鷹 5
この話を読み進めると、少し混乱するかもしれません。鷹の思考があちこちに飛んで、つながりが全くないように見えるからです。また、彼の記憶のすべてが事実というわけでもありません。
ただ、それぞれの断片は意味を持っているので、そこから鷹の人間性を汲み取っていただけたら幸いです。
鷹
日が沈み、辺りが暗くなる。市街地から大分離れ、人の影もない。俺は一人、ビルのような高い建物もない平地を歩いていた。街灯がところどころに設置され、その街灯に照らされた道が暗闇の中に浮かんでいる。街灯と街灯の間を歩くとき、別の世界に渡るような錯覚に陥る。しかし、いくら渡れども、そこには誰もいない。
風の音すらしない夜だった。今、この世界には俺しかいない。この沈黙は、俺がこの世界の支配者であるかのような、そんな錯覚を引き起こす。
「調子に乗るな。」
聞いたことのない声が暗闇から聞こえてくる。いや、その声はこの空気を震わせてなどいない。俺の記憶が、俺に語りかけてくる。
「どうして俺の邪魔をするんだ。俺は誰にも迷惑をかけていない。放っておけばいいだろう。なんで、おまえは俺に手を出した?」
これはいつの記憶だ?これは俺なのか?覚えていない。俺はネックレスを握りしめる。
「誰かが傷つくのを見るのは、もうごめんなんだよ。」
暗闇の真ん中で俺は立ち止る。カチカチと鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえてくる。その音に合わせ、頭が締め付けられる。あまりの痛さに思わずしゃがみ込む。息を吸えども、肺に空気が入ってこない。息を吐くことを忘れ、ひたすら吸い続ける。だが、不思議なkとに、死を意識することはなかった。この苦しみは、苦しみ以上の意味を持ってはいなかった。
暗闇の向こう、いくつもの街灯の明かりの向こう側から薄汚れた笑い声が聞こえてくる。興奮を抑えきれない歓喜の声がいくつも聞こえてくる。俺はようやく大きく息を吐き出すと、足を踏ん張り、そちらの方向に歩きだす。
しばらく歩き続けると、道の真ん中で若い男たちが明かりの周りに集まっていた。街灯ではない。その光は、男たちの下からあふれ出し、理性を失った野生じみた奇妙な顔を不気味に照らし出していた。その熱気がさらに男たちの興奮を引き起こしているかのようだった。火は文明を発達させた。同時に、火は人間の最も原始的な部分を呼び起こす。
その中の一人が、何かを手に持っている。暗くてよく分からないが、クマのぬいぐるみのようだった。男は甲高い声を発し、そのぬいぐるみを目の前の火の中に躊躇いもなく放り込んだ。
その瞬間、記憶が俺に映像を見せる。赤い屋根の家。二階部分から黒い煙が立ち上る。声に出さず、涙を流す少女。一階の玄関から飛び出す少年。抱えているのは、煤まみれのペンギンのぬいぐるみだ。ぎこちない笑みを浮かべ、少女に近寄る少年。手に持っているぬいぐるみを手渡す。
「大事にしてただろ?これからも大事にしてやってくれよ。」
これはなんだ?ここはどこだ?この少女は誰だ?この少年は誰だ?俺じゃない。俺はこんな顔をしていなかった。この記憶は何だ?なぜ、こんなに苦しい?頭が痛い。視界が歪む。
「おっさん。何してんの?」
どこから聞こえる?おまえは誰だ?
「違うんですよ。僕たちは発見者なんですよ。消防に連絡をしたので、心配しなくても大丈夫ですよ。」
何を言っている?おまえは何をしている?そうだ、クライアント。クライアントはどこだ?秒針の音が頭の中でこだまする。一定のリズムで俺の頭にその音を刻みつけている。
次の瞬間、肉食獣のような声が聞こえる。その声をきっかけに、俺の体はコントロールを失った。俺の手は勢いをつけ、腰に伸ばされる。
夏の夜。熱を帯び、沈黙が訪れる。火の回りには魂を失った肉体が転がる。ナイフの先端には赤黒い液体が滴り落ち、地面にさらに黒い模様を残す。火は燃え続ける。俺はコートを脱ぎ、火の中に投げ入れる。コートが燃え尽きるのを見届けた後、俺は静かにその場を後にする。
なぜ、あの若者たちは殺された?あの若者たちは俺と何の関係がある?あいつらが死ぬことで、誰が救われる?クライアントは?クライアントはどこだ?
いや、落ち着け。考えろ。果たして俺が殺したのだろうか?俺は確かにナイフに手を伸ばした。しかし、あいつらの首にナイフを突き立てる記憶、赤黒い血が溢れだす記憶が俺にはない。そうだ。殺したのは俺ではない。俺は誰も殺してはいない。十字架のネックレスを握りしめる。
脚に振動が伝わる。クライアントだ。俺はすがりつくように携帯を開く。




