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第27話 勘違いの渦 (3)

本作品はカクヨムでも同時連載中です。

初期は平日毎日更新を心掛けていたのですが、本業がちょっとですね…どうかなるかと思うような事態に陥っていたので更新完全に中断してました…

誰が読んでるんだろって話なのは重々承知なんですが…

自分の中で継続更新したかったんですよね…

多分本業は落ち着いたのでまた書きます

書き上げるまではするつもりなんです

「アスラのことは?」

 新たな主からの問いかけに対し、ハインリッヒはこう答えた。

「大奥様が取り計らわれるとのことです」

「やっぱりなあ。そうだと思ったよ」

 ウォレスは鼻で嗤う。白月館と呼んでいる、エティコンの出産のための別邸にアスラを閉じ込めたは良いが、荒っぽいやり方でアスラを連れ去られてしまった。

「そんなことをするのは母上しかいないからな。だがまあ、いいよ。エドワルダは気が優しいから、計画には少し時間をかけることにした。…継承式はアスラと出なきゃいけないんだよね?」

「はい、継承式を行ったことを帝国議会に届け出ることで、新当主がウォレス様になったことが公的に認められますが、継承式自体は先代夫人に差配いただく慣わしです」

 この男はいつも木片で鼻を擦ったような回答をするもので、以前はそれが嫌いだったとウォレスは思い返す。しかし、父の側近ではなく自分の側近となった今は、不思議とハインリッヒを好ましく感じる。

「母の協力は不可欠、と。我が国は何でも儀式ばかりだね。結婚も離婚も。…エドワルダの離婚は?」

「滞りなく終られました」

 ニヤリ、と。

 ウォレスは口元に満足を覗かせる。

 エドワルダも、夫であるエルンストも、いずれエドワルダを正妻に迎えたいと話すと恐れを見せた。エルンストとエドワルダは一般の夫婦とは違う。互いに利害を考えた上での結婚であって、そこには愛情も、深いつながりも何もない、そのはずだったのだ。だが彼らは、男と女ではないとしながらも、親友だと言い出した。だから形式的な結婚を解消する気はないのだと。それがウォレスにとってどれほど許せないことか。あろうことか、彼らは手に手を取り合って東域から逃げようとした。

 ハインリッヒに命じたのは、彼らが離婚をせざるを得ないようにしてくれというだけ。具体的な手法なんてウォレスは考えもつかない。ふたりは離婚式を行うとの知らせが来たのは命じてから数日のことだった。

「どうやったんだ?言った通りにしただろうね?」

「はい。仰せの通りに、強要するのではなく、おふたりが望んで離婚されたということです」 

 ハインリッヒは淡々と語った。先ず嫌疑をでっちあげてエルンストを拘束し、東域から出られないようにした上で、すぐに釈放させた。釈放されたところで、許可が降りるまでは指定された街を離れることは出来ない。この工作はエティコンの握る東方総督府とのつながりを使えば簡単なことだ。然るのち、噂を流した。当主になることが決定したウォレスが、エドワルダを囲うことにしたのだと。これまでのような遊び相手ではなく、公の愛人ということだ。世間からは、エルンストは現実的な商売人だから離婚に合意して妻を譲ることにしたのだろうと見做される。見返りはエティコンを後ろ盾に持ち、貿易特権や保護を得ること。 ――これらはただの一方的な噂だが、エルンストが拘束されてもすぐに釈放されたことで裏付けられる。

 あとは簡単。噂を聞いた社交界の友人知人が、エティコンと強いつながりを持ったエルンストと商売をしたいと申し込んできたり、親切顔で「早くエドワルダと離婚して差し上げるのが筋ではないか?」と言ってきたりする。こうなると、離婚を渋っているとエルンストがまるでおかしいことをしているかのように見られる。大きな見返りを既に得ているのに、欲張って妻を手放さないのではないかと囁かれ始める。

 社交界の立ち位置をこの世の何ものよりも大切にしているふたりのこと。あっさりと離婚を発表し、正式の離婚の儀式を行なったというわけだ。

「素晴らしい。本当にいい仕事をしたな」

 ウォレスは満足げであった。

 エティコン家の実務を取り仕切るこの初老の男が一言も返さずに自分の命令に従うことを当然だと思っていた。身分とはそうしたものだ。特権が付いて回る。

「先ずは当主となって、それからエドワルダを妻に迎える。万事をきちんと取り計らうんだ」


               *


 夜半、ハインリッヒは机に向かっていた。次期当主たるウォレスは女の尻を追いかけて出かけたので不在だ。

 継承式の準備は概ね順調だった。長年エティコン家に仕えてきたヴァルト家にとっては、しきたりに従って行えばいいというだけのこと。手順は全て過去の記録に載っている。先代の時との違いは帝都ではなくオリエントリアの東方総督府で行うという点だけだったが、これも付き合いのある貴族に出席を依頼すれば、多くは嫌とは言わない。

 主家の継承儀式の仕切りをするのは、ヴァルトの人間にとっては当たり前のことで、父親も祖父も同じことをしていた。子供の頃からよく言われたものだ。やがてお前が引き継ぐのだと。

 祖父も父も今はもう亡く、ハインリッヒは初老となった。

 この年頃になれば誰もが多少なりと厭世観に身を浸したくもなるものだろう。若く輝かしかった時間を同じことの繰り返しに遣い、年を重ねてしまった。その痛苦は時に身を引き裂く。きっと祖父にも父にも同じような気持ちがあったに違いない。だがハインリッヒは彼の先祖たちよりも些か深く倦み疲れていた。

 小さなことから大きなことまで我が儘ばかりを言う貴族に付き合うのは心が擦り減ることだ。それでも先代当主には才覚があり、エティコンは栄えた。傲慢ではあっても、貴族とは何たるかを理解していたから戦に行くという重要な使命からは逃げなかった。

 ところが末息子のウォレスと来たらどうだ。見た目が華やかなだけで能力も無ければ貴族とはどうあるべきかと考えたこともないだろう。

 なんでこいつが?

 先代と上の息子たちが揃って落命し次の当主はウォレスだと悟った時、ハインリッヒの頭に浮かんだのは疑問だけだった。

「こちらが届いているお返事です」

 小間使いが蝋で封をしてある手紙の束を置いて行った。ハインリッヒはのろのろとそれらを開封して確認する。

 エティコンと中央で付き合いの深い貴族たち、東方の地方豪族のような家、多くは出席するとの返事だったが、来ない者は丁重な断りの言葉と共に別途祝いの品を贈ったと書いてある。

 一つ一つに、ハインリッヒは丁寧な返事を流麗な字体で書く。エティコン家からの返信が美しく格式高く見えるためだけに幼少から身に付けた技だ。並行して出席すると返事をくれた人物を書き留めて行く。全てが出揃ってから席次を考える必要があった。常ならばこういった作業は一心不乱に行っていたものだが、どうにも集中できなくて、思っていたよりも何倍もの時間がかかった。

 最後の一通は魔力の込められた蝋の封印が仰々しいまでに施されていた。エティコン宛の書類を開く水晶印を近付けると、パチリと音がして解除される。

 運命の一通。

 差し出し人はオヴァム・マウリウス卿。

 東域に並々ならぬ関心を持つ、大物貴族のひとり。エティコンの大奥方となったミリアムにオヴァム卿を主賓としてはどうかと提案したところ、受け入れられた。建前上、かの有名な偉大なる護国卿(ドミヌス)殿下を主賓と考えているべきであり、実際にやってくる主賓はつまり次点の主賓となる。そういう扱いをしても気を悪くしない、家格で言えば中央の旧家には劣る出自。かつ、東域の軍閥と揉めなさそうな、少し遠い地域の貴族。オヴァム卿は完璧な招待客であり、ミリアムも提案を受け入れた。

 手紙を開くと、そこには何も書いていない。

 白紙。

 否。

 紙を持つハインリッヒの指に反応して、青い光が滲むように浮かび、それは天秤の意匠を形取って光ると一瞬で消えた。

「おお…」

 その紋章こそ、ヴァルトの家紋。

「結んでくださると言うことか」

 思わず小さく呟いた。

 エティコンの長年に渡る不正の証拠を差し出すとの申し出を、オヴァム卿にしてあった。その証拠を以てオヴァム卿がどう出るのか予測は出来ていなかった。

 オヴァム自身がエティコンの領土を求めるのか。

 他の貴族との取引に使うのか。

 それともヴァルトをエティコンの後継に据えて、実質的にオヴァムの影響下に置くのか。

 どうなってもいい、という覚悟がハインリッヒにはあった。このままウォレスを当主として戴き緩慢に死に向かうくらいならば、オヴァムなり、他の貴族なりと戦って散るつもりだった。

 だが、取引は受け入れられたのだ。

 ハインリッヒはオヴァム卿が東域に固執する理由は政治的なものだけではなく、個人的な趣味によるものだと噂を掴んでいた。そしてオヴァム卿という人物は名誉よりも実利を求めるところがある。であれば、敢えてヴァルトに従来のエティコン領を任せ、見返りとして獣裔取引で優遇させるのでは無いかと考えたのだ。

 獣裔取引法違反は重罪だが、ハインリッヒの長年に渡る実務経験からすれば、やってやれないことはない。

 両手を汚す覚悟を決めて、なおハインリッヒは清々しいような心持ちとなっていた。




お読みいただきありがとうございました。

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