鷹 9
今回は、読んでいて盛り上がる場面の一つではないでしょうか。アクションシーンが好きな人はもちろん、物語の流れの上でも大きな転機があり、楽しめると思います。
ところで、時折、本サイトの小説をいくつか流し読みしているのですが、みなさん、それぞれの色がある面白い話を書いていると思います。とても敵わないな、と思ってしまうものまであり、自信を失ってしまうこともしばしば・・・。
でも、私自身は、この物語には満足しています。実は、もう結末もほとんど決まっています。結末がどうなるのか、物語を読みながら、あれこれ想像を巡らせて頂けると幸いです。
鷹
陽の当らない道。その道をまっすぐ駆け抜ける。地面を蹴るたびに、枯葉が乾いた音を鳴らす。かなり長時間走り続けたと思われるが、全くと言っていいほど身体に疲労感はなかった。何かにせかされるように俺は走っていた。
爆破の後、俺は非常階段からアパートを出た。階段を降り切ったとき、アパートの正面にはすでに人だかりができていた。誰にも見られないようにアパートの裏にある小さな山の斜面を登った。
しばらく走っていると、開けた場所に出た。ひときわ大きな木が目に入る。何の木なのかは分からない。随分高い場所に豊富な緑の葉をつけ、それが風に揺れる度、その根元には、幻想的な光と影の躍動感のあるアートが映し出される。俺は速度を緩め、その木の下に腰を下ろす。それを歓迎するかのように、その木は枝を大きく揺らした。
ターゲットは死んだのだろうか?あの爆破に巻き込まれたならば、おそらく死んだだろう。だが、もしそこにターゲットがいなかったとしたら?そもそも依頼自体が罠で、部屋に飛び込もうとした俺を殺すためだけのものだったとしたら?ロッカーに入っていた金品。爆弾。だとしたら、やることは一つだろう―
雀を殺す。この仕事に、クライアントなど必要ない。
風の音が消える。俺はいつのまにか閉じていた瞼をおもむろに開く。いくつもの足音が、乾いた音を鳴らしてこちらに近づいてくる。しかし、その姿は俺の目には映らない。木に寄りかかりながら、ゆっくり立ち上がる。
音が消える。風が鳴る。前転をして、前に転がる。ちょうど俺の首があったところに二本の刃物が横切る。地面に手をつけ、力を加え勢いよく立ちあがる。木の太い幹の両側に黒いトレーナーを着た二人の男が立っていた。木の幹には二本の刀が食い込んでいた。見るからに、こちらの業界の人間だろう。
「何の用だ?」
案の定、答えはない。気配を感じ俺は振り向く。後ろから、さらに三人ほど似たような格好をした男たちが現れた。手には拳銃を持っていた。
「誰に頼まれた?」
間髪いれず、乾いた破裂音が三回聞こえる。身体の熱が一気に冷めるのを感じる。身体が加速度を増しながら、後ろ向きに倒れる。
枯葉がこすれる音が、地面を這って聞こえてくる。空を覆う緑の葉が風に揺れているのが見える。男たちが俺の顔を覗きこむ。生気のない上に、何も考えていなさそうな目が三対見えた。頬が引きつるのを感じる。
男たちの目がわずかに開く。遅い。そう思ったときには、三人の男は地面に倒れ込んでいた。赤黒い液体が枯葉を汚す。刀を持つ男たちは異変に気付き、慌てて木の幹にのめり込んだままの刀を引き抜く。
「あきれたな。こんな子供だましに引っかかるなんてな。ターゲットを仕留めたかどうかも分からないなんてことがあるのか。」
そもそも、狙いをはずす時点で、素人だ。熱が冷めてしまうほど幻滅するのも、仕方がない。
男たちは刀を構える。相手は二人。リーチは相手の方がやや長いが、接近戦ならば問題はない。俺は姿勢を低くし、ナイフを構える。
左側にいた男が走りこんでくる。刀を大きく縦に振るのが見える。俺は地面を蹴り、大きく横に飛ぶ。飛ぶと同時にナイフを右腕めがけて投げる。ナイフがまっすぐ男の右腕に飛ぶのを確認したあと、転がり、立ち上がると同時にもう一人の男を目指して、地面を蹴る。飛んでくる俺に躊躇したのか、刀を振るタイミングが遅れる。俺は加速し、相手の腹部に体当たりする。相手は刀を手放し、背中から地面に倒れる。倒れると同時に、俺はナイフを取り出し、男の首を横に切る。ナイフが肉に刺さる重みが腕に伝わる。少し粘着質の液体が頬に当たる。男は目を見開き、痙攣を始める。
その様子を見届けるつもりはない。俺は素早く振り返り、腕を抑えている男の体にぶつかる。男は情けない声を発し、背中から地面に倒れた。ナイフを首元に突きつける。
「質問は三つ。一つ十秒だ。」
「質問は三つ。一つ十秒だ。」
初めは誰の言葉なのか、分からなかった。何の冗談なのか、男が俺の言葉を繰り返した。
「質問になっていない。あと二つだ。」
「質問になっていない。あと二つだ。」
男は繰り返す。追い詰められていることを自覚しているのだろうか。ナイフが首元に突きつけられているというのに、顔の筋肉が全く緊張していない。男の顔からは恐怖を感じられなかった。
「じゃあ、俺から質問だ。誰に頼まれた?」
「じゃあ、俺から質問だ。誰に頼まれた?」
男は繰り返す。俺の動揺を誘っているようにも見えない。話にならない。残す奴を間違えたな。俺はナイフを握っている手に力を込める。
「怖いのか?」
俺は手を止める。気が付けば、俺の目の前にあったのは先程までの無表情な男の顔ではなく、別の、なじみのある顔だった。
「人を殺すのが怖いのか?」
野球帽をかぶった少年は言う。
「馬鹿な。何を言っている?」
いつの間に這い出したのか、少年は俺の目の前に立つ。わずかにつり上がったその口角は、嘲笑しているようにも見えた。
「俺は怖くない。」
「俺もだ。」
「いや、お前は怖がっている。」
「馬鹿な。お前に何が分かる?」
「分かるさ。」
「お前の名前は馬か?」
「お前は鹿なのか?」
「いや、違う。」
「俺は、鷹だ。」
頭が締め付けられる。思わず俺は膝をつく。もはや、どこから声が聞こえてきて、どこから声を発しているのか分からない。金属音が一定のリズムで鳴り続け、俺の頭を押しつぶす。
「怖いんだろ。頼るものもなく、何の判断基準も持たないお前は、自分で決断することが出来ない。クライアントが必要なんだろ?人殺しを正当化してくれる存在が必要なんだろ?いいこと教えてやるよ。あんた、クライアントのために人を殺しているとか言っているけど、それは違う。気が付いているんだろ?」
俺は震える手で首から下がっている十字架に手を伸ばす。
―あんたは人殺しの罪を人のせいにしてんだよ―
金属音が叫び声にかき消される。
気が付くと、黒く染まった何かが枯葉の絨毯の上にいくつも横になっているのが見えた。両手を見下ろすと、赤黒く染まった粘性の液体がまとわりついていた。分かりにくいが、コートにもそれはへばりついていた。刀が墓標のように赤黒い影に突き刺さっていた。十字架のネックレスが地面に落ちていたので、慌ててそれを拾う。握りしめ、つぶやく。
「俺は、クライアントのために生きている。自分のためなんかではない。」
無数にある木の枝が賞賛するように、興奮した観客の歓声のような音を鳴らす。枯葉の乾いた音が微かに聞こえてくる。
「追手か―」
俺は走りだす。後ろを振り返らずに、ただまっすぐに走りだした。
クライアントはどこだ。




