちろん、約束通りに。僕が君に順調に手をつけていることを確認したら下がるはずだ」

 偽装婚なのだ。つまり、実際に結婚を完結させる(ヤることをヤる)ことは無いと合意している。但し、白い結婚の契約であることはふたりの間の秘密で、秘密を守るためには協力し合うことになっている。

 ウォレスは寝台の端に腰を下ろし、わざと大きく息を吸った。

「じゃあ、始めようか。ヤッているふりをしなければいけないから、調子を合わせられるか?」

(演技…って意味だよね?)

 アスラはしばし身動きが出来なかった。この期に及んで羞恥心が湧き上がったというわけではない。興奮も無い。世間でどれほどイイ男だと言われていようとも、アスラにとっては木石と同じだ。

「あの、申し訳ないんですが…演技指導などしていただいてもよろしいでしょうか?」

 真顔でアスラは願い出た。知識も経験も無さ過ぎるのだ。年齢的にもアスラはまだ若い、14歳になったばかり。だが年齢以上に、夜のことになんの興味も持てないまま生きてきた。

「あー…」

 ウォレスはアスラをジロジロと見た。

「まあそうだよね。君、一応貴族だと言うのが疑わしいほどに何の可憐さも色気も無いからな。艶っぽい経験なんか無さそうだ。君が相手では、この僕でも何のやる気も出せない。…いや、いいんだ、気にするな。《《赤毛》》のちびっこでは仕方のないことだ。そうだな…この件は僕が引き受けてあげよう」

 思いっきり失礼なことを言いながら、ウォレスは頷いた。

 それからウォレスはアスラに「念の為同じ部屋にいるように」と言うと、ひとりでベッドに上がり、一人二役の初夜を演出し始めた。

 彼は何故か双肌を脱いだ。白い肌が暖炉の火に照らされて淡く輝く。次に、わざと大きく寝台に身を投げ、軋む音を響かせた。

「こっちに来るんだ、アスラ」

「ほら、恥ずかしがらないで」

「そうそう、良い子だ…」

 年上の男らしい発言に始まり、声は徐々に甘く掠れて行く。そのうちにウォレスは喉を震わせ、わざとらしい喘ぎを混ぜながら名前を呼ぶようになった。

 アスラは部屋の隅にある椅子に腰を下ろしたまま、ただ黙ってその様子を見つめていた。小さな手が膝の上で静かに組まれ、指先がわずかに冷たい。

(絶妙に気持ち悪い…)

 白々とした肢体がベッドの上で跳ねている。

 全裸ではない、下半身は衣類に包まれているが、上半身は脱いでいる。大きく腰を降って振動を表現し、時に枕や布団、自らの肌を打って音を出しているから、脱いだのはそのためであるらしい。

 ウォレスの演技は迫真だった。

 彼は、本来女性が発するであろう、生々しい呻き声であるとか、「待って」とか「ウォレスさま、そこは…」とか言う声まで、全て自分で発している。女のような声も抜群に上手くて、音声だけなら、年若い妻と遊び人貴族の初夜に聞こえるだろう。

 痴態には違いない。

(イかれてるのは確かなんだけど…)

 ただその横顔は、何故か生真面目にも見えて、馬鹿馬鹿しい声音と相まって、アスラには物悲しくも思えた。経験の無いアスラが、そんなものを見せつけられている…というような被害者めいた気持ちにはならなかった。冷めた目で見てしまったら滑稽な行為。それにしても彼は本当に懸命なのだ。外の執事が納得するよう、息を荒げ、時折低くうめき、寝台を激しく揺らす。まるで本物の新婚初夜のように。

 いつか自分も本当に経験するだろうかとアスラは考えてしまった。

 脳裏には広い背中が浮かんだ。太い首、鍛え上げた腕、大きな手で優しく触れるひと。

「ん……っ、はあ……アスラ、もっと……」

 ウォレスの声がわざと高くなり、甘く溶ける。外の廊下で、執事の気配がわずかに動いたのがわかった。足音がドアのすぐそばに寄り、息を潜めている。

 アスラは目を伏せた。

(現実を見なければ!)

 アスラが想う相手はただひとり、護国卿(ドミヌス)・アイティウス。

 完全に雲上人だ。

 命を救われて以来9年。身近に接したけれども、女性として見られることは、無い。

(私の現実は、これ)

 ウォレスはさらに声を張り上げ、大きく身をよじった。額にうっすらと汗が浮かび、黄金の髪が乱れる。演技とはいえ、若い貴公子が必死に声を出す姿は異様だ。

「ああ……っ」

 最後に長い吐息とともに、ウォレスは倒れ込んだ。部屋に静けさが戻る。外の執事の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 しばらくの沈黙の後、ウォレスが上体を起こした。息を整えながら、いつもの軽い笑みを浮かべる。

「ふう……これで大丈夫だろ。母上も納得するはずだよ。完璧だったでしょ?」

 アスラは静かに立ち上がり、小さく頷いた。

「……ええ。お疲れ様でした、ウォレス様」

 アスラの声は動揺も無く淡々としていた。

 名演技を終えると、ウォレスは急に静かになった。傍にあった水差しを取ってゴクゴクと飲む。

「もう普通に話していいよ。見張りは消えた」

「あ、うん…」

 先程までとんでもない艶声を響かせていたとも思えない、奇妙な静かさだった。

「僕はそろそろ休むから、隣の部屋にでも行ってくれる?」

 当たり前のように彼は言った。

 隣室というのは、若夫婦の居住空間のうち、着替えなどを行う衣装部屋のこと。他には書斎なども備えられているが、寝具は他のどの部屋にもない。

「僕、他人が部屋にいると眠れないんだよ。つまりエドワルダ以外の人だと眠れない。それに、キミと同じ部屋で休むのは彼女に悪いと思うんだ。エドワルダはこの結婚に凄く傷ついているからね。いくらキミが赤毛のちびっこだとしても、表向きには妻ってことになっている。それって酷いことだと思うんだよ」

 エドワルダというのはウォレスの本命の恋人。

 わかった、とアスラは答えた。

 ウォレスがアスラと同じ部屋で睡眠を取らないことは別にいい。でも、彼はひとつしかない寝台を占領することを当然だと思っているらしい。それは紳士的な態度とは言えない。

「うん、じゃあおやすみ。明日の朝はまだ儀式の続きがあるから、召使いが呼びに来る前にはこの部屋に戻ってきてね」

(自己中だな、こいつ) 


               *


 嫌々結婚した貴公子には溺愛される、というのが物語のお約束だが、アスラには、そういうことは起きないらしい。衣装部屋に移動し、置いてあった長椅子に寝そべった。大きさは十分だ。ちびっこ呼ばわりも仕方がないなと思えるくらい、アスラは小柄だ。

 狐族(ヴルペス・ゲンス)は成長期が遅くやってくると言われていますよォ…と、アイトが言っていたことを思い出す。体の表面は魔法で変化させて、銀髪も耳も尻尾も隠してある。赤毛であること以外は、平均的な帝国人の容姿をしている。でも基本的な性質は変わらないものらしく、体格の小ささは銀狐のまま。

 体の上に毛布代わりの上着(トガ)を引っ張り上げながら眠る努力をする。上掛けは無かったから、服に包まって休むことにしたのだ。この季節はまだ寒い。

 指先をそっと握りしめると、確かに魔力がわずかに高まっているのを感じた。()()流れが、静かに体内を巡っている。この結婚は白魔道士の道へ近づくための、必要な代償。

(これなら母さんの治療を、自分でできるかも…)

 目的に向かって着々と進んでいると思う。

 やむを得ずに受けた結婚だが、全体的にとても幸運だった。ウォレスは奇矯な男だが、それでも約束を守ってくれた。衣装部屋の空気は少し冷たく、粗い布の感触が肌に触れるが、不満はない。

(私の幸せは私が決める)

 夜風が木々を揺らす音が聞こえ、アイトに救われたあの夜のをことを思い起こしながらアスラは目を閉じた。



お読みいただきありがとうございました。

日本はそろそろGW、良い季節ですね。

みなさま安全に気をつけて、楽しくお過ごしください。

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