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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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22/48

鳩 8

 これまで投稿してきましたScare Crowですが、ここで折り返しです。

 長いよ、と思っている方。申し訳ありません。ここから物語は加速すると思いますので、どうか投げ出さずにご愛読してくだされば幸いです。

 もう折り返しなの?、と思っている方。心配無用です。これから、この物語はさらに核心に近づき、内容が濃いものになっていると思っております。

 どちらにせよ、この物語にお付き合いしてくださっている方、本当にありがとうございます。こちらから、読者の方々の状況をすべて把握することはできませんが、これからも頑張っていきたいと思います。

 水の流れる音が聞こえる。俺は郭公のおっさんと朝からレトルトのカレーライスを食べ、郭公のおっさんが食器を洗っている。甘口で、カレーライスは辛いと思い込んでいた俺の中の常識を覆された。味はまあまあだった。

 テレビでは報道番組とバラエティ番組を足して割る2をしたような番組が映し出されている。どこぞの俳優が料理企画で緑色をした野菜カレーを作っていたが、とてもその色は食欲をそそるものではなかった。スタジオにいるキャスターがそれを食べていたが、顔が歪んでいるのが目に見えた。

「マズイって言えばいいのによ。」

「せっかく作ってやったのに、『まあまあだ』と言われるのもどうかな。」

「うるせえよ。」

 郭公のおっさんが口を挟んできた。俺はなんとなくばつが悪くなり、視線を逸らす。部屋の隅に小さな箱があるのが目に入る。

「なあ、あれって昨日もあったか?」

「あっても困らないだろう。」

「いや、まあそうだけどよ。まあ、何でもいいか。」

 気がつくと、テレビではパッとしない女性キャスターが事務的にニュースの原稿を読んでいた。画面には、駅の構内と人の形をした白いテープ、その周りに点在する赤黒い染みが映っていた。

画面が切り替わると、その事件の犯人と思われる顔写真が映し出された。丸顔で目が細く、丸縁の眼鏡をかけていた。はっきり言うと、威厳のない顔だった。常に何かに怯え、逃げ回って生きてきたような顔をしていた。少なくとも、殺し屋には向いていない。殺し屋でなくとも、人を殺す。

 俺は俺が人殺しでテレビに映し出される姿を想像してみる。そして、それを見た一般人の反応を想像してみる。こいつは只者ではない。果たして、俺の姿を見た人々はそう言って言い知れぬ恐怖に慄くだろうか?それとも、ただの狂人だと思うだろうか。

「殺し屋も一般人も変わらない、か。」

 俺は両腕を後ろに回し、横になる。殺し屋も所詮は人だ。飯も食うし、排便もするし、息もする。そして、死ぬときは死ぬ。

「お使い頼んでもいいか?」

 瞬きをした瞬間、郭公のおっさんの顔が視界に入ってきた。俺は思わず飛び起きる。郭公のおっさんは、最小限の動きでそれをかわす。

「何だよ?」

「あの子の生活用品を買ってもらいたい。」

 郭公のおっさんはベッドの方を指さす。赤ん坊は眠っているのか、そこに本当にいるのかどうかさえ疑われるほど静かだった。

「何で俺が?」

「どうせ暇なんだろう?」

 そう言って、郭公のおっさんはメモを渡してくる。そこにはパソコンから打ち出したような何の特徴もない字で、『衣類』だの、『ミルク』だの、『紙オムツ』だの大雑把なことが書いてあった。

「『衣類』って何でもいいのかよ?」

「そこは自分で考えろ。」

 自分で考えろって、おまえが頼んだんじゃねえか。俺は軽く舌打ちをしながらも、出かける準備をする。なぜ、すんなり引き受ける気になったのか分からない。郭公のおっさんには世話になったからかもしれないし、本当に暇だったからかもしれない。俺は携帯電話がポケットに入っていないことに気がつき、部屋中を探し始める。

「なあ、俺の携帯見なかったか?」

 郭公のおっさんは一瞬眉間にしわを寄せ、なにかを思い出すような仕草をしたが、すぐに眉間のしわは消え、代わりに目尻に皺が増えた。

「ああ。昨日、処分しておいた。」

「は?」

 あまりにも自然に答えたので、その言葉が何を意味しているのか理解するのに時間がかかった。処分しておいた?俺の携帯を?

「携帯があると面倒だろ。雇い主からの非難の電話とか、脅しとか。」

「携帯がない方が面倒だろ!」

 俺は髪をかき乱す。道理で昨日一日何の連絡もなかったわけだ。リュックサックのことといい、何でこのおっさんは勝手に俺のものをいじるんだ?俺は壁を思い切り蹴ると玄関に向かって歩いていった。

「ちょっと待て。」

 俺は立ち止らない。

「忘れものだ。」

 俺は立ち止り、振り返る。郭公のおっさんは何かを包んでいる白い布を抱え、俺のリュックサックを腕に下げていた。

「何で買い物するだけなのにそんなものがいるんだよ?」

 俺は、もはや無用の長物になってしまったリュックサックを指さす。郭公のおっさんは目尻の皺を増やし、白い布に包まれたものを手渡し、リュックサックを手渡す。

「何かの役に立つかもしれないだろ。」

 こんなものが何の役に立つんだよ?そう思いながら、俺は白い布にくるまれたものを郭公のおっさんに渡し、渋々リュックサックを背負う。リュックサックを背負うと、郭公のおっさんはまた白い布を手渡してきた。

「何で赤ん坊まで連れていくんだよ?」

 郭公のおっさんはどこから取り出したのか、折り畳み式のベビーカーを広げる。

「せっかくだから、散歩に連れていってくれ。」

「なんでだよ?」

「子供は一カ所に留まる生き物じゃないからだ。」

 郭公のおっさんはそう言うと、目尻の皺を増やす。一体何なんだよ。俺は赤ん坊をベビーカーの中に入れる。赤ん坊と視線が合うが、俺はすぐに視線を逸らす。ドアに手をかける。

「ちょっと待て。」

「今度は何なんだよ?」

 俺は半ば憤りながら答える。郭公のおっさんが何かを投げる。俺は咄嗟に右手を伸ばし、それを受け取る。手のひらを返し、受け取ったものを見る。十字架のネックレスだった。銀色の十字の真ん中に宝石が埋め込まれている。傾けると、角度によって宝石の放つ光の色が様々に変化した。

「お守りだ。」

「何のだよ?」

「『烏』除けだ。知らないのか?」

「知らねえよ。初めて聞いた。」

 家内安全、交通安全、学業成就、そして『烏』除け。よくよく考えてみると、今思いついたこの四つの中で俺に最も必要なものは『烏』除けかもしれない。いや、交通安全も捨てがたい。

「『烏』が恐れているものは何か知っているか?」

「人がいなくなることか?」

 俺は考えることなく口走っていた。人がいなくなると、『烏』もいなくなるのではないか。初めて『烏』の話を耳にしたとき、何となくそう思っていた。郭公のおっさんは、一瞬考え込むと、「なるほどな」とつぶやいた。

「Scarecrow」

「何?」

「案山子だよ。その十字架のネックレスは案山子に見立てているんだ。」

 俺は右手に握っているネックレスを再び見る。Scarecrow。勉強は好きではなかったが、この単語の意味は分かった。『烏』を怖がらせる。案山子。ただのジョークじゃねえか。

「ただのジョークじゃねえか。」

「そうだな。」

 郭公のおっさんは目尻の皺を増やす。違和感があった。なんとなく、顔の筋肉に力が入っている気がした。

「鳩。」

「何だよ?」

 その名前で呼ばれると、なんだかむずがゆい。今日は一体、何回呼び止められただろうか。煩わしくも思ったが、無視するわけにはいかない気がした。

「頼んだぞ。」

「ただのお使いだろ。大袈裟なんだよ。」

 俺はドアに手をかけ、思い切り開く。夏の生温い空気が俺の頬を叩いた。


 ベビーカーに苦戦しながら、なんとか階段を降りたときには汗だくになっていた。ベビーカーというものは想像以上に重い。俺は一息入れ、握ったままのネックレスを掲げる。真ん中の宝石が夏の太陽の光を反射し、虹色に輝く。その輝きを見ながらベビーカーを押し、道路沿いに歩きだす。

 あ、ヤベ―。礼を言い忘れた。そう思ったときには、もうアパートは見えなくなっていた。


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