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それは、少し昔のお話。
ある森の中に小さな村がありました。
村人たちは薬草を見つけるのも薬をつくるのも上手で、それを麓の街で売って慎ましく暮らしていました。
村人の作る薬はよく効くと麓の村では評判で、作れば作るだけ売れましたが、際限なく獲っては森が枯れてしまうと、村人たちは生活していくのに必要な分だけしか作ろうとしませんでした。
薬を売ったお金は、村のみんなで分け合いました。薬作りをしない者は代わりに、猟が得意な者は肉を、野菜を作るのが得意な者は野菜をとお互いに支えあっていました。
本当に小さな村だったので、村人たちはとても仲良しだったからです。
その村に、まるで月の光を集めたかのような美しい白金の髪に森の色を映したかのような翠の瞳を持つ、とても美しい少女がいました。
両親は幼い頃に死に、少女は年老いた祖母と共に暮らしていました。
少女の祖母は、村人の中でも特に薬作りの名人でした。
どんどん年老いて体が不自由になる祖母の代わりに、少女は毎日森を歩き回って薬草を集めて、薬作りを手伝いました。
そんなある日、いつものように森で薬草を探していた少女は、倒れている男の人を見つけました。
このあたりでは見たことのない真っ黒な髪と瞳をした男は、自分はとても遠い所から来たのだと少女に話しました。
そして、帰り方が分からないのだと。
可哀想に思った少女は、男を家に招きました。
男は、猟の仕方も、野菜の作り方も、竈に火をつけることすらできませんでした。
小さな子供ですら働かなくては暮らしていけない貧しい村で、何もできない男に村人達は困ってしまいました。
「あなたの得意な事はなあに?」
少女は男に問いかけました。
「僕は怪我の治療をする仕事をしていたんだよ」
少し迷った後、男は打ち明けました。
「だけど怪我人がいないなら、僕はどうにも役立たずみたいだね」
困ったように笑う男に、少女は薬をつくる仕事を教えました。
祖母はますます年を取っていて、最近では薬をすり潰すこともできなくなってきていたので丁度良かったのです。
怪我を治療する仕事をしていたという割に、男は薬草の事をほとんど知りませんでした。
「僕のいた場所とは薬が違うみたいだね」
だけど男は、少女の話を聞いてすぐに薬草を覚え、薬を調合できるようになりました。
「あなたはとっても頭がいいのね!」
「君の助けになれたなら良かった」
驚く少女に、男は照れ臭そうに笑います。
その頃には、一生懸命働く男の姿に、村人たちも男を少しずつ仲間と認め始めていました。
そんなある日、猟師が怪我をしました。クマの爪に引き裂かれた傷は重症で、誰もが猟師が死んでしまうと思って泣きました。
ところが、男はその傷を不思議な道具を使って治療すると、命を救ってみせました。
男が言っていた、仕事の話は本当の事だったのです。
村人たちは感謝して、男を仲間として受け入れました。
少女と共に薬をつくり、たまに怪我人がでた時は治療をする。
そうして、男が村に馴染んだ頃、大変なことが起こりました。
麓の町で売っていた薬がよく効くと話題になり、王様の使いが真相を確認しにやって来たのです。
「お前達の作る薬は、きっと王都でも評判になるだろう」
そうして、王様の使いはどんどん薬をつくって献上するように村人たちに命じました。
村人たちは困ってしまいました。
王様の使いの言うとおりに薬をつくっていたら、森の薬草はあっという間になくなってしまうでしょう。
「それならば、森を出て王都で薬をつくればいい。王都なら、国中から薬草を集める事ができるからな!」
「村人皆が薬草をつくれるわけではありません。それに私達は、森と共に暮らしてきました。ここを離れたくはないのです」
「王の命令に逆らうのは許さない!三日後の朝には出発するから、準備しておくように!!」
一方的に命令すると王様の使いは去っていきました。
村人たちはさめざめと嘆きました。
お金など無くても、森の中でのんびりと暮らしていければ幸せだった村人たちは、薬をつくる為だけに、王都などには行きたくありません。
しかし、王様の命令に逆らっては、きっと罰せられてしまうでしょう。
「逃げましょう!」
その時、少女が立ち上がりました。
「町の中に閉じ込められて、薬だけ作らされる生活なんてまっぴらよ!ここを離れて、新たな森を探しましょう!」
村人たちは少女の言葉に顔を見合わせました。
森の中で静かに暮らしていた村人たちは、外の世界をほとんど知りません。
ずっと暮らしていたこの場所にも愛着があります。
「ここを離れて、どこに行くと言うんだい。私たちは先祖の代からこの村で暮らしているんだ。よそに行く気にはならないよ」
険しい顔で声をあげる老人に、少女は悲しそうに首を横に振って、言葉を尽くします。
「でも、このまま此処にいたら、どうせ森から引き離されるだけだわ。残れたとしても、きっと無茶な要求を押し付けられて、自由なんてなくなってしまうのよ?」
説得する少女に、村人たちはハッとしました。
自分の意見に従わなかった村人たちを、きっと偉い人たちは許さないでしょう。
それは、怒った顔をしていた王様の使いを見れば分かります。
「行こう。みんなで力を合わせれば、きっと大丈夫だよ」
「そうだな。我々は森と共に生きてきた。これからもそうでありたい」
村人たちは、勇気を振り絞り立ち上がりました。
それぞれ家に戻り、手早く荷物をまとめます。
「ただ逃げるだけだと悔しいし、少しでも追手を減らすために罠をつくろう」
荷物をまとめる村人たちを見て、黒髪の青年はそんなことを言いだしました。
「年寄りも多いし、ただ逃げるだけじゃすぐに追いつかれてしまうだろう? 足の速い若い連中で、ちょっとした嫌がらせをしながらしんがりを務めるのはどうかな?」
「何か考えがあるのね?」
ニンマリと笑う青年に、少女も同じような表情を浮かべました。
「この森は君たちの庭みたいなものだろう?地の利はこっちにあるんだし、時間稼ぎくらいはできると思うんだよね」
「爺様達の逃げる時間は稼がないといけないよな」
「そうだな。これまで築いてきた村を捨てる羽目になるんだ。少しくらい反撃しても罰は当たらないだろう」
村人の中でも若手の男達が、賛同して集まってきました。
「じゃあ、まずは……」
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「すごいなぁ。どうせ放棄する村だからって、村全体を罠だらけにしちゃうなんて。しかも、恨みを買い過ぎたらまずいだろうからって、極力大きな怪我をしないような絶妙さ加減を見極めて、だけど精神的ダメージはすごいとか。ちょっと、おじさんを思い出しちゃった」
道の各所に掘られた落とし穴には、家畜の糞を混ぜ込んだ汚泥を満たす。
家に入ろうと扉を開けようとしたら、べたべたした何かに張り付いて手が離れなくなる。
それでも強引に扉を開けた途端に、顔めがけて異臭のする粘液が満たされたツボが飛んでくる。
ある家では、玄関の扉は普通に開いたけれど、部屋の扉を開いた途端に入ってきた人の頭上から甘い蜜がこぼれ落ちてくる仕掛けがある。そして、その部屋には大量のミツバチが閉じ込められていたのだ。
村にやって来た王様の使いとその手下達がパニックを起こして逃げ惑う描写は痛快で、ミーシャは思わず声をあげて笑っていた。
そして、何事かと様子を見に来たラインに夜更かしをとがめられてしまう。
「どうしよう。すごく続きが気になる……。けど、明日は研究所に行かなくちゃいけないから、寝坊もできないし……」
ベッドにもぐりこみながら、ミーシャは悶々とする。
止められたのが、王様の使い達がボロボロになりながらも、おとり役の青年たちを追いかけて洞窟の中に入っていく所だったのだ。
「…………明日の楽しみにして、寝よう」
暫く迷った後、ミーシャはギュッと目を閉じた。
いつもの眠りにつく時間はとうに過ぎている。
昨夜もいつもより遅かったし、連日の夜更かしが体にいいわけがないのは分かり切った事だ。
「明日の朝、余裕があったら少しだけ読もう。せめて、キリがいい所まで」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ミーシャは眠りにつくためにゆっくりと呼吸を数えはじめる。
数分後には、無事に眠りの国に旅立ったミーシャの穏やかな寝息だけが暗い寝室に響いていた。
「こんなに早い時間に訪ねて、本当に大丈夫なの?」
「むしろ、今の時間くらいじゃないと活動を始めてるから面倒なんだよ。あいつには奇襲をかけるくらいがちょうどいい」
早朝というほどではないけれど、初めて会う人を訪ねるには明らかに早すぎる時間に、ミーシャとラインは研究所への道を歩いていた。
「どうせ昨日からろくなものを食べてないはずだし、朝食を差し入れてやるんだから、感謝されるさ」
軽く肩を竦めて見せるラインの手にあるバスケットには、サンドイッチと果物が詰め込まれている。
「おじさんがいいって言うなら、大丈夫なんだろうけど……」
予想以上の早い出立に、本の続きを読みそこなったミーシャはちょっぴり不満顔だった。
「ワウ?」
サクサクと雪を踏みしめる足元を楽しそうに駆け回っていたレンが、不思議そうな顔でミーシャを見上げる。
昨日は、温泉の匂いが苦手なレンがミーシャに着いて行くはずもなく、大人しく留守番をしていた。
その為、今日は一緒に出掛けられることにレンは浮かれていた。
「何でもないよ。レンは、今日は見回り行かなくて良かったの?」
留守番と言っても、大人しく家に籠っていたわけではなく、適度に抜け出しては近隣の確認をしていたレンの行動を、ラインに聞いていたミーシャは誤魔化すように笑う。
「ワフ!」
半日ほどかけて家の周辺を確認していたレンは、「問題なし!」というように吠える。
村の狩人がきちんと間引きしているようで、近隣に危険な大型動物の匂いはしなかったことに安心したレンは、ちゃんと夕飯用にお土産まで狩ってきていた。
「そっかぁ。おじさんのお友達ってどんな人だろうね?レンの事、怖がらないといいね」
成獣間近のレンの体格はますます大きくなり、今では普通に立っていると背中がミーシャの腰辺りまである。
少し前にふざけてレンにまたがってみたら、ミーシャを背中に乗せたまま軽々と辺りを歩き回っていた。
流石にその後ラインが乗ろうとした時には潰れていたが、まだ成長過程のため、将来的には大人の男性も運べるようになるかもしれないとミーシャはひそかに思っていた。
「まあ、怖がることはないだろうが、むしろレンは適度に逃げた方がいいかもな。アルビノってだけでも珍しいのに……」
「珍しいのに、なに?」
不自然に言葉を切ったラインに、ミーシャは首を傾げた。
「……いや、何でもない。動物好きだから、嫌がられても追いかけ回しそうだな、と思っただけだ」
「そうなんだ。レンは人とかかわるの好きだし、大丈夫だと思うけど?」
「ワフ!」
まかせて!というようにピョンピョンと二人の周りを飛び跳ねるレンに、ミーシャがくすくすと笑う。
「むしろ、レンの勢いにお友達の方が負けちゃいそうね」
「……そうだな」
楽しそうな様子で先に立って走り出したミーシャとレンの後を追いながら、ラインはこっそりと冷や汗をぬぐった。
伝鳥の賢さの研究で、特殊な木の実が原因ではないかという仮説の元作られた薬を、こっそりとカインとレンに投与していた事をミーシャは知らない。
なんとなく言いそびれていただけだが、下手したら体調を崩したり死に至る危険があった薬の実験体にしたと知れば、確実に説教される事だろう。
もともと伝鳥だったカインには害がない事は判明していた薬だが、レンは他種族である。
もちろん危険がないように当時の体重から計算して、悪くとも腹を壊すくらいの量しか与えていない。
死亡事故はあくまで過剰投与した場合だと、その頃には判明していたからだ。
とはいえ、実験に絶対はないわけで、少々とはいえ危険がないわけではなかったのだ。
最終的に、カインだけでなくレンも、明らかに知能が同種族に比べて上昇するという良い結果が出たわけだが、ラインはできるならばこの事は秘密にしていようと心に誓っていた。
「……ユースに口止めしてないな。レンを連れていくのはヤバかったか?」
例の薬の研究にユースティも参加していた事を思い出したラインの眉間に皴が寄る。
しかし、そもそも口止めしたところで、興奮したユースティが止まるはずもない事にまで思い至り、肩を竦めた。
「まぁ、いずれバレる事だろうし、天に運を任せるか。運が良ければ、ミーシャ自身に関心が集中してしばらくは大丈夫だろうし」
そんなラインの思惑は、そもそもレンがユースティの研究所の中に入れなかった事で杞憂となった。
昨日、ユースティの起こした爆発で立ち込めていた異臭は、しっかりと研究所の中に染みついていたらしい。
人間ならわずかに顔をしかめるレベルまで落ち着いていたものの、狼であるレンには耐えられない異臭だったようだ。
「これ、何の匂い?」
同じく、他の人に比べて匂いに敏感なミーシャも、微妙な表情を浮かべる。
「昨日の実験で起こった煙の匂いだな。しっかりと換気したんだが、壁に染みついた残り香だろう」
「……うん。まあ、私は耐えられるけど、レンは辛そうね」
あきらかにしり込みしているレンに、ミーシャは気の毒そうな視線を向けた。
「しょうがないな。数日したら消えるはずだし、それまではレンは中に入らなければいい。外で待っててもいいけど、ここでも辛そうだし、ミーシャには俺がついているから出かけていいぞ」
内心の笑みを押し殺し、ラインがレンの離脱を促す。
「……ワウ」
少しの葛藤の後、力ない一声を残すとレンはトボトボと去っていった。
今日こそミーシャと一緒にいれると思っていただけに、落胆は深かったが、それでもこの場の異臭は耐えがたかったようだ。
「お家に帰ったら遊ぼうね!」
一回り小さく見える後姿が哀れで、ミーシャは急いで声をかけた。
チラリと振り返り尻尾をゆらゆらと揺らした後、レンは何かを振り切るように一目散に山の方に向かい走り去っていく。
「まあ、気分転換に何か獲って来るんじゃないか?夜飯が楽しみだな」
「……そういう事にしとこう」
ミーシャとレンは、二人頷きあうと扉をくぐった。
お読みくださり、ありがとうございました。
ユースティ君とミーシャの初対面迄たどり着きませんでした。
まぁ、久しぶりにレンをかけたので満足です。
前半は森の民に伝わる昔話(前篇)です。
もろもろ突っ込みがきそうですが、あえて受けます。
言い訳するなら、黒い人が出てくるのはもともとの予定です。むしろ、ようやく出す事ができました。
ちなみに最後の罠のイメージはホームアローン。
あの映画、大好きでした。




