雀 10
おそらく読めないだろうと思われる漢字が出てくるので、ここで指摘しておきます。鸚鵡は、オウムと読みます。マネが得意な、あの鳥です。
気が付けば、この物語も三十話目なんですね。長かったような、短かったような。期間は長いけど、内容は浅い?みなさんがどのように思っているのか分からないのですが、そう思われていないことをただただ願っています。
雀
アパートの裏の斜面を登ると、すぐに木が生い茂る山の中に入った。地面にはくすんだ色の枯葉の絨毯が敷かれ、それとは対照的に、上空では緑の葉が光を遮断するカーテンとなっている。地面が枯葉で覆われていたため、当然、足跡らしきものも残っていなかった。仕方なく、適当に見当をつけ、ゆるやかな斜面を登っていた。歩くたびに枯葉の絨毯は乾いた音を鳴らし、崩れていった。
303号室の前に現れた黒いコートの男。彼は何者だったのだろうか?ターゲットにしろ、ターゲットの客人にしろ、行動が不自然だった。そもそも、夏の昼間に黒いコートを着ていること自体が不自然だった。黒コートの男が何者であろうと、確かめる必要がある。
しばらく進むと、一際太い樹が見えてきた。その木の周辺は開けており、ちょっとした広場にようになっていた。その広場に足を踏み入れると、それを歓迎するかのように木の葉が音を鳴らした。拍手のように聞こえないこともない。
俺は広場の中央まで行くと、ざっと辺りを見渡した。まず、目についたのが地面に突き刺さった日本刀だった。ちょうど影と影の間の光に照らされ、その刃は輝いていた。先程の太い樹に目をやると、その太い幹には二本の直線の傷が付いていた。もう一度、今度は視線をやや下に向けて辺りを見渡すと、枯葉の上にいくつかの黒い染みが付いていた。どうやら、この辺りで物騒な喧嘩があったらしい。
そうだとすると次に問題になるのは、俺が追っている黒コートの男とここで起きたことは関係あるのか、ということだ。そして、その男は上手く切り抜けたのかどうか。
黒い染みを確認しようと身を屈んだとき、また新たな発見があった。何か黒いものが枯葉の上に落ちている。その黒い物体の正体が分かった途端、身体が強張り、神経が研ぎ澄まされた。
黒い羽だった。烏の羽。それも、いくつも落ちていた。
右手に痛みが走った。俺は無意識に、首にかかっているネックレスを握りしめていた。風が吹き、枝が揺れ、木の葉が揺れる。まだ近くにいるのか?いるとして、俺は烏に対抗できるのか?逃げろ。逃げるしかないだろう。
乾いた音が耳に伝わる。落ち葉を踏み分ける音だ。俺は咄嗟にその方向を向く。黒いシャツを着た男が、地面に刺さっている刀に向かって走り込んでいた。
なぜ、そうしたのかは分からない。次の瞬間、俺は逃げるどころかその男に向かって走り出し、飛び込んだ。男の体はその衝撃に耐えられず、一緒に地面に倒れる。すかさず、俺は起き上がり、刀を抜こうと走り出す。
すると、足が急に重くなる。あやうく倒れそうになり、しゃがみ込む。男が左足を両手で握っていた。俺は立ち上がると、振り返る勢いを利用して右足を振る。男は咄嗟に手を離し、左腕で顔をかばう。そのすきに刀を抜く。しかし、刀が地面から抜けた瞬間、刀が弾き飛ばされ、遠くに飛んで行った。視線を下にやると、男が足を伸ばしたまま横になっている。どうやら、刀を蹴飛ばしたらしい。
「どうやら烏じゃないみたいだな。烏だったら、俺はすでに神隠しされているはずだからな。」
「どうやら烏じゃないみたいだな。烏だったら、俺はすでに神隠しされているはずだからな。」
男は立ち上がると同時に拳を振り上げる。俺は体を引き、それを避ける。狙いを外した男は大きく体勢を崩すことなく、次の攻撃に備え、構えた。男の呼吸は平静だった。
「まあまあといったところだな。」
「まあまあといったところだな。」
男は俺の言葉を繰り返すと、一気に間合いを詰める。参ったな。ここで爆弾を使うわけにもいかないしな。次々と繰り出される男の拳と脚をかわしながら、どうするべきか考えていた。先程飛ばされた刀までの距離もかなりあり、取りに行くわけにもいかない。
仕方ない、やってみるか。
男が俺の腹部を狙って右足を蹴りあげる。俺は左脇を締め、防御態勢をとる。男の右足が当たるか当たらないかのタイミングで左足を踏み出し、右腕を振り、相手の左頬を打つ。いきなりの反撃に対応できなかったのか、男はろくに防御もせずに右フックをまともにくらった。男の全身から力が抜け、その場にしゃがみ込む。一発K.O.勝ちだ。木の葉が風に揺れ、拍手喝采が鳴り響く。
「身体がまだいうことをきいてくれるなんてな。雀百まで踊り忘れず、とはよく言ったものだな。」
俺は左腕をさする。念のため防御態勢をとったが、攻撃が直撃する前に動けた。俺は男に近寄ると、しゃがみ込む。
「おい、しゃべれるか。」
男はその声に反応したのか、なんとか身体を動かしこちらを向いた。唇が震え、視線が定かではないのを見たとき、少しやり過ぎたという思いが浮かんだ。加減ができないのは長年のブランクのためだろう。
「スズメ・・・」
「もうまねしなくてもいいのか?」
それとも、俺のセリフをまねしようとしたが、「スズメ」という単語しか言えなかったのだろうか。
「ここで何があった?」
「何があった?」
懲りずに俺の言葉を繰り返す男に、半ば呆れる。
「本当にまねしかしないのか?噂に聞いたことがあるが、まさかここまでとはな。名前、『鸚鵡』っていうんだろう?」
「何を知りたい?」
先程までとは違う声が聞こえてくる。どうやらまねはやめたらしい。それとも、まねをする余裕がもうないからなのか。どちらにしろ、ようやく質問ができそうだ。
「黒いコートの男を見なかったか?」
徐々に焦点が定まりつつある鸚鵡の唇がわずかに痙攣した。
「見たな?そいつはどうなった?」
「どっかに消えたよ。俺以外は全滅だ。」
なるほど。あちこちにある黒い染みは、鸚鵡の仲間のものだったか。しかし、決して小人数ではないはずだ。それを一人で相手して、しかも切り抜けたのか。
「何でお前は助かった?」
「知らねえ。やられると思ったら、突然止まって、次の瞬間には暴れ出したから、そこの木の陰に隠れたら、上手くやり過ごせたんだ。」
「おまえの仲間はどこに消えたんだ。どこにも見当たらないが?」
「だから、殺されたって―」
鸚鵡が言い終わる前に、俺は胸倉をつかみ、顔を近づける。
「おまえの目は節穴か?どこに死体がある?」
そう言われて、鸚鵡は目を見開く。俺は手に力を込める。
「もう一度聞く。お前はどうやって烏の神隠しを逃れた?」
「何の話だ?何が言いたい?」
力を込める。鸚鵡は狭くなった喉からなんとか空気を吸おうとしているのか、胸部が大きく前後している。さらに力を込める。きゅっと甲高い音が聞こえる。
「おまえが烏なんじゃないか?」
俺は先程拾った黒い羽を鸚鵡の前に掲げる。鸚鵡は何も反応しない。目をさらに見開き、ただ酸素を求めて口を動かし、苦しんでいる。俺は両手を思い切り振ると同時に手を離し、鸚鵡を地面にたたきつける。鸚鵡は激しく咳こむ。
「っざけんな!もしそうなら、とっくにあんたを消してるよ!」
「なら、どうして、おまえだけ助かる。黒コートの男は消えた。おまえの仲間も消えた。消えていないのはおまえだけだ。」
「俺だけ助かったらいけないのかよ!しかも、鷹は消えちゃいねえよ!」
鸚鵡がこちらを睨みつけ、叫ぶ。鷹?どこかで聞いたような名前だ。
「鷹というのは、人の名前か?」
「ああ?鷹の後、追ってんじゃねえの?あんた、仕事やり損ねたんだろ?」
どうやら、鷹も黒いコートを着ていたらしい。ということは、ここであったのはさっき聞いた『鷹狩り』か。鸚鵡も『鷹狩り』要員の一人だったらしい。
「仕事をやり損ねたとはどういう意味だ?郭公は生きているのか?」
鸚鵡は目を丸くしたが、しばらくすると何かを納得したのか、意味ありげな笑い声を発する。俺は脚を蹴りあげ、鸚鵡の腹部に当てる。軽くしたつもりだったが、鸚鵡は腹を抱えて倒れてしまった。やはり、加減がうまくいかない。
「答えろ。仕事をやり損ねたとはどういう意味だ?」
「だから、鷹もあんたのターゲットだったってことだよ。まあ、聞かされてないみたいだけどな。」
鸚鵡は一息にそう告げると、咳き込む。どういうことだ?俺のターゲットは郭公だと、八代は言っていたではないか。第一、あそこに鷹が現れるかどうかは、俺に依頼した時点では分かるはずがないだろう。
いや、一つだけ、それが可能な状況がある。八代は郭公を殺すだけでなく、赤ん坊の場所を教えろといった。郭公は赤ん坊を誘拐している。だから、郭公と赤ん坊の居場所は同じだ。つまり、八代が知りたかったのは郭公の場所だったということか。郭公の居場所を知った八代はそれを鷹に知らせて、そこに向かわせる。そこに向かった鷹は、爆弾によって郭公もろとも殺される。
しかし、これではいくつか疑問が残る。一つ、俺が爆弾のスイッチを押すタイミングに鷹があのアパートにいるとは限らなかった。俺はある程度は時間帯を考慮したが、偶然、あの時間に屋上に向かい、鷹を見かけた。鷹を巻き込む可能性はかなり低い。二つ、なぜ俺が鷹を殺さなくてはいけない?鷹に恨みがあるならば、ここでしたような『鷹狩り』をすればいいだろう。鷹はそう簡単に殺せないとでも思ったのだろうか?
「もう、質問はいいか?」
鸚鵡がそう言うと、足に振動が伝わる。つくづくタイミングのいいやつだ。俺はポケットに手を入れ、携帯を取り出す。
「もしもし。今、電話いい?」
「ああ。」
電話は雉からだった。雉が一方的に話している間、俺は考え事をしていた。そして、雉の会話が途切れたときに、口を開いた。
「悪い。今から言う場所に来てくれ。」
「はい?いきなり何なのよ?お迎えですか?」
話を聞いていなかったことが癪に障ったのか、不機嫌そうな声で答える。俺は怪訝そうな顔をする鸚鵡と目が合うと、口を開く。
「鸚鵡をメンバーに加えてくれ。」
「ああ。あの鸚鵡君。うんうん、いい子だよね。私の言うこと、よく聞いてくれてさあ。」
「知っているのか?」
「知ってるよ。鸚鵡君さ、物まね得意じゃん。だからさ、電話越しだと誰だか分かんないから、情報集めには最適なんよだね。」
先程までの不機嫌そうな声はどこにいってしまったのか、そう言った雉の声はいつもの明るい声に戻っていた。俺は雉の言った言葉に笑みがこぼれそうになる。やはり、皆考えることは同じなんだな。ただ、一つ疑問が残った。
「情報集めをしていた奴が、何で殺し屋をしているんだ?」
「え?何か言った?」
いや、何でもない、と告げたあと、いくつか打ち合わせをして電話を切った。鸚鵡は戸惑いの表情を隠しきれていない。
「メンバー?何の話だ?これだけひどい仕打ち受けさせといて、まだ何かやらせるつもりかよ?」
「どうせ、もう元の場所には戻れないんだろ?だったら協力したほうがいい。それに喜べ。メンバーには雉がいるぞ。知り合いなんだろ。」
鸚鵡の表情が一変する。てっきり、雉に恋心を抱いているものだと勘違いしていたのだが、鸚鵡の強張った顔を見るとそうではないことは一目瞭然だった。あいつ、一体何したんだ?鸚鵡君、怖がってるぞ。
「何すんだよ?」
鸚鵡はようやく観念したのか、そんなことを言った。
「上手く行ったら烏の正体を見られるかもしれないぞ?みんなに自慢できる。」




