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鏡に咲く花を抱き、水月へと還る  作者: 雪月花


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第8話 雪音


 柔らかい朝日を浴びると目覚めてしまう体は、今日もいつのまにか身を起こしていた。

 けれどまだ夢見心地のまま一階へ降りると、キュッと冷えた空気に思わず身震いする。

 

「ぅぅ……さむい〜っ」

 自分の腕をさすりながら、私は慌てて暖炉へと向かった。

 しゃがんで灰をかき混ぜると、小さな火が寝息のようにくすぶっている。

 新しい薪の気配につられてどうにか起きたようで、たちまち炎が立ち上がり赤々と広がっていった。


 私はそこへ両手を向けて、メラメラと勢いづく様子をじっと眺めていた。

 少し温まると、膝を崩してぺたりと座り込み、ようやく一息つく。


 ……今日はすごく寒いな。

 もしかしてーー


 そう思い窓の外に目を向けると、ほのかに煌めくものが見えた。

 澄ませた耳には、軽い鈴の()のような響きが不規則に届く。


 すると、カチャカチャと床を叩く小さな音まで聞こえてきた。

「ナナシィ……寒いよぅ」

 身を震わせながら降りてきたヨムンだ。

 どうやら寒過ぎて、早起きまでしてしまったらしい。

 

 私の元に駆け込むようにやってくると、器用に膝の上で丸まった。

 炎の光を受けて、白い毛並みがほんのり赤く染まる。


「ちょうど良かった」

 私はヨムンをひょいと抱き上げた。

 彼を前向きにして、脇の下とお尻に手を回す。

 そしてそのまま立ち上がり、暖炉からすっと離れた。

 途端に前から悲痛な声があがる。


「えーなんで?? 暖炉のそばでしばらく暖まろうよ」

 ヨムンが振り向いて悲しそうに見上げてきた。

「だって、ヨムンと一緒じゃないと寒いんだもの。ちょっと外を見るだけだから」

「……僕は湯たんぽじゃないのに……」

 文句を言いながらも、白いキツネは大人しく前を向いた。

 その様子に、クスリと口元を緩めて窓辺に立つ。


「わぁぁ……!! やっぱり〝雪〟が降ってるよ!」

 外では、キラキラした雪の結晶が降っていた。

 セロハンのように透き通ったオーロラ色の結晶が、屋根に当たって「……リンっ」と粉々になっている。

 その小さな小さな雪音が、かすかに聞こえていたのだ。

 

 不思議なことに、この雪は木やスズランに触れると音もなく溶けてしまう。

 けれど建物や屋根では、音を立てて砕けるのだ。


 まばらに落ちる雪の結晶が、くるりと回りながら、ゆるやかに降りてくる。

 ゆったり舞う子もいれば、忙しなくクルクルと落ちてくる子もいる。

 けれどどの結晶も光を浴びて、キラリと(またた)いていた。

 

 こんなにも美しいものを、私は今、見せてもらっている……


 窓の外を魅入っていると、腕の中でヨムンがぼそりとつぶやいた。


「……もしかして、外に行こうとか思ってる?」

「よく分かったね! スズランの様子を見ておきたいし」

「えー……僕は遠慮しとくよ」

「でも、ヨムンも好きでしょ? 雪遊び」

「…………」


 ヨムンが観念したかのように、だらんと力を抜く。

 私は構わず彼をぶらぶらさせながら、玄関へと向かった。




 裾の長いケープを着込み、この前作った耳当て付きのニット帽を被る。

 はやる気持ちを抑えながら支度を済ますと、玄関の扉をゆっくり押して外に出た。

 すると、雪をまとって柔らかく光るスズランたちが、目に飛び込んでくる。


「綺麗……」

 雨上がりとはまるで違うその輝きに、私はふらふらと歩みを進めた。

 その間も私たちの頭上には、雪の結晶たちがくるくると舞い降りている。


 すると、そのひとつが私の帽子に当たった。

 「……リン」と音がすると、光る粉になって落ちていく。

 それが楽しくって、両手を広げて私も結晶のようにくるりと回った。


「……リン…………リリン」

「ふふふっ」

 袖に当たった雪が、即興の拍子を奏でる。

 まるで合いの手を打ってくれているようだ。

 

 弾むようにもう一度回ってピタリと止まると、ちょうど飛び跳ねているヨムンと目が合った。

 彼は雪に当たりたくないのか、ひらりひらりと高く跳んで華麗によけている。

 けれど見られていると分かると、足取りが重くなった。


「寒いからさ、先にぐるっと見て帰るねっ」

 そう口早に言うと、私の横をひらりとすり抜けて駆けていった。

 器用に雪を避けながら右に左へと跳ねる姿は、どう見ても楽しそうだ。


「あ、ちょっと待ってよー!」

 私も思わず駆け出して、彼の白い尻尾を追いかけた。

 ちょうどその時、舞い降りてきた雪が頬に当たる。


「……リン」

「つめたっ」

 小さな粉となって流れていったそれに、声をあげてはしゃぐ。


 その声は窪地にいつまでもこだまし、気づけば長いこと追いかけっこを楽しんでいた。





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