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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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鷹 10

 あの人から見たら、自分はエキストラにすぎなくて。あいつからみたら、自分は脇役で。君から見たら、自分はキーパーソンで。自分から見たら、自分は主役。

 特に意味はありません。言葉遊びみたいなものです。

 ところで、鷹に送られてきた無題のメールの内容を覚えていますか?もしよかったら、確認してみてください。

 俺の横を電車が通り過ぎ、わずかに遅れて風が吹き抜ける。線路わきの緑に輝く雑草が揺れ、雑草のてっぺんから何かが飛び跳ねる。無駄な湿気を含んでいないその風は、熱を持った皮膚の上を心地よく吹き抜けた。

 日も傾き始めた夏の午後、俺は線路沿いを歩いていた。かれこれ三十分近くは歩いていると思うのだが、なかなか駅が見えてこない。何本の電車に追い越されたのかも、もはや分からない。どうやら、歩いていくべき方向を間違えたらしいのだが、今さら引き返す気にもならない。

 先程の物騒な集団が一体何者かは分からない。しかし、推測はできる。今、俺に最も消えてもらいたいと思っている人物。そう考えると、真っ先に思いつくのは雀だが、今回は雀ではない。雀とは昨日遭遇したが、何かの組織を持っているように見えなかった。そもそも、自分の言うことを聞く集団がいるのなら、初めから利用しているはずだろうし、かなわないと思ったならばともかく、昨日は雀の方が優勢だった。わざわざ人に頼むだろうか?

 そう考えると、次に思いつくのが八代だ。そもそも、八代初めから俺を消すつもりで、八代が俺を殺し損ねたことを何らかの方法で知り、改めて俺を消そうとしてあんな物騒な集団を送り込んできた。ただ、動機が分からない。初対面の殺し屋を始末しようとする動機が。

 だから、俺はそれを確かめるために、八代に出会った街に向かって歩いている。正確な居場所は情報屋がまた教えてくれるだろう。線路から乾いた音が一定のリズムを刻み、その上を電車がまた一台、風を運んで通り過ぎる。

 しばらく進むと、花束が見えた。道の端、線路に近い場所に花束がいくつか置いてあった。車にひかれたのか、それとも、投身自殺か。どちらか定かではないが、とにかく、ここで人が死んだことは間違いない。

 花束が置いてある前を通ったとき、俺は足を止めた。故人の無念に思いをはせたからではない。なんとなく、気になることがあったからだ。

 道路の端にある大きめの黒い染み。その周りにも、また別の黒い染みが点々と散らばっている。血の跡だと考えるのが最も適切だと思うが、堂も道路の端にある黒い染みは血痕とは違う。何かが焦げたような跡に見える。再び線路から乾いた音が響き始める。

 俺は辺りを見回してみる。一定の間隔に立っている電柱。夏の日を浴びて緑色に輝く雑草。ここは昨夜、火を燃やし、己の中に眠る野生の本能を呼び覚ましていた少年たちに出会った場所だ。昼と夜で随分雰囲気が異なっていたせいか、全く気が付かなかった。

 この場所を思い出したと同時に、微かに笑い声が聞こえた。何か秘密を握っているものが漏らす、優越感を滲ませた笑い声が。この声は、頭の中で響いている。線路の音は鳴り続ける。電車はまだ線路の上を通過しない。

「すいません。」

 後ろから声をかけられる。振り向くと自転車に乗った警官だった。活発そうな細身の若い男だった。警官は自転車から降りる。

「あの、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか。」

 警官の表情は柔らかい。どうやら、俺を疑っているというわけではなく、ただ事務的に聞いただけのようだ。

「昨夜、この辺りで放火と通り魔事件があったのですが、ご存知ですか。」

「いや。」

 そうですか、と警官は呆気なく話を終わらせようとする。

「なにかお気付きになったことがあったら、すぐに近くの交番に知らせてください。」

「ああ。」

 警官はそう言って自転車にまたがる。乾いた音が一定間隔で俺の耳に伝わってくる。

「それにしても、今日も暑いですね。汗が止まりませんよ。」

「そうだな。」

 なぜ世間話を始める?よほど暇なのか、それとも、機嫌がいいのか。住民と親しくしておくべきだという若さゆえの使命感のためなのか。とにかく、俺にとってあまり都合のいいことではない。適当に話を受け流す。

 適当に受け流した後、警官の様子がおかしいことに気が付く。世間話は中断され、自転車も動き出さない。若い警官の眉間にわずかに皺が寄っていた。

「黒コート―」

 咄嗟に自分の服装を見る。夏の昼間にはふさわしくない黒いコートが目に映る。まさか、昨夜目撃されていたのか?いや、そうだとしても警察に咎められるようなことはしていない。俺はただ、少年たちの放火を目撃しただけだ。若い警官が自転車を降りる。

 俺は、悪くない。

「すいませんが、近くの交番まで同行してもらえませんか?詳しく話を伺いたいので。」

 俺は静かに左手を上げ、胸元の十字架のネックレスに触れようとする。若い警官は警戒したが、なんとか触れることができた。頭の中がカチカチと乾いた音で満たされる。

「僕について来てください。」

 若い警官はそう告げると、その場を動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、背中を向け歩きだす。警官の無防備な背中が見える。頭が締め付けられるように痛み、視界が歪む。

 俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない俺は悪くない―

「どうしたんですか。ついて来てください。」

 俺に関わるな。

 電車が轟音を上げて走りぬける。その電車が運んできた風に乗り、俺はナイフを振りかざし、飛びかかった。


 電車が通り過ぎる。線路は乾いた音を立て、その余韻を残す。目の前に静かに横たわる警官。ナイフから滴る血は、また新たな染みを地面に刻んでいた。

 俺は両手を上げ、目の高さに持ってくる。ナイフを振るときに手に当たる風の感覚。ナイフの先が皮膚を裂き、筋肉を切る感覚。警官が倒れる直前の驚きと恐怖がないまぜになった表情。それら全ての記憶が残っていた。

 俺が殺したのか?俺が、殺した。なぜ?

 遠くから甲高い叫び声が聞こえる。その方向を見ると、明るい髪の若い女性が駆け寄ってきていた。若い女性は横たわる警官に近寄ると、何か叫びながら懸命に身体を揺すっている。女性が何かを叫び、こちらを睨む。その目は涙でいっぱいだった。なんでよ、とか、人殺し、とか聞こえた気がする。女性の様子から察するに、この警官と女性は何か特別な関係だったらしい。

 俺が、人生を破壊した?

 俺は女性に背を向け走り出す。誰の声も届かないところまで懸命に走った。

 

 クライアントはどこだ。


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