鳩 10
好きなアーティストやミュージシャンはいるでしょうか?私は、曲や歌を好きになるというより、歌を通してバンドやアーティストそのものを好きになるタイプの人間です。さらに、何に関しても、一つのものを好きになるとそれを貫き通す性格ですので、いまだに好きなバンドは一つです。
なんでこんなことを書いているのかというと、本日そのバンドのイベントがあったからです。もし、興味があれば推理してみてください(笑)
鳩
「なんだ?随分盛り上がってるな。」
郭公のおっさんがいるアパートに戻ってきてまず目に入ったのは、比較的年齢層の高そうな暑苦しい人だかりだった。ただでさえ暑いのにその人だかりの中に入っていくのは気が引けたが、郭公のおっさんが待っているから仕方がない。俺はベビーカーを押し、おばさんの訝しげな視線を浴びながら前に進む。
前に進むとやがて黄色いテープにぶつかり、この人だかりが有名人目的でないことが判明した。青い制服を着た男に止められる。
「なあ、一体何があったんだ、おっさん。」
まさか俺を捕まえに来たのか、と思ったが、次の瞬間には、それはないと思っていた。誰かを捕まえるなら、こんな派手なことをするはずがない。こんな派手なことをしたら、余程間抜けなやつじゃない限り逃げられる。
「爆発ですよ。危ないから近づかないでください。」
警官は俺の慣れ慣れしさに眉をひそめながらも、一応質問に答えてくれた。俺はその警官の丁寧な言葉遣いと態度に感心した。俺の正体を知ったら、この優しそうな警官はどんな態度をとるのだろうかと想像してみようとしたが、これがなかなか上手くいかなかった。想像力不足だと言われればそれまでだが、それ位人がよさそうな警官だった。
「いや、まあ危ないんだろうけどさ。俺、このアパートの人にお使い頼まれたんだよな。入ってもいいだろ?」
俺はそう言い終わる前に、黄色いテープをまたいでいた。物腰柔らかい警官は、それを慌てて、やはり丁寧に制止する。
「ダメですよ。危ないです。アパートの住人の方も避難しました。」
「あ、そうなのか。早く言ってくれよ。危うく、危険な場所に入るところだったじゃねえか。」
それで、避難した人たちはどこにいるんだ?と尋ねようとして、口を閉じた。何も聞かれずに答えてくれたらいいが、名前を聞かれたら何とも答えられない。「郭公」と言っても恐らく分からない。分かったらそれはそれで困る。そんなことを考えていると、名案が思いついた。
「303号室の住人ってどこに行ったか分かるか?」
「ご親族の方ですか?」
「いや、そんな大層な関係じゃないけどな。強いて言うなら、お使いを頼まれる関係だ。」
警官の表情が曇る。訝しむというよりも、同情と憐れみの表情だった。飲み込んだ唾が音を鳴らして喉元をゆっくりと落ちる。
「爆発があったのは303号室です。おそらく、爆発に巻き込まれたと思われます。」
「ふーん。そうなんだ。で、どこにいるんだ?どこ病院?」
そう尋ねた俺の声は無神経な言葉とは裏腹に、情けなく震えていた。俺は警官の表情で、もう答えが分かっていた。それでも、そう尋ねるしかなかった。認めることができなかった。警官は俺の意外な返答に戸惑ったのか、わずかに黙り込むが、すぐにはっきりした口調で答えた。
「部屋の中で遺体が発見されました。身元の確認はまだですが、おそらく、303号室の方じゃないかと思われます。」
「そうかい。随分、大雑把な捜査だな。303号室にある遺体は303号室の住人とは限らないんじゃねえの?案外、爆破犯かもしれねえよ。留守の間に爆弾しかけようとして、ドカンってな。」
あながち間違った考えではない。しかし、理由のない胸騒ぎと警官の同情の目を見ているとそれは違っているという予感しか残らなかった。そして、おそらく俺はこの爆破犯を知っている。俺がここに来ることになった理由。一昨日、俺のターゲットを奪った爆破犯。
「犯人の目星はついているのかよ。」
警官は目を丸くする。知らないうちに、俺の口調は強くなっていた。後ろで白髪頭の警官が、通り際に俺と俺の目の前にいる警官に疑惑の視線を送ってきた。それに気が付いたのか、警官は表情をわずかに険しくした。
「お気持ちは分かりますが、現在、捜査中です。捜査のことはお話しできません。」
そう言うと、警官は黄色いテープの向こうに消えた。その背中は何となく頼りなく見えた。俺はその警官の背中をアパートの中に消えるまで見届けると、ベビーカーを押して人混みを抜けた。
人混みを抜けると、俺はポケットから出かけ際に郭公のおっさんからもらったものを取り出した。十字架のネックレス。烏除け。真ん中にはダイヤモンドのようなものが埋め込まれている。見るからに高そうだ。なんであのとき、これを俺に渡した?
そう言えば、爆破する前に金品を送りつける殺し屋がいたな。だとすると、今日の朝、部屋の片隅にあった箱は、そいつの爆破予告だったのか?
「死んだのか?」
誰に問いかけるでもなくつぶやく。出かける間際に見た郭公のおっさんの表情を思い出していた。笑顔に力の入った、どことなく切なげな表情。もしかして、気が付いていたのか。自分が死ぬことを。気が付いていたから、俺にこの赤ん坊を預けたのか?
「死ぬのが怖かったのか?郭公も大したことないな。」
呼吸が乱れる。唇が震え、目頭が熱くなる。胸が締め付けられたかと思った次の瞬間に、涙がこぼれ、声が漏れた。
―悲しくなくても、泣くことはあるんじゃない?―
今、俺は泣いている。切なくて。大雑把で鈍感故に、なんでも失う自分があまりに情けなくて。
この涙を誰に捧げよう?郭公のおっさんが残した赤ん坊はベビーカーの中で眠っている。




