雀 4
今日まで、ほぼ毎日投稿してきましたが、これから少し投稿するペースが落ちるかもしれません。もし時間があるようでしたら、これまでの話を吟味していただけると、これから先の物語をより一層楽しめるかもしれません。
雀
「ちょっと、どこ行ってたのよ?ずいぶん探したんだから。電話しても出ないし。」
少女が軽く携帯電話を振りながら、言葉を次から次へとたたみかけてくる。俺と少女は服屋のあるビルを出て、街中を歩いていた。
「トイレに行くと断ったはずだけどな。」
「トイレに行くのに何で息が切れてんのよ。」
「走ってきたんだ。」
少女が怪訝そうな顔をする。おそらく、その瞳には額に流れる汗が映っているのだろう。汗ぐらいかいてもいいだろう、と開き直るしかない。
「いつにもまして、暑そうだね。この暑苦しいコート脱いだら?」
抵抗する間もなく、少女が俺のコートの前をはだける。その振動でネックレスが揺れ、また俺の体に静かに収まる。少女がそれを見ると、意味ありげに笑みを浮かべる。
「へえ。君も信じているんだ。意外~。」
「殺し屋ならみんなしているだろ。」
私はしてないよ、と少女はすました顔でそっぽを向く。長い黒髪が揺れる。そうだな。みんなはしていないな。心の中で訂正する。
「おまえは殺し屋じゃない。」
「十字架のネックレス。それは一体どんな意味があるんですかねえ。」
少女が砕けた口調で俺に尋ねる。いや、少女は恐らく答えを知っている。尋ねる、というよりも、確認する、といったところだろうか。
「『烏』除けだ。」
「正解。よく出来ました。やっぱり君も『烏』が怖いんだね。」
少女が笑う。俺も笑う。苦笑いだ。
「それは、やはり怖い。生きることよりも、死ぬことよりも、なによりも怖い。いまでも夜中にうなされるときがある。」
そうなんだ、と少女はつぶやく。その言葉にわずかながら俺に対する同情の念を感じることができた。
「自分のしてきたことに後悔している?」
「かもしれない。」
『烏』は無差別に神隠しをする。それは事実だ。しかし、根拠は全くないのだが、『烏』に神隠しされる人間はみな『罪』を背負っている人のような気がする。それを確かめたわけではない。確かめてはいないのだが、そう思えてしまう。
『罪』を背負っていない人間などいないのかもしれない。だから、『烏』が『罪』を背負っている人間を神隠しするという表現は意味をなさないのかもしれない。だが、なんとなく、少なくとも俺は、『烏』に消されてしまうのではないかと思えてしまう。それは『罪』の意識が『烏』を呼ぶのかもしれない。『烏』はそういう存在のような気がする。
「『烏』ってどんな人なのかなあ。」
少女がつぶやく。誰に尋ねたわけでもなく、口から漏れ出たのだろう。そう思っていると、儚くその言葉は人にあふれる街に消えた。
「あ、ちょっと待って。」
少女が俺の手を引っ張る。俺は立ち止る。そこは小さな本屋だった。
「ちょっと買いたいものがあるからさ。君、ちょっとここで待っててよ。」
そう言うと少女は本屋の自動ドアを通り抜ける。俺は言われたとおり待つことにする。
後ろを振り返る。誰もいない。いや、いる。下校途中の学生や夕飯の支度をするためにそそくさと帰る主婦、若いカップルが行き来している。その隙間、道路の向こうに影が見える。それは黒くない。白くもない。色などない。ただ、漠然とそこに浮かび上がっている。その影は人混みを通り抜け、こちらに近づいてくる。俺は動けなかった。その影から目を離せなかった。この大勢の人の中、俺に向かって近寄ってくる。鼓動が速くなる。ネックレスを握る。掌に鈍い痛みが走る。誰かが俺の肩を叩く。
「お待たせ―。あった、あった。よかったー。」
俺は振り返る。少女が笑顔で本の入っていると思われる袋を掲げ、俺に見せている。再び振り返る。日常の風景から影は消えていた。少女が表情を曇らせる。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。」
時計を見る。予定の時間まであと一時間ほどだった。俺はそのことを少女に告げ、別れる。別れるとき、少女は手を振ってくれた。
どうして、俺はこんな時間を過ごしている?そして、なぜあの少女と別れるのがこんなに切ない?




