鳩
最終回です。最後の挨拶は後書きでします。
鳩
コンクリートで舗装された道を、ものすごい速さで駆け抜けていた。目の前には真っ暗な空と真っ黒な海が広がっている。白いガードレールにぶつかり、崖の上から飛び出す。徐々にスピードを上げ、落下する。真っ暗な海に沈む。その冷たさで、身体が一気に冷える。
気が付くと、俺は海から出ていた。白い砂浜。ビーチパラソルが倒れ、ブルーシートが波に乗って、砂浜と沖を行ったり来たりしている。黒い海の背景にある空には、満月が浮かんでいる。俺の目の前には、黒いコートを着た男が立っていた。静かにその男に近寄り、横に並ぶ。足に打ち寄せる波が、冷たい。
―答えは出たか?―
声が頭に響く。その声は、郭公のおっさんに似ている気もしたし、鸚鵡がまねした自分の声に似ている気もした。
「いや。全く。いくら考えても、矛盾だらけでさ。考える度に、胸が苦しくなる。」
―そうか。それじゃあ、諦めるのか?―
黒いコートの男がこちらを見る。コートの中は真っ暗で、どんなに目を凝らしても、その顔は見えなかった。なぜだろうか。その何も見えない暗闇に目を凝らしているうちに、俺の中で、確かに満足とでもいうべき感情が生まれていた。自然と顔に笑みが浮かぶ。
「いや、もう少し頑張ってみるよ。」
黒いコートの男が、わずかに息を漏らしたように思えた。ただ、顔が見えないため、俺の思い過ごしかもしれなかった。
「赤ん坊は無事なのか?」
あの日、この男は赤ん坊を消し去った。その赤ん坊は、無事なのだろうか。男は静かに腕を上げると、砂浜の方を指した。振り返ると、黒いコートを着た女性が砂浜に座り、白い布を抱えていた。
「雉か?」
そこで、景色が歪み、目の前には星で埋め尽くされた夜空だけになった。
目を開ける。真っ暗だった。起き上がると、顔にかぶさっていた白い布が地面に音もなく落ちていった。背中が痛む。ここは、どこだ?そうだ。確か俺は、公園のベンチで―
「奇遇だな。」
思わずベンチから立ち上がる。聞き覚えのない声が聞こえ、八代の部下だと思ったからだ。
しかし、俺の目の前に立っていたのは鸚鵡だった。悪戯じみた笑みを浮かべて、手をポケットに突っ込んで立っている。
「変な悪戯すんなよ。笑えねえよ。」
「用は済んだか?」
鸚鵡が、おそらくは彼自身のものと思われる声で尋ねてくる。その顔に浮かべている笑みは、随分昔に友人たちが見せていたような、懐かしい表情だった。
「それはこっちのセリフだ。おまえ、一体何しに行ったんだよ?忘れ物って何だったんだ?」
「けじめをつけに行ったんだよ。俺、一応八代の下で働いていたからな。辞職しますって、辞表出しに行ったんだよ。」
「嘘だろ、それ。」
「今度はどういう根拠だ?」
もしかして、こいつが八代のいたビルの屋上に現れた、あの黒コートの男じゃないか。俺は、二つの十字架のネックレスを目で探す。
しかし、よくよく考えてみると、屋上で何十人もの相手をして生き延びられるはずもない。ましてや、怪我一つないところと疲労と緊張感のない今の様子から、それはないなという結論に至った。視線を鸚鵡の顔に戻す。
「元気そうで何よりだ。じゃあな。」
「ちょっと待て。」
背を向けていた鸚鵡が首だけ回して、振り返る。俺は首からネックレスを外し、鸚鵡に向かって投げる。鸚鵡はそれを右手で受け取る。鸚鵡は、握った右手を開き、ネックレスを不思議そうに眺めている。
「やるよ、それ。」
「何だ、これ?」
「『烏』除けだ。知っているだろ。」
それを聞くと、鸚鵡は納得したのか、「ああ。」と間の抜けた声を発し、ネックレスを観察し始めた。
「俺のものと変わらないように見えるけどな。」
「どういう意味だよ?」
いや、なんでもない、と鸚鵡は言い、ネックレスをポケットに入れた。街灯に照らされた物音一つしない公園は、夜の暗闇に浮かんでいるようでもあった。
「これから、どうするんだ。」
しばらくの沈黙の後、鸚鵡が口を開く。その質問が一体何を聞きたいものなのか、すぐに分かった。すると、また夢の中で感じたあの満足感が、俺の身体の奥から込み上げてきた。昔、何度か経験したことのある、生きていることが楽しくなる前に感じることのある、あの感覚。快と不快でいうならば、不快が一切含まれていない、純粋な快。
「生きようと思えば、いくらでも生きられるんだよ。俺も、おまえもな。」
俺の身体を満たす充実感のようなものが言葉と一緒に溢れだしたようだった。鸚鵡は、しばらく俺を見つめていた。鸚鵡がさりげなく、ネックレスを入れたポケットに手を突っ込むが見えた。彼が一体何を考えていたのかは分からない。だが、彼は最後に口を開いた。
「おまえの人生、充実するといいな。」
―了―
「Scare Crow」を最後までご愛読いただき、ありがとうございました。拙い部分が多々あったと思いますが、私自身、満足のいく物語になったのではないかと思っております。
この物語の主なコンセプトは「生きるということ」です。ただ、それを表現したくて用いた手段が、「殺し屋」になってしまい、不快に思った方もいらっしゃると思います。その点に関しては、この場で謝罪申し上げます。
「生きる」ことは、なかなか難しいことだと思います。健康で経済的にも貧しくなく、生死の境に立ったことのない私が「生きる」ことを語れるのかと問われると、肩身の狭い思いがします。それでも、私自身、「生きる」ということについて、軽薄ではありますが考え続け、一つの結論のような仮説のようなものを見出しました。物語でそれを表現しようと試みましたが、それはあくまで一つの考え方にすぎないということをここに記しておきます。
この物語で、私の考えが伝わったかどうか分かりません。「何が言いたいのか、さっぱりだ。」と思っている方もいるかもしれませんが、その方には、この物語が「生きる」ことについて考えるきっかけになればいいな、と思っております。
以上で、挨拶を終えたいと思います。なお、おまけコーナーを設けるつもりですので、今後とも感想等ありましたら、ご協力お願いします。
いままで、この物語を読んでくださったみなさん、長い間、本当にありがとうございました。みなさんの人生が充実したものになるように、陰ながら祈っています。




