鳩 4
この物語の登場人物に鳥の名前が使われているのは、今までの話を読んでいただければお分かりかと思いますが、「なぜ鳥なのか。」と問われると、正直、その答えはありません。
敢えて言うなら、鳥の名前でおもしろい発見があったので、利用しただけです。その発見は、今後の物語を読んでいただければわかると思います。
ちなみに、「子規」と書いて「ホトトギス」と読むそうです。正岡子規がどうなのかは分かりませんが、参考までに。
鳩
俺は背の低いテーブルに座り、チャーハンを頬張っている。テレビではバラエティー番組をやっているらしく、ところどころ笑い声が聞こえる。目の前ではこのチャーハンを作った本人がチャーハンを食べている。豪快なその食べ方は、テレビの CMのようにこちらの食欲をそそるものであり、自然とこちらの食も進む。
「冷凍食品で悪かった。ちょうど材料を切らしててな。」
男は顔を上げると、今さら謝罪のような言葉を述べる。材料がないのは、ここが仮の住まいだからじゃねえのか。笑い声が入る。笑えねえよ。
「おっさん、本当に運び屋じゃないのかよ。」
「だから違うと言っているだろう。諦めの悪い奴だな。」
郭公と名乗る男は最後の一口を飲み込むと、スプーンを静かに皿に置く。口角を上げ、目尻の皺を増やす。
「でも、おっさん、一般人じゃないだろ。俺は見たからな。おっさんがリュックにあいつを入れて運んでいるのを。」
俺はベッドで天井を見上げているだろう赤ん坊を指さす。男は俺の指さす方、ベッドの方を見る。
「あんな物騒なもの昼間から振り回す奴が、俺のこと知らないのか。運び屋を知っている人間が郭公という名前を聞いて何も感じないのか。寂しいな。」
指で作った拳銃を振りながら、男は目を細める。言葉通り、悲しんでいるようにも見えたし、昔を懐かしむようにも見えた。
「知らねえよ。郭公なんて。」
「おまえが言うなら、そうなんだろうな。知らないんだろう。ところで、名前は何と言う?」
「鳩だ。」
「鳩?」
またしても、笑い声が入る。いや、笑うところじゃないだろうよ。こちらの心を乱し、言いようのない曖昧な不安を引きだす笑いだ。俺は声が大きくなる。
「そうだよ。悪いか。」
「いや。いい名前だ。自分でつけたのか?」
「そうだよ。悪いか。」
俺はチャーハンを一気にかきこむ。空になった皿を乱暴に机に置くと、男が手を伸ばし皿を片づけ始める。蛇口から流れる水の音が聞こえ、止まる。次に、男は哺乳瓶で赤ん坊にミルクを飲ませる。その一連の動作の間、俺はテレビを見ていた。相変わらず笑っている。むやみやたらと笑っている。面白くもなんともねえのに、笑っている。笑えねえよ。
やがて、男が机に腰掛ける。行儀が悪い、と言いたくなるところなのだろうが、その姿はなかなか様になっていた。どこかの雑誌の一ページのような、スタイリッシュな光景だった。
「はっきり聞こう。おまえは殺し屋だろう?」
「だったらなんだよ。」
俺は振り返ることなく答える。今さら隠す必要もないだろう。こいつが運び屋じゃないならば、もうすぐ俺は殺される。
「何で俺を殺さない?」
笑い声が聞こえる。俺も腹の底からこみあげてくる痙攣に耐えられず、笑う。
「おっさん、死にたいのか?会社、リストラでもされたの?」
「質問を変えよう。本当に俺が誰だか分かってないのか?」
「だから郭公なんて知らねえって。あいにく、テレビも雑誌も見ないのでね。」
テレビが音もなく突然暗くなる。俺は軽く舌打ちして男の方を向く。男の手にはテレビのリモコンが握られていた。
「お楽しみのところ悪いな。ちょっと話に付き合ってもらいたくてな。」
話。そういえば、仕事以外で人の話を聞くのは随分久しぶりだ。話を聞くこと自体、嫌いではない。小学生の頃、誰も聞かないようなくだらない先生の雑学でさえ、全て真剣に聞いていた。その頃の俺は、人の話を聞いてさえいれば、立派な人になれると心から信じていた。しかし、成長するにつれ、そんな機会もなくなっていった。自らの勘違いも思い知らされた。
「いいぜ。付き合ってやるよ。」
男は大きく、深く頷く。
「『CROW』は知っているか?」
「クロウ?ああ、もしかしてカラスのことか。カラスなんてそこら辺にいる鳥だからな。みんな知っているだろ。」
俺は自然と言葉が出る。まさか、あっちの方じゃないよなと高をくくっていたのだが、そのまさかだった。
「いや、神隠しの方の『烏』だ。知っているだろう?」
『烏』。神隠し。伝説の犯罪者。俺の今いる世界で『烏』を知らない奴はおそらく一人もいない。情報に疎い俺ですら、知っている。
「『烏』は誰にも見えない。存在するかさえも怪しい。都市伝説だという輩もいるくらいだ。しかし、『烏』は見えなくとも神隠しの存在は知れ渡った。なぜか知っているか?」
男の声には重みがある。その重みには威厳が溢れており、聞く者の心をとらえ、反発すら許さない。
「黒い羽が落ちているからだろ。」
俺は、ついこの間身につけた知識を得意げに披露する。男は頷く。
「そうだ。その話には始まりがある。ある日、ある男がターゲットを追跡していた。目的は定かではないが、男は瞬き一つこらえて追跡し続けた。
あるところで、ターゲットが裏路地に入った。男はチャンスだと思い、ターゲットに早歩きで近づいた。すると、突然突風が吹いた。男は思わず目を閉じた。一瞬だ。男が再び目を開けたとき、そこにターゲットの姿はなかった。
男は首をひねった。なぜならそこは一本道。どこにも隠れる場所もなく、向こうの大通りに出るまでかなりの距離がある。走った足音も聞こえなければ、叫び声一つ聞こえなかった。男はそれでも懸命に探した。探した結果、見つけたのは一枚の黒い羽だけだった。
そして数日後、そのターゲットが行方不明になったという情報が入る。ターゲットを追っていた男もその何週間後か、部屋に黒い羽を残して消えた。『烏』の誕生だ。」
俺は身震いした。真偽はともかく、よく出来た話だった。男の話し方が上手いのか、話し自体に魅力があるのか、とにかく、その話は俺の心が日常では味わえない感動に満たされるのに十分な魔力を持っていた。
「すげえ。おっさん、なんでそんな話知ってんだ?俺も知らなかった話を―」
俺は感動の溜息が洩れる。男は話を続ける。
「それから数年後、『烏』が姿を見せたと話題になった。『烏』は神隠しを続けていた。しかし、隠すだけじゃなかった。『烏』は乳児を隠し、別の家に乳児を現した。そのとき、その家にいた女性がフードをかぶりリュックを背負った人物を見かけたと噂が流れた。
しかし、それは『烏』ではないという説も出てきた。その乳児の移動を行ったときは、肝心の黒い羽が残されていなかった。さらに、その後、『烏』が乳児も含めて一家全員神隠しにした事件が起きた。黒い羽も落ちていた。そのときが特別だったのか、それとも乳児を運んだのは別人なのか、いろいろ噂された。
そこで、乳児の移動を行う方に別の名前を与える輩が出てきた。その名前が―」
「郭公。」
男は目尻の皺を増やす。話を聞いているうちに、その名が自然と口からこぼれた。頭の中に埋もれていた記憶が湧き水のように湧き出てきた。俺の声は震えていた。ベッドの方に視線を送る。赤ん坊は眠ってしまったのか、静かだった。
「じゃあ、あんたが―」
「だから言っているだろう。俺は郭公だと。」
赤ん坊が静かに、そして大声で泣き出す。確かに、ここは泣くところかもしれない。




