雀 6
暇を見つけ投稿しました。
今まで投稿したことのない時間帯に投稿。とくに深い意図はなく、ただ時間があったからという、ただそれだけ。でも、もしかしたらこの時間帯に投稿することで、初めてこの物語にめぐり合う人もいるのではないかという淡い期待もあったりする。
見つけてくださった方、ありがとうございます。以前から読んでくださっている皆様、これからもよろしくお願いします。
雀
「いらっしゃい。」
少女は扉を開けると、一言そう言って俺を中に招き入れた。小さなアパートの一室。玄関に置いてあるのは灰色に染まり、年季を感じさせる運動靴と黒いハイヒールだけだった。部屋も狭く、ベッド、背の低い机、テレビが人一人座れるほどの間隔で置かれていた。ベッドにはペンギンと思われる何かのキャラクターのぬいぐるみが一つ置かれていた。
典型的な一人暮らしの部屋だ。しかしこの部屋は、どこか違和感があった。
「ビールしかないけど、いい?」
俺は軽く頷き、コートを脱ぐ。少女はコートを受け取ると、ハンガーに袖を通し白いクローゼットにそれをしまった。俺は部屋をぐるりと見渡す。
「白いな。」
そう、この少女の部屋は白一色だった。数少ない家具も壁紙もカーテンも白一色だった。唯一、白くないものはベッドに置かれているペンギンのようなぬいぐるみだけだった。それは、青かった。
「ここは南極なんだよ。」
少女は缶ビールを両手に持って胸を張って答える。俺は缶ビールを受け取ると、テレビを背にして座った。少女はベッドに腰掛け、缶を開ける。炭酸が勢いよく漏れだす。
「何を言っている?ここは日本だ。」
「知ってる?南極ってどこの国の領地でもないんだよ。誰のものでもなくて、みんなのものなんだよ。」
「あんな寒いところ、誰も行きたくないだろ。」
ふと、机の上に広げられている本に目をやる。一ページに一つ、鳥の写真とわずかな説明が書かれている。そのページには『雀鷹』と書いてあった。
「私、ペンギンになりたかったなあ。」
「改名すればいいじゃないか。『雉』改め、『ペンギン』。」
そう言うと少女は眉間にしわを寄せてこちらを睨んできた。どうやら言ってはいけないことを言ってしまったらしい。とりあえず、軽く頭を下げ、謝っておく。
「そんなことより、どうなの?今回は稼げそう?」
「さあな。」
「ちょっと勘弁してよ。今回、君が一銭も貰えないからって手抜かないでよね。」
そこまで話すと二人とも黙りこんだ。いつもなら仕事の段取りを話し合うはずなのだが、今日は違った。白い部屋に取り残される雉と雀。氷のない南極にたたずむ一匹のペンギン。冷たい風が頭上を横切っている。いつから俺らはここに取り残された?
「なんだか、変だなあ。」
少女はベッドに倒れ込む。倒れ込み、白い空を見上げる。その空は時間がたってもその表情を変えることはない。
「慣れない酒を飲んだからじゃないのか?」
いや、違う。少なくとも、俺は違う。少女は何も言わなかった。いや、何も言えなかったのだろう。缶を空にし、立ち上がる。立ち上がったとき、少女は咄嗟に右腕で目を隠した。口をきつく縛っている。何かを言おうと震える唇を開こうとするが、そこからあふれ出そうとするものを抑えようとして、また口を閉じる。俺は口を開く。
「この仕事が終わったら、一緒に逃げないか?」
少女の様子は変わらない。しかし、意識がこちらに向いたようではあった。
「どこにさ?」
少女が震える言葉を発した。その振動が俺の中の何かと共鳴し、胸が締め付けられる。
「俺はターゲットがどこにいようとも、その場所が分かる。それと同じように、俺は誰にも見つからない場所を知っている。」
そうだ。逃げよう。俺は今まで数え切れないほど多くの命を奪ってきた。それが許されることだとは思っていない。しかし、それは俺たちが救われないということを意味しない。俺は一人の人間として生きていこう。逃げて、逃げて、追い詰められて、それでも生きよう。この少女にも、その権利があるだろう。俺はベッドに、少女の隣に座った。
しばらくして、少女は頷いた。口を動かしたが、何と言いたかったのかまでは分からなかった。俺は静かに少女の額に触れ、軽くなでた。




