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「やみくもにここの資料を見たってあまり意味はないんじゃないかしら?」
知らない知識を得たいのだと興奮しながら力説するミーシャをドリーとナディアがなだめている所にやって来たミランダは、それぞれの主張を聞いた後、呆れたようにため息をついた。
「ミーシャは何か勘違いしているようだけど、ここにあるのは、教本のようにまとめられた資料ではないわよ?一応、終了とされているだけで研究途中のものも多いし、思い付きをかき散らしたようなものだってあるわ。手書きだから字の癖が強すぎて読めなかったりもね」
見せた方が早いと、ミランダは手近なものから数冊を取り出して中身をミーシャにめくってみせた。
「専門の言葉も多いから、そこを知らないと分からない事が分からないとおもうわ。こういう資料には読み方があるのよ?」
本当にミランダに指さされた言葉の意味が分からず、ミーシャはヘニャリと肩を落とした。
横から覗き込んだナディアも眉をしかめている。
「ナディアも適当なこと言わないの。貴女だって、最近ようやく書籍番号を見て整理する方法を覚えたばかりで、中身なんてほとんど見たことないじゃない」
「だって、みんなここは知識の山だって良く言ってるじゃない」
たしなめられて唇を尖らせるナディアに反省の色はない。
なんでも素直に反応するミーシャに、少し先輩ぶりたかっただけなのだ。
「とにかく。ミーシャはまずは村の生活に慣れなさい。子供たちの勉強を手伝いながら、復習するのが先決よ。基本的な所はレイアースが教えているとは思うけど、一人から得た知識は抜けがある可能性もあるんだから。専門的なものはそこを確認してから。いいわね?」
「……はーい」
ミランダにしっかりと釘を刺されて、ミーシャはションボリと肩を落とす。
もともと自分に足りない知識を得るために、森の民の村に来たミーシャは、その知識の一端を目に見える形で確認した瞬間につい暴走してしまった。
冷静に考えれば、一足とびに専門的な書物を読めるわけがないのは分かるのだが、同じ年ごろのナディアの話を聞いて、自分もという焦りが出たせいもあったのだろう。
「怒られちゃったね」
こそりと耳元で囁くナディアは、ペロリと小さく舌を出してみせる。
その悪びれない様子に、ミーシャは思わずくすりと笑ってしまった。
「うん。焦っちゃだめだね。でも、早く読めるようになりたいし頑張る」
「私も。どっちが早く読めるようになるか競争だね」
小さくこぶしを握るミーシャに、ナディアもくすくす笑いながら同意を示した。
「もう。あなた達、話聞いていないわね?」
くすくすと笑いあう少女達に、ミランダが呆れたようにため息をつく。
楽しそうに囁きあう姿は、非常にほほえましかった。
子供の少ない年代に産まれてしまったナディアが、同じ年ごろの少女との交流に飢えていたし、森の中でひっそりと暮らしていたというミーシャも同様だった。
(まあ、仲良くなってくれるならその方がいいわよね)
ラインに対するあこがれが強すぎるせいで、ミーシャとの初対面でナディアが暴走をした時は、ミランダはどうしたものかと頭を抱えていた。
しかし、今の状況を見る限りは問題なさそうである。
「そろそろ夕暮れになるから戻りましょう。帰って夕食の準備をしなくちゃ」
「「はーい」」
促されたミーシャとナディアは、素直に返事をすると帰り支度を始めた。
「そうだ、お勧めの物語があるの!冒険譚なんだけど、当時の風習とかがリアルに取り入れられていて面白いんだよ」
「本当?読んでみたい!」
「貸りて帰ったらいいわよ。読み終わったら、感想聞かせて!」
移動しながらもお喋りは止まることなく、出口に向かっていたはずの二人の姿は本棚の間へと吸い込まれていった。
「……これ、いつになったら帰れるかしら?」
本一つ探すにも賑やかな様子に、ミランダは思わず途方にくれたようにつぶやいた。
その様子を静かに見守っていたドリーが、耐えきれないというように噴き出した。
「あの年頃の女の子が二人いたら、しょうがないわ。あなた達だって、そうだったじゃない。まるであなたとレイアースを見ているみたいよ」
「……そうだったかしら?」
恩師でもあるドリーの言葉に、ミランダは恥ずかしそうに目線を反らした。
「そうよ。あなた達はとても仲良しで、いつでもいっしょだったし、話が尽きる事がなかったわ。遅くなるから帰りなさいと図書室を追い出したのに、帰り道の途中で立ち話を始めて。暗くなっても帰ってこないって、心配した親御さんが探し回るのもしょっちゅうだったわね」
「ドリー先生、そこら辺で勘弁してください」
懐かしそうに目を細めるドリーに、ミランダは頬を赤くして小さく悲鳴をあげた。
最後には、どちらの親もあきらめて、せめて家の前で話してくれとベンチまで用意されてしまったのは、いまだに笑い話として語られる黒歴史だ。
(今思い出そうとしても、何をそんなに話していたのかちっとも思い出せないのよね。楽しかったことだけは覚えているけれど)
肩を落としたミランダは、過去の自分に免じて、もう少しだけ二人に猶予をあげることにしたのだった。
「……もう!本を見つけ終わったのだから、いい加減にしなさい!本当に暗くなってしまうわよ!」
結果、一時間後に、あきれ顔のミランダの声が響き渡ることになるのだが……。
「今、帰りか?丁度良かったな」
少々ミランダに小言を言われた後、家路を急いでいた一行は、背後から声をかけられて振り返った。
そこには、風呂上りらしいラインが立っている。
「あ、おじさんもお風呂に来たの?」
「ライン様!!」
予想外の人の姿に目を丸くしたミーシャの隣で、歓喜の声が上がった。
「どうされたのですか?いい香りがしますね。お風呂にいらっしゃたのですね!少し頬が上気した姿が素敵ですわ!」
瞬きの間にラインに詰め寄ったナディアが、質問攻めというか自問自答形式で一方的に言葉をまき散らしている。
「え?いつの間に?あれ?」
「まったくあの子は……」
あまりの素早さに、瞬間移動でもしたかとありえない事を疑ってしまうミーシャの隣で、ミランダが深々とため息をついていた。
「さすがに発言がアウトよ。変態親父みたいで、ちょっと気持ち悪いわ」
「痛い!?」
ミランダはつかつかと二人に歩み寄ると、手にしていた鞄(図書室の本入り)でパンッと容赦なくナディアの頭をはたいた。
「正気に戻った?」
ミランダは呆れた顔を隠そうともせず、はたかれた頭を押さえてうめいているナディアを見下ろす。
「まあ、最初の数日ナディアが暴走気味なのはいつもの事だが、今回はいつもより激しくないか?」
詰め寄られていたラインは怒る様子もなく、むしろ少々困惑顔だ。
「これっていつもの事なの?」
うずくまるナディアの頭を撫でてあげながら首を傾げるミーシャに、ミランダが肩を竦めて見せる。
「そうね。憧れの人に会えた嬉しさで興奮して、頭の中身が全部言葉に出ちゃうみたいなのよ。二~三日すれば、慣れてくるのか落ち着くんだけど。困ったものよね」
「……ううう。ごめんなさ~~い」
痛みが落ち着くと同時に正気も戻ってきたようで、ナディアは今度は恥かしさで顔があげられなくなっていた。
「いつもラインさんは突然帰ってくるから、会えた時はただ嬉しいだけだったの。でも今回は、そろそろ帰ってくるはずだって叔母さんが教えてくれたでしょう?ずっとソワソワしてた分、いろいろと煮詰まってしまったのではないかと……」
しょんぼりと言い訳を口にしたナディアに、一同は顔を見合わせる。
「予定よりもだいぶ遅くなったからなぁ」
「寄り道たくさんしちゃったしね」
ミーシャはコソコソとラインと囁きあいながら、いまだしゃがみ込んだまま顔をあげられずにいるナディアを見下ろした。
「えっと、ずっと待っててくれてたのにごめんね?おじさんも怒ってないし、ナディアも気にしないで。暗くなっちゃうし帰ろう?」
「うう……。ミーシャ、優しい。私ってば変な子だけど、嫌いにならないでね」
そっと手を引っ張って立たせると、涙目のナディアが抱きついてきた。
「私もおじさんの事大好きだし、大好きな人の事をナディアが好きでいてくれるのも嬉しいよ?嫌いになんてならないよ」
それを受け止めながら、チラリとラインに視線を向ける。
なにかフォローして、と無言の圧力をかけてくるミーシャに、ラインはポリポリとほほを掻いた。
「あ~、まあな。こんなことで怒ったりしないが、もう少しゆっくり話してくれると助かる。正直、早口すぎて何を言ってるのか分からん」
「うえ~ん。ライン様も優しい~~~」
しかし、ラインからの慰めは情緒不安定になっている現在のナディアにはむしろ毒だったようで、ついにはべそべそと泣きだしてしまった。
「あ~~。これは無理そうね。顔もぐしゃぐしゃだし、ちょっとこのままお風呂に連れて行ってくるわ。ラインから離れたら少しは落ち着くでしょう」
なにかを諦めたような顔で遠くを見つめるミランダは、ナディアをミーシャから引き離すと、手を引いて元来た道を戻り始めた。
「また明日、顔を出すわ。おやすみなさい」
「うう……。みーしゃ、またねぇ~~」
幼児帰りしているのか大人しく手を引かれながらも、ナディアが小さく手を振った。
「うん!また明日ね!」
ミーシャもそんなナディアを少し心配しながら手を振りかえす。
「……明日には元気になってるかな?」
「平気だろう。毎度のことだからな。むしろ明日だと、再会時にはまだ暴走するんじゃないか?」
2人が角を曲がって姿が見えなくなっても、まだ立ち尽くしているミーシャの背中を、ラインが笑いながら軽く押した。
「帰ろうぜ。湯冷めしちまう」
「そうだった!おじさん、お風呂上がりだわ!」
いつもは一つに編まれているラインの後ろ髪がサラリと肩に流れていた。
そうしていると、ラインとミーシャの髪は本当によく似ている。
「それにしても、お風呂に来るなら、一緒に来たら良かったのに」
「その前に研究所に報告書を提出してきてたんだよ。予想外に実験に巻き込まれて、変な匂いがついたから風呂に入ってきたんだ」
その時の出来事を思い出したのか、ラインの眉間に皴が寄る。
「研究所って、前に話してくれた新しい薬とか作っている場所だよね?実験って何をしてきたの?」
「何って、皮膚の再生を促す新薬の開発中だったみたいだが……」
ワクワクとした視線を向けてくるミーシャに、少し面食らったような顔をした後、ラインは何かを思いついたように足を停めた。
「研究所に興味があるなら、手伝いに行ってみるか?もっとも手伝いとはいっても、身の回りの世話やせいぜい実験器具の洗浄くらいしかさせられないとは思うが」
「それって、11歳以上の子たちがするお仕事体験みたいなやつのこと?」
図書室で聞いた話を思い出したミーシャに、ラインが少し考えた後に頷く。
「そうだな。そッち方向で話を通した方がいいか。単にさっき会った知り合いが、身の回りをしてくれる助手に逃げられて生活破綻してたみたいだったから、ちょっと助けになってやれないかと思ったんだが……」
「……研究所で生活破綻?」
仕事場であるはずの研究所と生活という単語が結びつかなくて首を傾げたミーシャに、ラインが苦笑する。
「研究所は、仕事大好き人間の集まりだからな。研究が佳境に入ると寝食を忘れるやつが多いから、半分住みこんでいるみたいなもんだ。その中でも、あいつは特にひどいけどな」
「ふぅん?おじさんのお友達が困っているなら、私で良ければお手伝いに行くよ?」
ラインの呆れたような目の奥に、それでも気遣うような優しい光を見つけて、ミーシャは笑顔で頷いた。
「……友達?……友達なのか?あれは。……なんか素直に頷きたくないな」
「どんな人かな~~。ねえ、おじさん。その人の名前は?何を開発している人なの?」
微妙な顔でうなっているラインの横をはずむような足取りで歩きながら、ミーシャはまだ見ぬ研究者へと思いをはせるのだった。
「今日は楽しかったな」
夕食をすませて自室に戻ったミーシャは、机の上に置かれた数冊の本を撫でながらうっとりと呟いた。
「お風呂入って、図書室でいろんな本を見て。お友達もできちゃった」
同じ年ごろの少女。その上、森の民として育っているため、薬や医術の知識も持っている相手だ。
図書室で再会したナディアと思いがけず会話が弾み、ミランダに急かされながら外に出たら空が夕焼けに染まっていて、いつの間にそんなに時間が立っていたのかとミーシャは本当に驚いた。
帰り道の途中でラインに会った事で、ちょっとナディアが暴走して大変だったけれど、その前には休日に一緒に遊ぶ約束もしていた。
「お友達のお家に遊びに行くなんて、初めてじゃないかしら?」
ナディアと指切りをしたことを思い出すと、ミーシャはなんだか胸がくすぐったくなった。
「それに、お掃除とかがメインとはいえ、研究所にも行く事ができそうだし」
ミランダにはまずは学校に通って生活に慣れてからと言われていたが、保護者であるラインが言い出したのだから、きっと大丈夫だろう。
まだ見ぬ新しい薬や素材が研究されている現場である。
薬師を目指すミーシャにとって、垂涎の場所に違いない。
「寝る前に少しだけ、読んでもいいかな?」
ランプの油がもったいないから、あまり夜更かしはしない主義のミーシャだったけれど、無意識に撫でていた本をそっと手に取る。
ナディアにお勧めされた一冊だ。
「この村をつくったご先祖様の旅がモデルになっている本だから、ミランダさんも一度は読んでおいたほうがいいって言ってたし……。早めに読んだほうがいいよね」
ミーシャは自分に言い訳するようにつぶやきながら本を開くと、すぐに物語の世界へと吸い込まれていった。
お読みくださり、ありがとうございました。




