雀 13
前回、雀の言っていた通り、雀鷹でツミと読みます。鳥の名前です。雀ではなく、鷹の仲間です。日本で一番小さい鷹だそうです。
この物語も結末に近づいてきました。しつこいようですが、この物語の終わりにおまけコーナーを設けようと考えています。物語が終わる前の現時点で何かありましたら、感想の一言欄などに記入してください。ご協力お願いします。
雀
鷹は、突然雄たけびを上げたかと思うと、どこからかナイフを取り出し、俺の右足に突き立てた。思わず立ち上がり、飛びのく。踝の上あたりから鈍い痛みとともに血が流れる。鷹がゆっくり立ち上がる。理性を欠いた笑い声とともに舌を出し、血の付いたナイフをゆっくり舐めていた。
「これは、多分マズイな。」
ナイフを舐め終わると、鷹が距離を詰めてきた。動きは先程と大差がない。俺は右に避けると、鷹の左腹を蹴飛ばした。鷹は上手く受け、すぐに体制を整える。これも想定内だ。防御のあいた腹部めがけ、右足を振る。
見事に命中した。しかし、ここで想定外のことが起きた。鷹は倒れなかった。口元が大きく歪んだ、理性の消えた笑みを浮かべている。右足を怪我したせいか、蹴りの威力が弱まっていた。鷹が視界から消える。俺は咄嗟に右に転がる。次の瞬間、ナイフが頭上を横切る。
何が起きている?俺の前にいる鷹は壊れたおもちゃのように笑うだけだ。
―勘違いされて、殺されちゃうかもよ?―
ふと、雉の話が頭をよぎった。そして、あいつは勘違いから文学が生まれるとも言っていた。それでは、これは文学で悲劇なのか?
突然、体中から力が抜ける。いつの間にか、高が俺の腹部にぶつかっていた。膝を地面につき、そのまま正面から地面に倒れる。やられたか。腹部に温もりを感じながら、そう思った。
鷹は俺のコートのポケットをまさぐり、何かを抜き取った。首元に手を当てたと思うと、十字架のネックレスを外された。どす黒い快楽を満たしたような、不気味な笑い声が遠のいていく。
遠くで車がせわしなく走行する音が聞こえる。俺はすっかり抜け切った力を振り絞り、なんとか仰向けになる。空を見たかった。目の前には幾億もの星が輝く空があった。気が付くとコンクリートの建物は消え、周りが白く染まった。白い平原が広がり、空がより一層広く感じた。身体が背中から冷たくなる。そうか。これは南極だ。
数々の星のなかで、一際眩しく輝く二つの星が目に付く。俺はそれをつなげようとするが、なかなかうまくいかない。よく見ると、二つの星の間には白い川のようなものがあった。あきらめて、その星の一つと別の星をつなげようとするが、どうしても形にならない。俺には星座が見えない。空が徐々に狭くなる。閉じていく瞼。暗闇包まれる世界。瞼を閉じる。すると、そこには見慣れた顔が映った。偽りのない笑顔。しかし、その裏には誰も代替できない苦しみが見える。
「あなた、誰?」
目の前の少女が尋ねる。新月だったのか、街灯があるにもかかわらず周りはあまりにも暗く、少女の顔だけが暗闇に浮かび上がっている。街灯に照らされるこの空間だけが切り取られたのではないかと思われるくらいだ。人の影もなかった。
「何で邪魔したのさ?」
そう言った少女は怒っているようでもなかった。ただ、仕事が邪魔されたことが理解できず、理解できないことを不快に思っているようだった。
「やらせたくなかった。それだけだ。」
「なんでよ?あなた、私に何か恨みでもあるわけ?それとも、英雄気取りの使命感ってやつですか?」
少女が右手を胸の前に持ってくる。その右手には、街灯に照らされ黒く光る拳銃が握られていた。このまま暗闇に放り投げたならば、闇に消えてしまいそうな色だった。
「そんなことをする必要はない。」
「何でよ。しょうがないじゃない。生きていくためには、誰かが傷つかなきゃいけないのよ。」
声が震えていた。瞳が揺れ、右手が小さく震えだした。少女は俯く。初めて見せた、感情の揺れ。心の動揺。
なぜだろうか。俺はこの少女を見捨てることができなくなった。俺は少女の肩に手を置く。
「俺が代わりに働いてやる。」
少女は顔を上げる。疑念か軽蔑の眼差しを送られるかとも思ったが、少女の見せたその表情は俺の言葉に縋るようだった。
連れていってやるよ。誰も傷つかない世界に。
初めて雉にあったとき、俺は心にもなくそんなことを言っていた。雉の悲しげな、諦めの滲んだ顔を見ていると、そう言いたくなった。そして、それを聞いた雉が見せた笑顔があまりにも素直で、その後、何度か誰も傷つかない世界について真剣に考えた。その俺が人を殺めているのだから、笑い話にもならない。今思えば、人の痛みを忘れてしまった俺に、その答えが見つかるわけもなかった。
最期の空を見るために、わずかに瞼を開く。かすむ視界の向こう、白い川が消え、二つの星がつながった。
人殺しは生き延びてはいけないのか。少し、気が付くのが遅かったな。遠のく意識の中、そんなことを思った。でも、俺は確かに生きていただろう?そこにはいない少女に語りかける。一瞬明るく輝いた星は、うん、そうだね、と言っているようだった。
生きろよ、雉。




