雀 9
突然ですが、警察官を見ると目を逸らしたくなりませんか?何も悪いことをしていなくても、何か悪いことを見つけられるのではないかという、漠然とした不安というのか、杞憂が浮かんでくるのです。変なことして、公務執行妨害とかにならないかと心配になるのです。
でも、道を尋ねたときは、頼りになるなあと感じました。彼らは、悪いことをしなければ本当にいい人たちなんです。
雀
犯人は犯行現場に舞い戻る。
犯人というやわな表現で俺の犯してきた罪の数々が収まるものかどうかは分からないが、俺は犯行現場に舞い戻ってきた。遠くで見るより一層、古びた印象を与えるアパートの前に人だかりができている。 その人だかりの最前列には黄色いテープが張られ、青い制服を着た人々が興味本位で動く野次馬を制している。警官の表情からは緊張感が漂っていた。
警官の一人と目が合う。警官は訝しげに目を細めたが、すぐに黄色いテープの奥に消えていく。
「それはそうだ。」
俺は誰に言うこともなくつぶやく。俺の目には、漆黒のコートが映る。
「この季節に、この格好は不自然だろう。」
誰かに言及されたわけでもないのに、言い訳が口からこぼれた。俺は苦笑する。何を臆病になっているんだ。
携帯が振動する。俺は携帯を開くと同時に耳に当てる。
「もしもし?雀さん?」
「どうした?」
電話の向こうの声色が少し気になった。冷静さを保ってはいるが、その冷静さが何か深刻な事実を告げるためのものに思えた。
「面倒なことになったみたい。」
「悪かった。」
俺は素直に自らの失敗を謝る。女性と上手く付き合うためには、ひたすら謝れ、とはどこで誰から聞いた言葉だっただろうか。
「そうじゃなくてさ、君、まだそこにいるよね?」
「そこってどこだ?」
まるで、俺がここにいるのを知っているかのような発言だ。
「早く離れなよ。そうじゃないと、本当に面倒だから。」
「なにが面倒なんだ?」
俺は、なかなか本題を告げないことと、いつまでも冷静さを欠かない、その単調な声を不快に思いながら尋ねる。
「まあ、なんて言えばいいのかな。物騒な喧嘩に巻き込まれるとでも言えばいいのかな。とにかく、早くそこから離れるべきだね。」
「何が起きている?」
わずかに間があく。『物騒な喧嘩』よりもふさわしい表現を探しているのだろうか。
「『鷹狩り』だよ。」
「鷹?」
「なんか、鷹が狙われているみたいなんだよね。」
「それは大変だ。鷹は貴重だからな。」
俺が危機感を滲ませ答えると、電話の向こうから呆れたような溜息が聞こえてくる。
「なんか勘違いしてない?鷹って殺し屋の方だよ。」
なんだ、そっちか。猛禽類の方じゃないのか。だとしたら、どうでもいいな。殺し屋が殺し屋に殺されることなんて、しょっちゅうある。
「俺には関係ないだろう。」
「だから、巻き込まれるって言ったじゃない。下手したら、君もやられちゃうよ。君、正面向かい合っての戦いに向いてないんだから。いい?仕事のことはもういいから、とにかく今すぐそこから離れて。分かった?」
誰の差し金だ。俺が言葉を発する前に電話が切れる。やや高めの電子音だけが一定間隔で聞こえてくる。俺は静かに携帯を耳から離す。ちょうどそのとき、はるか上空からよく通る鳴き声が聞こえてきた。空を見上げる。
「鷹か?」
先程の単語を繰り返す。青く澄み渡った空に黒い影がゆっくりと旋回している。
「いや、鳶か。」
俺は視線を戻し、警官が慌ただしく出入りするアパートの裏を見る。アパートの裏は斜面になっていた。どうやら、アパートの裏は山になっているらしい。分かりにくいが、よく見ると斜面に窪みがいくつもある。もしかしたら、捜査は始まったばかりなのかもしれない。警察はその窪みに気が付いていないのか、アパートの裏の山は黄色いテープの外側にあった。
「なるほどな。」
その窪みは、紛れもなく人の足跡だった。わざわざこんなところを通るとしたら、理由は一つしかない。人に見られたくないからだ。俺は山の中に入っていく。




