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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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雀 7

 ときどき全速力で走ってみると、想像していたよりも景色の流れが遅くて、衝撃を受けることがあります。決して低身長ではないはずなのに、周囲の人の頭が上にあるとき、もっと身長が欲しかったと思ってしまいます。

 これは、負けず嫌いなのか、現実を受け入れられないためなのか。「こんなはずじゃない」と思うよりも、「まだいける」と思いながら頑張っていきたいと思う今日この頃です。

 目の前で子供たちが城を作る。そんなに大層なものではない。適当な傾斜と三角屋根のついた、日本の城をモチーフにした砂の城だ。その子供たちの集団には女の子も混ざっていた。女の子ならば、塔がいくつもある、王子様がいそうな華やかな西洋の城のほうが好きなのではないだろうか?いや、そもそも城を作るという発想に至るだろうか?砂場の子供たち。ベンチに座る一人の青年とサラリーマン。そして、雀。この小さな公園で、それぞれがそれぞれの思いを持って動く。

 しばらく砂の城の建設を眺めていると、ポニーテールの少女がこちらを向いた。少女は笑いかける。俺は軽く会釈をする。少女は目をそらさなかった。やがて、少女は立ち上がりこちらに近づいてきた。砂の城の建設は続く。

「こんにちは。」

 大きくはないが、澄んだ声をしていた。活発な子供の声ではなく、礼儀をわきまえたお嬢様のような声だ。少女は再び笑いかける。俺は再び会釈する。

「一人なの?」

「人を待っている。」

 少女は軽く飛び上がり、俺の隣に座る。その動作に遠慮はない。足をブラブラさせ、城の建設を見守っている。

「あれは城か?」

 話すこともなかったので、砂場で出来上がりつつある物体を指さし、何となく尋ねる。少女はこちらを向くと、軽く頷いた。

「うん。そうだよ。ヒメジ城だよ。」

 俺は適当に感心したような声を発する。「ヒメジ城」が「姫路城」であることに気がついたのは、その後だった。

「城が好きなのか?」

 ポニーテールの少女は軽く首を傾ける。何かを考えているのか、しばらく間があく。

「きれいなものなら、何でも好き。」

「きれいなもの?」

 俺がそう尋ねると、少女は腕組をして考えこんだ。口を固く縛り、首をわずかに傾けているその様子からは、幼いながらも真剣さが滲みだしている。俺は昨日、服屋で雉が服を選んでいたときの様子を思い出す。目の前の少女の顔はそれと似ていた。

「貝殻とか、ビー玉とか、鳥の羽とか、モーツァルトとか、うーんと、ヒマワリとか。」

 少女は指を折りながら「きれいなもの」を述べていく。何となくだが、ヒマワリはきっとゴッホの「ヒマワリ」だろうなと思う。しかし、ゴッホの「ヒマワリ」は「きれいなもの」であったかどうか、自信がない。

「ねえ。おじさん、昨日もここに来たよね?」

 少女が確信に満ちた声で、絶対的な事実を確認するかのような声で尋ねてきた。

「残念ながら、人違いだ。」

「嘘ばっかり。そんな真っ黒な格好している人、他にはいないよ。」

 少女が詰め寄る。そう言われても、記憶が正しければ、俺は昨日ここには来ていない。俺のドッペルゲンガ―がいるのなら、話は別だが。

「じゃあさ。あれ持ってるんじゃない?」

「あれ?」

「十字架のネックレス。」

 右手と左手の人差し指をクロスさせて少女が言う。俺は首元から服の内側に手を入れ、十字架のネックレスを取り出す。

「これか?」

クロスしている部分に埋め込まれたガラスが光を反射する。少女はそれを見て、目を輝かせる。

「ほら、やっぱり。おじさん、昨日のおじさんでしょ。」

「何かの間違いだ。」

 俺は再びネックレスを服の内側にしまう。

「おじさん、何でそんな恰好しているの?暑くないの?」

「黒が好きなんだ。」

 少女は納得していないのか、唇を尖らせる。だからといって、黒は夜に紛れる色だ、と説明しても仕方がない。

「カラスみたい。」

 俺が口を開こうとすると、突然、少女が大きな声を出した。前を向くと、眼鏡をかけた男の子が完成した城の上からバケツに汲んだ水を流していた。城の真ん中に大きな急流ができていた。少年たちが笑いながらどこからともなくやってくる。急流の河口では、水が砂に吸収され黒い跡だけが残る。少女はベンチから飛び降り、砂場に駆け寄る。俺は少女の背中を見送った。

少女が少年に詰め寄る。少年は状況が飲み込めていないのか、呆気にとられている。しばらくの口論の後、少女が振り返り、目が合う。どう反応していいか分からず、とりあえず会釈する。会釈をしてばかりだ。少女が近づいてくる。

「ちょっと来て。」

 少女は俺の手をひく。気にせず座り続けていたら、少女が真剣なまなざしで俺を見る。「お願い」と懇願しているようにも、「来てよ」と命令しているようにも見えた。俺は仕方なく、立ち上がる。

少女に連れられ、俺は砂場に辿り着く。眼鏡の男の子とそのほかの男の子たちは突然の大人の乱入に戸惑ったのか、口を軽く開けたまま動かない。

「連れてきたわよ。これで文句ないでしょ。」

 少女が胸を張る。連れてきた?俺を?目の前の男の子たちは気のせいか、一斉に唇を震わせ始めた。

「証拠がないじゃんか!ただの黒ずくめのおっさんだろ。正直に言えよ。」

 縦にも横にもよく成長した少年が声を荒らげる。しかし、唇に合わせて声は震えている。

「違うもん。この人、十字架のネックレス持ってるもん。」

 そうだよね、と少女は俺を見上げる。ネックレスを見せてよと訴えているのだということに気がつき、俺は再びネックレスを取り出す。ネックレスを取り出すと、少年たちの息が一瞬止まった。まさか、『烏』だけではなく、少年にも効果があるのか。

「う、嘘だ。おっさん、こいつとグルだろ?そうなんだろ?」

 先程の体格の良い少年がかろうじて言葉にする。そのほかの少年たちは身体が後ろに退いていた。逃げだす態勢に入っている。

「嘘じゃない。何で俺が見知らぬ子どものために話を合わせなければいけない?」

 少年は首を震わせながら横に振る。俺は、一歩前に踏み出す。それに合わせて、少年が一人逃げだし、みなそれに続く。残されたのは、初め砂場にいた三、四人の子供たちだった。子供たちは歓声をあげて、俺の足元に近寄る。俺は大袈裟にも見える祝福に苦笑いしながら、ネックレスを胸にしまう。

「ありがとう。雀さん。」

 俺は少女の方を向く。俺の様子がおかしいことに気が付いたのか、歓声が突然やむ。少女の笑みが消える。

「もしかして、違うの?」

 その逆だ。何で俺の名前を知っている?

「あー。ちょっと。こんなところで何してんのよ。」

 聞きなれた声がする。俺は腕をつかまれ、子供たちの環から引きずり出される。少女は笑顔だった。今持っているだろうと思われる感情とは真逆の笑顔だった。


「君、何してんの?」

「おまえを待っていたんだ。」

 俺と少女は公園の出口のフェンスに寄り掛かっていた。少女は腰に手を当てると、ため息を洩らす。なんとなく、俺もため息を漏らす。案の定、睨まれた。

「で、何してたのさ?」

「さあ?何をしていたんだろうな?」

 俺はフェンス越しに公園の中を覗きこむ。先程のポニーテールの少女とその仲間が、何事もなかったかのように砂場でまた何かを作り始めていた。少女が皆に指示を出している。俺は昨日、この公園に来たのだろうか?そして、あの少女に出会ったのだろうか?

「例のもの、運んでおいたよ。」

 少女の声で俺は我に返る。公園内の砂場から少女に視線を戻す。

「そうか。」

「君の方はどうなの?まあ、子供たちと遊んでいるくらいだから、終わったんでしょうけど。」

「問題ない。」

 俺はそう言うと、住所が書かれた紙を少女に渡した。運び出しの場所と運び先の場所だ。少女はそれを受け取ると、その紙をまじまじと見つめた。

「同じじゃない。」

「ああ。そうだな。」

「『ああ。そうだな。』じゃなくてさ。依頼の内容覚えてる?」

 少女は眉間にしわを寄せて、俺の詰め寄る。俺はフェンスから身体を起こす。

「一つ、誘拐された子供の場所を突き止めること。二つ、誘拐犯を始末すること。」

 少女は額に掌を当て、首を横に振る。少女がため息をつく。

「この住所さ、子供のいる場所と同じじゃない。君、子供もろとも殺すわけ?」

「子供を救えなんて、一言も言われていない。俺は子供の居場所をクライアントに伝えるだけだ。それに、子供なんて大人しく一カ所に留まる生き物じゃないさ。」

「まだ0歳なんだけど。」

 少女は呆れながらも紙を俺に戻す。場所を認識出来たのだろう。運び屋とやらは地図がなくとも、その場所の特徴や写真、住所で正確な場所が分かるらしい。脳波がGSPと同じ働きをしているのではないか、と思ってしまう。

「他に質問は?」

「ない。」

 少女は軽く首を横に振る。そうか、ないのか。

「なんで、逃げないんだろうな?」

 気がつくと、俺は俺の疑問を口走っていた。俺が指定した運び先は、先程この少女に運んでもらった先と全く同じだった。つまり、ターゲットは逃げないということだ。今までも逃げないターゲットは何人もいた。しかし、そういったターゲットは、決まって『殺し屋』や『雀』とは無縁の者たちだった。少しでも俺のことを知っている奴らは、全員逃げていた。例外はない。

 そして、今回のターゲットは『郭公』とやらいう、こちらの業界でも知られているプロの誘拐犯だ。俺のことを知らないということがあるだろうか?

「生きるのに疲れたんじゃない?」

 そうか。俺は少女の言葉に軽く頷く。そうなのかもしれない。堅実な人生を過ごしている人でも、生きるのに疲れることはよくある。人は生きている限り、生きるのに疲れる。それはそれで正論だ。しかし、俺はそう思っていなかった。

本当にそうか?そう尋ねようと口を開いたが、それが言葉になることはなかった。城の建設に勤しんでいる少女の叱咤激励の声が、ここまで聞こえてきた。


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