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Scare Crow  作者: 大藪鴻大
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鷹 4

 ここのあたりから、鷹の物語は今までと少し違った感じになります。「これを書きたかったから、殺し屋の話にしたんじゃないのか」と指摘されると、そうなのかもしれません。

 アクションが好きな方も、そうでない方も、私の思う「動きの描写」を楽しんでいただけたら幸いです。

 俺はひたすら歩いていた。依頼がなければ、することがない。することといえば、なるべく人の目に留まらないようにすることぐらいだ。音楽を聴かなければ、本も読まない。ただ、思考する。幸い、思考するために必要な知識と感性を備えてきた記憶がある。

 先程のネックレスを取り出す。十字架がクロスする部分に宝石が埋められており、虹色の光を発している。この輝きは光があるからこそ存在する。もし、暗闇の中でこのネックレスをかざしたとしてもこの宝石が光を宿すことはないだろう。このネックレスは光があるからこそ、輝けるし存在できる。それは全てに当てはまるのではないだろうか。そんなことを思い、俺は裏路地に入る。建物の隙間がそのまま道になったようなものだったが、道幅は結構あった。車一台分の幅はあるだろうか。

 その裏路地の向こうには大通りが広がっている。大通りと大通りをつなぐ道のようだ。俺はその道の中ほどまで行くと、地面に座り込んだ。陽の光もさすことなく、人の目を気にせず休憩するにはふさわしい場所のように思えた。

 ゴムの臭いがする。そう思い視線を上げると、そこにはなぜか黒い車のタイヤが積み上げられていた。カチ、カチと金属がぶつかり合うような音がどこからか聞こえてくる。俺は手に握っていた十字架のネックレスを首からさげる。ネックレスに働く重力が俺の首にわずかに伝わり、それが俺の気持ちを落ち着かせた。落ち着いたせいか、俺の意識はいつのまにか俺の内側に向いていた。

 俺が仕事をすることで、クライアントは間違いなく救われている。しかし、殺された奴らは?あいつらには、あいつらの人生があったのではないだろうか?昨夜の青年たちと一人の女の、どことなく幼さの残る顔が浮かぶ。それだけじゃない。あいつらがいなくなることで、あいつらにかかわっている奴らの人生も踏みにじられるのではないか?

 俺は首を横に振る。いや、違う。殺される奴らの人生など俺の中には存在しない。俺の中に存在するのは俺の人生、そして俺に助けを求めてきたクライアントの人生だけだ。俺の中に存在しないはずの人生が、俺の中で一瞬だけ幻として現れているだけにすぎない。幻に惑わされ、躊躇ってはいけない。俺は俺の中に現れる幻、俺が無意識に作り出す幻を犠牲にして、クライアントを救わなければならない。俺は十字架のネックレスを握りしめる。


 瞼で覆われた暗闇の中、人の気配を感じた。右から歩いてくる。一歩、二歩と飛ぶようにして近づいてくる。呼吸が乱れ、空気が乱れる。高速で空間が切り裂かれ、切り裂かれた断片が風となり俺の顔に叩きつけられる。俺は身体を横に倒し、転がる。両手を地面につき、足に力を入れ、立ち上がる。視線の先では、黒いコートを着た男がナイフを振りおろしていた。男は体勢を整え、こちらを向く。顔は黒いフードに覆われ、全く見えない。

「ずいぶん物騒な御挨拶だな。俺に何か用か?」

 男はフッフッと短く息をもらしながら、構えを解こうとしない。興奮しているようだ。薬だろうか?

「俺だって人間だ。おまえの悩みぐらい聞いてやれる。一緒に頭抱えて考えてやれる。騙されたと思って、俺に相談してみろ。」

 男が声を発する。その声は言葉になっていなかった。笑い声だった。理性を失い、自らの欲望を、興奮を抑えきれずに漏れてきた笑い声だった。マズイな。どうやら話が通じる相手ではないらしい。逃げるしかない。

「人を殺したことあるか?」

「なに?」

 男は想像以上に落ち着いた、大人びた声を発した。二十代ぐらいの若者を想像していたが、今の声から受けた印象は俺と同じくらいか、年上だ。空気が息を潜めているような、そんな静寂が漂っていた。

「あるだろう?人殺しの目をしている。」

「そうか。あいにく、鏡で自分の目を観察したことがないのでな。今、俺がどんな目をしているのか想像できない。」

 動物じみた笑い声がまた聞こえる。男は一歩一歩近づき、間合いをはかっている。俺もそれに合わせて一歩ずつ退く。

「まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。自己紹介をしよう。俺は、鷹というんだ。おまえは?」

 それが合図になったのか、男は右足に力を入れ、奇声を発し、懐に飛び込んできた。間合いはまだ随分ある。やはり、素人か。俺は後ろにわずかに退き、腰に手を当てる。鞘からナイフを取り出し、目の前の空振りした男の首を狙う。刃先が男の首をめがけて、空気を切り裂く。

 寸止めをしようとしたのが悪かったのか、俺のナイフの刃先は男の首元にはなかった。ナイフは何もない空間で止まった。咄嗟に視線を落とすと、男はしゃがみ込み、俺の右足にナイフを突き立てようとしていた。俺は右足を振る。男の顎下に的中し、男は軽く飛ばされる。男は背中が地面にたたきつけられると、即座に立ちあがり、野性的な笑い声を洩らしながらナイフを構える。

「なかなかやるな。只者じゃないな。」

 俺は右足を軽く振る。人の体を蹴り飛ばすには、身体に随分負担がかかる。男を見るが、全くダメージがないと言っていい。蹴り損だ。

 この男はいったい何者なんだ。動きは遅いが、俺の動きが見えている。今の蹴りも受け流した。ただの狂人じゃない。

こいつも殺し屋だ。

「誰に雇われた?」

 男は笑う。笑い続ける。笑い声の間にカチ、カチという音が入る。男は静かに両腕を大きく左右に広げる。

「考えろ。おまえは俺を知っているはずだ。」

 男が再び飛び込んでくる。気をとられているうちに男は間合いに入ってきていた。しまった。男のナイフが心臓に向かって飛んでくる。両肘を曲げ、胸の前で構える。

 

 身体に痛みが走ることはなかった。ナイフは鋭い音を鳴らし、地面に落ちていた。男は頭を抱えていた。声にならない叫び声を発していた。それこそ、断末魔の叫び声だった。男は頭から手を離すと、がむしゃらに胸のあたりを掻き毟っていた。男の手は何かをつかみ、それを服の中から引っ張り出した。男はそれを強く握りしめる。

「来るな。来るな。消えろ、消えろ、消えろ!」

 男はナイフを素早く拾うと、来た道を走って去って行った。俺は一人陽に光の届かぬビルの谷間に取り残された。静寂が漂う。わずかなに吹きつけてきた風が、頬をつたる一筋の汗を冷やした。

「一体何だったんだ。」

 俺はビルの谷間から空を見上げる。空が茜色に染まってきた。俺は胸元から十字架のネックレスを取り出す。さっき男が握っていたものも、これに似ていた。男が発した言葉を思い出す。

 ―考えろ。おまえは俺を知っているはずだ―

 男の右手には鈍く光るナイフ。舌切雀。俺が今すぐ思いつく名前はこれしかない。そうだ。俺は雀に狙われた。だとしたら、雀が今すぐ、俺を殺しに来ても不思議ではない。ただ、俺の記憶にある雀は爆弾を使うはずだ。

 いや、違う。考えろ。雀が爆殺しかしないと断言はできない。ナイフを使う場合もあるのかもしれない。ナイフを使う雀の犯行が「舌切雀」という名前を生みだしたのかもしれない。そうだ。あれは雀だ。俺は雀に狙われ、殺されそうになった。それが何よりの証拠だ。雀は二羽も必要ない。

 カチ、カチと音が鳴り始める。音が鳴る方に視線を向ける。そこには強いゴムの臭いを放つ、黒いタイヤが積まれているだけだった。


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