2:ダンジョン内部
それから数日後、俺は準備を完了させてダンジョンへ挑もうとしている。
狩った魔物は塩漬けにして干し肉にし、村で魔物除けのお香なども買ってきた。さらに叔母さんが俺に傷薬まで用意してくれたのは非常に大きい。
ダンジョンに出てくる魔物はこの近辺にいるような魔物と変わらないらしく、今の俺の腕なら踏破出来ると言われたが準備はしっかりとしていきたい。
全てにおいて準備が盤面を左右する事なのだから。
「それじゃ行ってくるね!」
「いってらっしゃい。お土産を楽しみにしてるわね」
手を振って見送ってくれる叔母さんに俺も手を振って返す。獣道を走るのは手慣れたもので、毎日足腰を鍛えていたのが功を奏している。
剣術も腕や体づくりは大事だが、何よりも足腰が非常に重要だ。少し足場が悪くてもちゃんと地面を踏んでふらつかないようにするのにどれだけ苦労したことか。
ダンジョンまではそんなに遠くない。裏山まで抜けて少し下るといつものぽっかりとした縦穴が見えてくる。いつもは寂れた雰囲気で、たまーに小鳥が鳴いてることもあるが今日は違った。
俺よりも先に先客がいるのだ。
「ゴブリンか……」
緑色の小鬼……個体は弱いが数が多く、集団戦で囲まれると厄介な相手。多少の知能はあるが、知能レベルはその辺の獣よりマシなぐらいだ。
今回は2匹だけしか見えていない。今の俺なら4匹ぐらいまでなら相手ができる。魔法を使ってきても、少し動きが早くなったり力が強くなるぐらいなので、落ち着いて対応すれば十分勝機はあるはずだ。
俺は近くにある拳大の石を掴んでゆっくりと入り口に近づいて行く。まだ相手には見つかってはいないらしく、のんびりあくびをして何か雑談でもしていそうな雰囲気だ。
木の陰からゴブリンの後ろの方へ目掛けて石を投げつける。遠すぎず近すぎず、音に反応したゴブリンが俺に背後を見せるように。
「カコッ」と岩と石が当たる乾いた音と同時に俺は飛び出した。ゴブリンは予測通り音のした方を見ている。
まずは手前にいるゴブリンに持っている剣を振り下ろして斬り伏せた。そして振り下ろした勢いを殺さずに奥にいるゴブリンへ剣を振り抜く。
「ゲギャッ!」
水平に振った剣がゴブリンの断末魔ごと首を跳ねる。周りに仲間がいないか耳をすませてみたが、仲間が騒いでいるような気配はない。どうやらハグれゴブリンだったらしい。
ゴブリンの死体は他の魔物が食べるだろうから、邪魔にならないように端っこへ移動させておく。
「よし、それじゃぁ行きますか!」
俺は気合を入れて洞窟の中に進んで行った。
◇
ダンジョンは非常に不思議な場所だ。このダンジョンでは暑くも寒くもなく、一定間隔で灯りのような物まである。
通路は大人が3人並んでも通れるような広さがあり、今のところ一本道だ。
途中で出てくる魔物はホーンラビットやミニ羽豚など、いつも倒している魔物が点々と出てくるだけ。
あまり集団で出てくると対処するのが大変になるから、これはこれでありがたい。
戦闘スタイルはもっぱら不意打ちだ。通路で出会ってしまう時は正面から斬りふせることもあるが、小部屋などならゴブリンに使ったように音などを出して注意を向けさせたりする。
1匹だけなら直接石を投げて当てると体制が崩れるのでやりやすいが、俺はそこまでコントロールが良くない。
頭に当てられると一番いいんだがな。
いつも通り小部屋を2つほど抜けると、ここから先は未知の領域だ。
相変わらず無機質な岩が通路となって奥へと誘導している。俺は今まで以上に耳をすませながら歩き始めた。
叔母さんが言うには、トラップなどはないそうだが魔物の不意打ちなどは気をつけるべきだろう。
幸いにも灯りには困らず遠くまで視認する事ができるので、曲がり角に差し掛かったら注意深くあたりを探る。
これが意外と体力と神経を使う作業で、たまに座って休憩することを忘れない。疲れは戦いに悪影響を及ぼすからな。
ダンジョンに入って何時間が経過したのだろうか。さすがにダンジョンの内部からは外の様子もわからないので、腹時計に頼るしかない。ダンジョンに入ったのは昼飯を食べてからであり、腹の空き具合からしてもう夕方を過ぎているだろう。
何箇所かまた小部屋を通って行くと、いつもより少し大きめの部屋に差し掛かった。中を覗くと所々に草が生えており、ミニ羽豚が2匹と一回り以上大きい羽豚がいるのが見える。
幸いにもこちらには気付いておらず、生えている草を食べていそうだ。
「羽豚か……」
ウィングピッグはミニ羽豚の進化系だ。この世界では魔物が一定の年齢や経験を重ねると種族進化する。進化するとまったく見た目が違ったり、宿している属性が変わったりとまだまだ研究されていない部分も多いらしい。
ミニ羽豚が体長30cmに比べてウィングピッグは体長50cm程なので、属性も見た目もほぼ変わらない。背中に生えている羽が大きくなって短時間飛翔できるぐらいだ。ただし体が大きくなっているので、急降下の体当たりをされると痛い目に合う。
今回の魔物は部屋の奥にいて、いつもの不意打ちは使えそうにない。ミニ羽豚2匹ならなんとかなるかもしれないが、ウィングピッグの強さが未知数だ。前に調べた時は、ミニ羽豚とあまり強さが変わらないとあったが用心するに越したことはない。
俺は魔法が使えないからな。
ミニ羽豚の釣り出しを狙うべく、あえて近い場所に小石をぶつけた。
「プギィ!?」
音に反応したのは狙い通りミニ羽豚だけだ。あとはこっちに向かってきてくれるといいんだが……。
少し様子を見ていると、ミニ羽豚が1匹こちらの方に歩いてくる。そのまま音のした方へと向かい、背中はガラ空きだ。
俺は勢いよく飛び出し、釣られたミニ羽豚に一撃をお見舞いする。
「オルァ!」
俺の声に振り向いたミニ羽豚の頭に思いっきり剣を振り下ろす。一刀両断されたミニ羽豚が地面に転がり、すぐに俺は姿勢を残りに2匹へ構え直す。
案の定俺に気付いた羽豚が臨戦体制を取り、足で地面を掻く「前掻き」を始めた。こいつらは基本的に直線で突っ込んでくるだけだ。
タイミングを見て避けて一撃を食らわせてやる。
羽豚の咆哮と共に2匹が同時に突っ込んできた。
ミニ羽豚がいる方に横っ飛びで避けると、ミニ羽豚だけが俺を追跡してきた。それを剣で横薙ぎに払い、吹き飛ばす。ミニ羽豚が壁にぶつかった所にとどめを刺しに行く。柔らかい腹の部分から心臓に向けて剣を突き立てる。
動かなくなったのを確認したが、まだ油断はできない。
「ブギィィ!!」
先程避けたウィングピッグが壁を蹴ってこっちに飛翔してきた。勢いがつき重力を兼ね備えて俺に迫ってくる。
あのスピードと重さを剣で受け止めてもこっちがダメージを負うだろう。磨き抜いてきた俺の剣術で一刀両断でも出来ればかっこいいかもしれないが、流石にまだ無理だ。
ここで打つ手は……バカめ! 俺の後ろは岩壁だ!!
ウィングピッグは急には止まれない……そんな言葉がある世界だ。俺はギリギリまで引きつけてから真横に飛ぶように避けた。
勢いがついたままあの体重で壁に衝突したら無事では済まないだろう。
予想通り大きな衝突音が発生する。思いっきり頭から壁に突っ込んだウィングピッグが気絶して壁をずり落ちてきた。こうなってしまえばあとは仕留めるだけ。
俺は難なくウィングピッグを仕留めた。
「ウィングピッグはミニ羽豚よりも肉が美味しいからなぁ。叔母さん喜んでくれるかな?」
ダンジョンで仕留めた魔物は手際よく捌かなければならない。どんな原理かは知らないが、あまり放置してしまうと骨も残らず全て消えてしまうのだ。
一説によると、ダンジョンは死体などを吸収してダンジョン自体の糧にしていると前に書物で読んだことがある。死体が残らないのはこれのせいだろう。
前に一気に溜めてから解体しようとしたら、全部消えていた時は泣いたなぁ……。
手際よく捌いていくと、ウィングピッグの心臓あたりに石があるのを発見した。取り出してみると、綺麗な赤で染まった小さな石……これは魔石だ。
ある程度の大きさや魔力を備えた魔物は心臓近くに魔石と呼ばれる石を生成する。
大きければ大きいほど価値は高いが、魔石自体が珍しいのでこの大きさでもそこそこの値段で買い取ってもらえるだろう。
本来なら魔石を握ると魔力を感じ取ることができて内部保有魔力なども分かるらしいが、俺にはどーもさっぱりわからん。
このマジックバッグが持ち主の魔力に反応するーーとかじゃなくて本当に良かった。
肉などの素材をマジックバックにしまい終わると、改めて部屋を調べてみた。入り口とは反対側の奥の方に通路が続いており、どうやら下に降りていく階段があるようだ。
その階段横には休んでくださいと言わんばかりの小部屋。中を覗くと、壁から水が湧き出して水汲み場が出来上がっている。
少し救って飲んでみたが、毒などはなさそうだ。
体もだいぶ疲れているので、今日はここで一泊していこう。