雀 5
分かる人には分かってしまうシリーズ第二弾です。前回よりも分かりやすい、というよりも、あからさまです。
もし分かる人は、ささやかな繋がりに笑みを浮かべてください。分からない人も、もしかしたら今後の新たな出会いにつながるかもしれません。なので、よかったら考えてみてください。
雀
俺は、バーの隅のテーブルで依頼主を待っていた。カクテルに詳しくない俺は、何かの小説で見たことのあるカクテルの名前をマスターに告げたのだが、見事に緑色の液体が出てきたので俺は多少驚いた。『グラスホッパー』は実在していた。俺はその液体を一口飲んだきりだった。
「雀か?」
不意に声をかけられる。黒い髭を生やしているが、痩せこけた頬、皺だらけの皮膚、頭皮が見えている頭から判断するに、相当歳なのだろう。おそらく、五十代後半から六十代位だろうか?入口から新たな客は入ってこなかった。すると、この男はずっと俺のことを観察していたのか。そう思うと、気分がいいものではない。
「そうだ。あんたが八代か?」
八代は何も言わずに俺の隣に座る。年老いた外見に似合わず、背筋を驚くほどまっすぐにして座っていた。
「面白いものを飲んでいるじゃないか。」
八代の指さす方を見る。指の先には緑色の液体がある。繰り返すようだが、俺はカクテルに詳しくない。故に、『グラスホッパー』が面白いものかどうかなど、判断しようがない。俺は黙りこむことにする。八代がマスターにグラスホッパーを頼む。
「それで、依頼は何だ?」
八代が俺の方を見る。八代の瞳は真っ黒だった。色のグラデーションもなく、八代の目は白と黒の二色で構成されていた。このバーが暗いせいでそんなふうに見えたのかもしれない。八代が笑いかける。目は笑っていない。俺も笑う。苦笑いだ。
「君は殺し屋だ。それも、他の殺し屋とは違う。君は殺しの対象の場所が分かるらしいね。」
「あまりはっきり殺し屋だと言われたくはない。」
八代は自分の失態に気がついたのか、周囲を見回し小声で謝罪する。俺は軽く頷き、話を促す。
「どういうトリックなのかね?よかったら教えてもらえないだろうか?」
「息をするのと同じ感覚ですよ。私にも分からない。依頼はそれだけですか?」
俺は立ち上がる。八代はそれを止めようとしない。俺が八代の後ろを通り過ぎようとしたとき、八代が小さい封筒を目の前に差し出してくる。
「依頼は二つだ。子供の場所を突き止めること。そして、子供を誘拐した犯罪者を殺すことだ。」
「子供?」
「詳しい情報はこの封筒の中に入っている。子供が見つかったときの連絡先も書いてある。以上だ。」
無愛想なくせに、わざわざご丁寧なことだ。きっとこの男はこんなふうにして生きてきたのだろうな。余すところなく下準備をし、確実に成功させる。俗に言う人生の成功者によくいる類の人間だ。
「承諾した。」
俺は立ち上がり、バーの出口に向かう。マスターが一瞬、視線をこちらに向けるが、またすぐに手元のグラスに視線を戻した。
「洒落たネックレスを持っているんだな。」
八代の小さいが重みのある声が背中から飛んできた。俺は聞き流す。ポケットに入れていたネックレスを握りしめていた手が痛む。
バーから出て、地下から地上に出ると涼しい風が顔に当たる。俺は空を見上げる。空気が澄んでいるためか、星が一つ一つはっきり見える。
俺はよく星空を見る。しかし、星座はひとつも分からない。星をつなげて、そこに形を見出すことの意義が分からなかった。ふとそこで、全ての星は何らかの星座の一部になっているのだろうか、と思う。もし、全ての星が何らかの星座の一部となっているのならば、ひとつの星が消えることでその星座は意味をなさなくなる。星ひとつが星座一つを壊す。もし、そうではないのならば、星座が壊れてしまう星と星座には何の影響も与えない星があるということになる。この空の下で繰り広げられる人間と社会の関係はどちらに近いのだろうか?
そこで、俺は気がつく。俺は星座を一つも知らない。星が一つ消えたところで、それに気がつくかすら怪しい。そうだ。俺は星座を一つも知らない。
携帯が震える。俺は携帯を取り出し、耳に当てる。
「もしもし。どう?今回は稼げそう?」
先程まで聞いていた明るい声が聞こえる。懐かしい。つい二、三時間前にあったのにそう思ってしまった。間違いない。この感覚は「懐かしい」だ。
―いままでしてきたことに後悔してる?―
「あのさ、今日、雀さん仕事ないでしょ?家に来ない?打ち合わせも兼ねて飲もうよ。」
どうして、こいつは俺を家に呼ぶ?どうして、俺はこんな話をしている?どうして、声が出ない。どうして、こんなに、息苦しい?どうして―
「もしもし。どうしたのよ?返事したら?」
どうして、俺は泣いている?




