謎が謎を呼ぶ土魔法
謎が謎を呼ぶ土魔法
「ほう…… 確かに盛り上がっておる。周りも沈んでおる。なるほど、土を集めて盛り上げたんだの」
村長さんが、しゅっと手の動きで表現した。
周りの土を集めて壁を作った感じなのだろう。
何度か練習したらすぐにできる様になった。
「これ、何かに使えませんかね?」
「う~む。土魔法を見たのも初めてじゃし。何に使えるかなど皆目検討つかんわ」
・
そんなわけで、試しに畑を作ってみた。
村の人々は移住して五年も経っているのに、畑はそんなに大きくなく、そもそも畑で採れる野菜をあまり気にかけていなかった。正直なところ、雑草がすごく生えているので葉野菜が生えているのはわかるが野生のものなのか悩むぐらい、草の中に混じっている。
基本は森の獲物とヤギの乳。山菜まで森でとってくるので、畑は天候が悪くて森に入れない時の非常食か、おやつぐらいにしか考えられていない。
とはいえ、数が増えていけば森の獲物では足りなくなってくるはずだ。これから子供も増えていくだろう。子供達が大人になるまでに、おおきくなった彼らの腹を満たせるだけの食料が必要だ。
などなど、村長とだべりつつ、畑を作った。
比較のために若い衆の1人にも畑を作ってもらった。今更ながら、鍬を持って作業する村人というのを初めて見た。
午前中いっぱい作業して、昼に休憩。
午後作業開始して2~3時間というところで僕の気分が悪くなり、作業終了。
これが魔力切れか。
寒気がするのに汗が止まらない。目眩はするし息も苦しい。心臓やられてるのか?
少し横になっていたら良くなってきた。村長に診てもらったらだいぶ魔力がなくなっているそうだ。
3日もあれば回復するだろうとの事だが……
「う~む…… 早いことは早いが……」
村長が出来上がった畑を見て呟く。
進行は、僕の方がずっと進んでいた。およそ3倍。
つまり、魔力を使わず普通に耕してもそんなに変わらないという事だ。魔法を使って、1日働いて3日休むか、3日普通に働いて1日休むか。
1日で4ヘクタール程だろうか。10m×10mで1ヘクタール。面積でその4倍、20m×20mほどの土地に畝が並んでいる。
早いんだか遅いんだかよく分からない。
石も雑草もとっていないので手間はかかっていない。土をこねくり回しただけとも言える。
半分ぐらいからは慣れてきて時間も短縮できたけど、魔力切れになるぐらいなら手で耕した方がいい。魔力切れになるとあまりの症状の悪さに死ぬかもしれないと不安になる。
村長からは、
「急に畑が要るならまぁ使えるかの」
という慰めの言葉を頂きました。
なお、この畑は使わない
土だけ移動させられたらいいんだが、やっぱり草も混ざってしまう。集中したら土だけ動かすこともできたが、効率が悪すぎる。
どんどん早く、多く、大きく作れている感覚はある。まだまだ先があるのは分かっているが、現在の膝下アースウォールが、どうすれば城壁の如くなるのか。できるかわからないし想像もつかない。
現在この土地は、僕の土魔法練習用の土地となっている。
棚ボタ的に自分の土地ゲットだぜ!
・
アースニードルを作ってみた。
簡単だった。壁じゃなくて、尖った山を作ればいいのだ。
膝下アースニードルができた。練習すれば増えるだろう。
だが、蹴ったら壊れた。アースウォールもそうだが、本当に寄せて集めて整形したという程度の強度しかない。
このアースニードルでは、怪我ぐらいはさせられるかもしれないが致命傷には至らないだろう。
アースニードルの針筵でモンスターを纏めて殲滅ってのは無理っぽい。
岩場なら無敵だと思うんだが。ここ草原だしな。
アースニードルを飛ばせないかと四苦八苦したが、それも無理だった。
空中に石を生み出してからのストーンバレットってのは無理だったので、地面から飛ばすのはできるかと思ったが、できなかった。
可能性があるのは風魔法の方だ。強い風を吹かせて石を巻き上げればできるだろう。
風魔法の才能無いけどね。
でも、他の魔法と違う所があった。
アースウォールも、アースニードルも、だいたい任意の場所に作れるという事だ。
僕は他の魔法の才能が無いため、火魔法は燃えやすいものを握ってしか発動できないし、水魔法も手の平からじんわり湧いてくる感じになる。
つまり、魔法が発現する部分が、肉体の上か肉体の近くなのだ。
対して土魔法は、小さなアースウォールなら100m先でも作れる。それ以上は要練習要効率化という感じ。
魔力量や才能が大きければ、魔法を発現させる距離が伸びるのだろう。
ということは、火魔法が得意な奴は、突然相手の服を燃やしたりできるのかもしれない。こわい。
水魔法だと相手の頭の上からだけ雨を降らせる事もできるんだろうか。
・
家を作ろうとしてみた。
まず、全力膝下アースウォールを作る。
一回分の魔力を使いきったら、再び同じ様に、最初のアースウォールの下からアースウォールを作るイメージで押し上げる。
だが、腰の高さ程でギブアップとなった。4回分だ。
後になるにつれ、どんどん魔力の消費量が凄まじくなっていくのだ。上に乗ってる分が重いからか、それとも魔力的な問題があるのか。
逆に壁の上に壁を作ってみたが、薄くなった。下にある最初の壁の分から土が移動しているため、山形になっている。
山を作って、壁を作る要領で周りを削っていけばピラミッド型になるんじゃないかと思い、実際にやってみたが、
「なにこれ山?」
「かくかくしてるー」
「てっぺんとるぜぇ」
と、子供達の遊び場になった。
3段まで作って、これ一体何に使うんだ? と思ってやめたけど、子供達が笑顔になるなら良いじゃないか。
フゥ、いいもの作ったぜ。
土魔法で建築無双を期待していた身としては、なかなか悲しいものがある。
犬小屋無双なら出来そうだが。
とはいえ、アースウォールの周りの沈んだ部分に降りれば、壁の高さは膝上だ。
もっと努力して、一発でお腹ぐらいまでの壁が作れれば、これの陰に身を伏せて矢とかの攻撃を防げるんじゃないだろうか?
発動自体は早い。小さなものならヤマネコに気付かれる前に作って転ばせられた。だが、人間1人を隠す程となると完成前にやられてしまいそうだ。
練習と実験で、どんどん効率良くなっていくのは感じている。
要練習だ。何事もすぐにできるものはない。
・
練習を続ける僕に助言をくれたのはまさかの子供達だった。
「おしてだめならひいてみろー」
「いそがばまわれ!」
日本語の諺を教えたら、こうやって突然叫んだりする。子供はわからん。
「ひいてみろ……まわれ」
そこでふと気付いた。
アースウォールを円形に作ってみた。
すると、外縁の沈み具合はいつもの通りだが、中央には深い穴ができていた。
だが、直径を広げると、中央に山が残ってしまう。
その問題が僕をさらなる高みへと導いてくれた。
直径を大きく作った円形アースウォールの中央には、壁に使われなかった分の土が残る。ふと、これを魔法で掻き出せないかと思ったのだ。
結果は可能だった。
アースウォールではなく、普通に地面を掘るイメージで魔力を流すと、地面を掻き分ける様に土が動いて穴ができた。
穴の周りには掻き出された土が盛られている。
まとめて一気に土掻き出すのではなく、掻き出し続けるイメージの方が上手くできた。
大人1人がすっぽり入りそうな穴を掘るのに6秒ぐらいかかった。アースウォールやアースニードルの様に一瞬で発現するものではない。魔力の使い方も違うし。
とはいえ、これは嬉しい前進だ。
アースウォールやアースニードルからだいぶ遠回りしたけど、これで新たな技が1つ加わった。
穴掘りには使える!
……えっと、ほら、罠とかに使えるじゃん。
同じ方法で壁を作ってみた。
周りから土を移動させ続けるイメージだ。
大きな壁が出来てテンション上がったが、時間がかかったし、かなり脆かった。
そこら辺から土を掘り出して投げて積み上げた様な感じだ。
建築に使うにしても、押し固めないと使えないだろう。
とはいえ、便利な技ではある。
畑を耕すならこっちの方が向いているだろう。空気を十分に取り込める。憶えておこう。
・
森に仕掛けた罠だが、最近はまったく掛からなくなった。
野生動物というのはそういうものらしい。
人の手が入っていない森の動物は『すれていない』などと表現されるが、今この森の動物は罠のせいですれてしまった。罠に残る僅かな人のニオイに警戒し、近付かなくなったようだ。
罠の場所を変えたり、種類を変えたり。後は気付かれない様にロープを細くしたりする必要がある。金属ワイヤーとか無いんだろうか。
……お? 土魔法ならニオイ残らなくね?
ほら、やっぱり穴堀り無駄じゃないじゃん。
・
土魔法の有用性を証明するという使命感に燃える僕は、早速若い衆に頼んで森に入った。
そして、以前ヤマネコに遭遇した付近にアースホールを作る。アスホールじゃないぞ。アースホールだ。間違えるととんでもない事になる。
掘り出された土を上手く散らして分からない様にする。
上から大きな葉っぱや細かい枝で蓋をして、周辺の枝を折って目印にした。
穴の中には、木の杭を数本仕掛けて、蓋の上中央には木の実をどっさり置いた。これなら何か来るだろう。くくり罠と違って、全方位向けの罠だ。餌だけ取られてサヨナラって事にはならないはずだ。
餌をたっぷり置いたので、
「もったいねぇな」
と、若い衆がぼやいている。
僕もそう思う。
だが、土魔法のためにはしょうがないんだよ! 土魔法、ひいては、僕の魔力が無駄じゃないと証明するんだっ!
午後罠を確認すると、
「イノシシだ……」
「こいつら木の実好物だもんな」
「しかし、イノシシなんてそうそう見ないぞ。ヤマネコより少ないと思っていたが」
そんなわけで、穴の中には何本もの木杭が体に刺さって失血死したイノシシが落ちていた。
イノシシなんていたのか。
でかい。
「イノシシってあんまし狩れないんですか?」
「ああ。そもそも遭わないし、遭ったとしても簡単には狩れない。三人掛かりでも危険だ。イノシシの方も逃げるし、こっちも相手はしたくない」
穴に落ちているイノシシを見る。
口の端から鋭い牙がはみ出している。毛は暗い茶色で、黒い縦縞がいくつも入っていた。
体重はどれぐらいなんだろうか。多分僕よりはあると思う。
1人が穴に下りて、イノシシの足にロープを掛ける。
皆で引き上げて、とりあえず内臓を抜いた。
内臓はそのまま罠に使った穴に捨てて、僕が土魔法で埋めた。土魔法大活躍! 土魔法大活躍ッ!!
皮を剥いで切り分けるのは村でやろうという事になった。
四肢に繋いだロープを皆で手分けして持って帰った。
内臓は抜けているけど、それでもすげぇ重かった。
「ミチザネやべええ!」
「ミチザネイノシシとってきた!」
「イノシシでけぇええ!」
村にイノシシを持って帰ると、まず子供達が群がってきた。その後、大人たちも寄って来て、イノシシに触ったりしている。
さすがに一家族分という大きさでもないので、
その日は村の皆で食事をした。
奥様方は別で集まって食事をしている。
子供達が焼けたイノシシ肉を奥様方のところに運んで、一緒に食べていた。
男女が別れて食事というのは不思議な感じがするが、まぁ地球でもそういう風習あったしね。
だが、この男臭凄まじい宴会からは僕も逃げたい。
ムキムキの男達が汗をかきながら肉にかぶりついては酒を煽ってガハハと大声で笑っている。
「兄弟も飲むか?」
と勧められたが、
「僕、お酒飲めないんです」
と断った。
「そうか! じゃあ俺が兄弟の分も飲んでやるぜ!」
と、むしろ嬉しそうに酒をあおる。
そもそも僕が酒を飲まないため家には無いが、だいたいの家には酒瓶がある。
中身は買い出しの時に街で買ってきた酒だ。
お酒作ろうかな?
「ミチザネ。イノシシ美味かったぞ」
その夜の嫁は少し優しかった。
・
「お前さん、何でそんなに土魔法で戦おうとしとるんじゃ? 儂には十分便利な魔法に見えるがの」
村長の言葉に目からウロコだった。
そういえば、僕はモンスターを見ていない。
冒険者になった今でも見ていない。街では建築工事してただけだし、森にもあんまり入らない。
森の奥には居るらしいが、僕がこの世界に来てもうかなり経っているのに、モンスターなんぞ見たことが無い。
土魔法で、いったい何を相手に無双しようというんだ?
そもそも、争いごとは嫌いだ。戦わないならそれに越したことはない。
「確かに…… どうしてなんでしょうね……」
思い込みというのは怖い。
ストーンバレットでモンスターの集団を乱れ撃ち、アースウォールでモンスターの攻撃を防ぎ、アースニードルでモンスター串刺し、等等、色々妄想していた。
そのうち、土魔法で戦わなければ、と思い込んでいた。
実際の所、戦う相手も居ない。
「良いじゃないか。戦えなくても。獲物は罠で獲れば良いしの」
「そうですね」
村長とだべっていると、なんだか落ち着く。
経験を積んだ賢い年長者というのは、そばにいるだけで安心感があるものだ。
おばあちゃん子の気持ちとか今なら分かる気がする。
・
だが、僕の人生というのは、予想した事、決めた事、準備した事とは逆の事が起こる。
まだ20年弱の短い人生だけど、そういう事の方が多かった。
異世界に来ても、そうだったらしい。




