第26話 勘違いの渦 (2)
本作品はカクヨムでも同時連載中です。
平日毎日更新を心掛けていたのですが、本業でちょーっと意外な緊急事態に見舞われたので1週間更新止まりました
いや、誰が読んでるんだろって話なんですけど
自分の中で継続更新したかったんですよね…
まだ今もリカバリー中なので、もしかしたら毎日更新ができないかもですが、完結まではちゃんと続けます
ミリアムは届けられた黄金の指輪を取り出し、うっとりと眺めた。長年、亡き夫の指にあったもの。魔力の秘められたエティコン家当主の証は、愛人が産んだ子供に受け継がれるところだった。それがようやく正当な後継者たるウォレスに渡ることになったのだ。
涙を浮かべて指輪に目を落とす姿は、家の者には当然、亡き夫を悼んでいるものだと思われた。
「奥様…あの、ヴァルト様が」
まだ若い女中はもらい泣きをしながら声をかけ、エティコン家の主席執事の来訪を告げた。亡き夫の側近であり、今やウォレスに仕える男。
「通しなさい。大丈夫ですよ。盛大な継承式をしてやらなければ」
指輪を持つミリアムの手は皺だらけだ。
いつの間にか歳を取った。夫の不実に悩み、子ができないことに涙を流し、愛人の産んだ子を複雑な思いで眺め、やがて授かった可愛いウォレスの幼かった日々さえも遠い。地を這うような人生の、終着地にあるのが継承式だ。
正式には継承式、エティコン家における家督継承の核心としなる儀式のことだ。これは当主の引退と共に行われるか、もしくは当主死去の場合は当主夫人が家督の証たる指輪を新当主に与えることで成立させる。そのため、儀式を手配するのは当代またはその夫人ということになる。
「久しぶりですね、ハインリッヒ」
エティコン家主席執事ハインリッヒ・ヴァルトも今や初老。代々エティコンに仕える家で、ミリアムが嫁いで来た頃には彼の父親が仕えていたものだった。
ハインリッヒはその父親がそうであったように一切の感情を見せない表情で、悔やみの言葉を事務的に述べ、同じ調子で継承式に関するウォレスの意向を述べた。
「――以上が、ウォレス様のご希望です。継承式は大奥様の権限に属しますが、最大限の配慮を頂けますよう、お願い申し上げます」
「どうしても、オリエントリアで行うと…?」
ため息混じりにミリアムは問う。答えはわかっていたが、聞かずにいられない。
「はい。ウォレス様におかれては、馴染みのない帝都よりも、生まれ育った東域で継承式に臨みたいとのご希望でいらっしゃいます」
「勝手なことを…」
ミリアムの考えでは、継承式は是非とも帝都で行うべきだった。帝都ならば、有名どころの大貴族を招いて盛大に式を催すことができる。東域はエティコンの発祥の地だが、今は東方総督不在、唯一にして圧倒的な大物はかの有名な護国卿アイティウス・ネロ・アクイラだが出席してはくれないだろう。変人で知られたドミヌスは派手な集まりにも政治にも興味を示さない。エティコンの財力を以てしても、東方貿易を知り尽くしたドミヌス相手では何の効果も発揮しない、それどころか睨まれたら家が終わる。
「あの子の生活ぶりからしても、帝都は好きかと思いましたよ」
理由が何かはわからないが、ウォレスはワガママだ。帝都が嫌だと言っているものを無理強いすることは難しい。オリエントリアで妥協するべきか、誰か東域に関心のある大物貴族を上手く招くことができるだろうかと、ハインリッヒに尋ねる。
「ご存知のように東方総督不在なので、なかなか難しいですが、これまでのお付き合いをもう一度精査して、どなたに招待状を出すか検討します」
エティコンは歴史の長い帝国に於いては、それほど古い家柄とは言えない。そのため継承の儀式そのものは簡単なものだ。魔法陣も複雑ではなく、新たな当主と先祖伝来の指輪が契約を結べればそれでいい。古代から続く家柄だと歴代当主の魔力の痕跡を延々と辿り、長い時間をかけて当主の証を立て契約を結ぶ。比較的に軽んじられやすいエティコンは、招待客で箔をつけるしかない。
「東域で行う以上、ドミヌスと敵対している家は絶対に呼んではなりません」
「そこは抜かりなく。ドミヌスにも形式的な招待状は差し上げておきます」
「当然ですよ」
この手の儀式にドミヌス本人が出て来ることは先ず考えられないが、招待を出さないのも失礼に当たる。ミリアムは随分以前に遠目に当代のドミヌスを見たことがあった。まだ成り立ての若いドミヌスだったが、転生者だけに奇妙な落ち着きがあった。筋骨隆々でいながら物静か、権力者でいながら誇示しようとはしない、それでいて見る者を自然に圧倒するような…言葉にできない不気味さがあった。運が良ければ儀礼的な祝いくらいは送ってくれるだろうか。
「それで…」
ミリアムはやっと本題に入る。
「アスラの支度は」
あの夜、忌々しい屋敷からアスラを取り戻そうと、3人組のゴロツキを向かわせた。ところが彼らは、「赤毛の娘なんて屋敷にはいなかった」と言ってきたのだ。ではアスラはどこに行ったのか、その答えをミリアムはまだ得ていない。だがおそらくはウォレスと共にいるのだろうと思っていた。アスラがいないという報告を受けて程なくして、ウォレスの執心していた人妻が東域から姿を消したと聞いたのだ――逃げたに違いない。であればアスラをあの屋敷に置く理由は無い。
エドワルダと言ったか、あの黒魔女を、ウォレスは妻にしたいと言い放った。もちろんそんなことを許すわけにはいかない。同時に、あの女だってそんなことを望むだろうかとも思うのだ。ああいった階層の女たちはミリアムの夫の周りにもいたが、彼女たちは正妻の座を脅かそうとは決してしなかった。貴族の正妻という立場は、教育を受けていない女が務められるものではない。
結局のところあの人妻に執着しているのはウォレスだけで、相手から見ればただ気前の良い遊び相手でしかない。金があって見目麗しい男。それだけだ。
「若奥様のお支度に関しては、大奥様のご意向に従うのがよろしいかと」
ハインリッヒの答えはミリアムの推測を裏付けるものだった。更に畳み掛ける。
「アスラの体調には変わりありませんか?衣装は婚礼の際に仕立てたものがあります。宝飾品はエティコン家の伝来の品を渡すつもりです」
「若奥様に於かれましては、お変わりなくお過ごしです」
妊娠はしていないという意味だ。正確には妊娠を装う必要は無い。ウォレスは、アスラとエドワルダをふたりともあの屋敷に閉じ込めて、エドワルダの産む子供を正夫人アスラの子供と偽ろうとしたに違いなかった。エドワルダがいなくなれば無駄なことだ。
やはりアスラはウォレスの手元にいる。ミリアムはそう受け止めた。
継承式には、未婚の者でも臨める。だから正妻たるアスラの存在は絶対に必要とは言えない。しかし継承者が正式の配偶者を持たない場合には、本来配偶者が引き受けるべき役割を、別の者が一時的に預かることになるのだ。ウォレスの場合は、実母であり先代当主の妻であるミリアムが立つ。ウォレスにしてみれば面白くないはずで、であれば、アスラと共に式に臨もうとするだろう。
「いいでしょう。式典は東方総督府内で行います。然るべき期日に、ウォレスとアスラをオリエントリアの屋敷に寄越しなさい」
「東方総督府でございますか」
それからミリアムは、ハインリッヒと継承式の詳細を確認した。招待客をどうするか。席次。儀式の細々した決まりごと。
ウォレスが何を思おうと、また、他の誰が何をしようとも、結局はミリアムの思う通りになるのだ。
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