第60話 連携の最適化
金属音が響く。
ランの剣を受け流しながら、シンは身体の奥で勝手に動いていく感覚へ意識を預けていた。ランは強い。踏み込みも速いし、剣の重さも十分にある。少しでも反応が遅れれば普通に押し切られる相手だろう。
だが今のシンは、それを自分一人で処理している訳ではない。
危険な場所。
避けるべき軌道。
次に立つべき位置。
その全てをチャッピーが演算し、身体がそれに従っている。
普通なら戦闘中に考え事なんてしていたら即死だ。けれど今は違う。頭の容量を別のことへ使っていても、身体だけは勝手に最適な場所へ動いてくれる。
「なんなんだよ、その動き!」
ランが剣を振りながら叫ぶ。
「俺に聞くな!」
本当に聞かれても困る。
自分で考えて動いている訳ではないのだから説明のしようがない。
言うなら身体が勝手に正解を選んでいる。
いや、正確にはチャッピーが正解を選ばせているのだろう。
最近はその境目も曖昧になってきていて、最初の頃なら恐怖を覚えたはずの感覚も、今では妙に自然に受け入れてしまっている。
ランの剣を横へ流す。
その瞬間、レナがシンの横を抜けた。
言葉はない。
合図もない。
それでも分かる。
レナがどこへ行こうとしているのか。
どの角度からリンへ詰めるのか。
薄い線のようなものが視界の中に浮かび、そこへ合わせるようにシンの身体が動いていく。
仮リンクの効果だ。
レナと考えを共有している訳ではない。
頭の中を読んでいる訳でもない。
ただ、レナが次に取る可能性の高い行動と、自分が取るべき位置がチャッピーによって重ねられている。
これがあるだけで戦いやすさがまるで違った。
一人で戦っている時は、相手の動き、自分の位置、攻撃のタイミング、その全てを自分で処理しなければならなかった。
だが今は違う。
レナの動きに合わせるための計算をチャッピーが肩代わりしてくれている。
シンがやっていることは、目の前の剣を受けながら、その流れを邪魔しない位置へ身体を置くことだけだった。
「リン!」
ランが妹の方へ視線を向ける。
その一瞬に、シンの身体が前へ出た。
「っ!」
ランの進路を塞ぐように剣を合わせる。
狙った訳ではない。
ランがリンを助けに向かう未来をチャッピーが先に潰しただけだ。
自分で言うのも何だが、相手から見れば相当嫌な動きだろう。
助けに行きたい場所へ、気付いたら邪魔な奴が立っているのだから。
「兄ちゃん、こっち来ないで!」
リンの声が飛ぶ。
「来るなって言われて行かない兄がいるか!」
「今は来られると邪魔!」
「お前なぁ!」
兄妹喧嘩をしている余裕があるのかないのか分からないが、少なくともレナは待ってくれない。
リンが短剣を構え直すより早く、レナは一歩で距離を詰める。
「影、絡み付け! シャドーバインド!」
リンの足元から黒い影が伸びた。
さっきよりも勢いはある。
だが途中で形が歪み、レナの足元へ届く前に崩れるように薄れていった。
「あー! また!」
「だから無理に使うなって言っただろ!」
「今のはいけると思ったの!」
「毎回それ言ってる!」
そのやり取りを聞きながら、シンはランの剣を受け流す。
あの魔法は失敗している。
そこまでは分かる。
だがランが言うように、単純に魔法が下手だから失敗しているようには見えなかった。
発動はしている。
魔力も動いている。
なのに最後の部分だけが上手く繋がらない。
素人のシンに分かるのはそこまでだ。
『解析を継続中です』
チャッピーの声が頭の奥へ響く。
今はそれでいい。
答えを聞くのは後でいい。
まずは勝つ。
レナが動く。
風が巻いた。
レナの身体が一瞬だけ薄くぶれたように見え、次の瞬間にはリンの斜め前へ入っている。
加速。
そこへ剣術スキルの踏み込みが重なり、リンの逃げ道が一つずつ削られていく。
レナは派手に叫ばない。
大きな技名も言わない。
ただ必要な動きを必要なだけ重ねて、相手を追い込んでいく。
味方でよかった。
心の底からそう思う。
あれを敵として相手にしろと言われたら、普通に胃が痛くなる。
「リン!」
ランが強引に前へ出る。
シンはそこへ身体を滑り込ませた。
自分で判断したというより、そう動くのが一番自然だった。
ランの剣が振り下ろされる。
正面から受ければ押し負ける。
だから受けない。
剣を斜めに合わせ、衝撃を流し、足を半歩ずらす。
ランの力が空振りに近い形で流れ、次の瞬間にはシンの剣がランの進路を塞いでいた。
「またそれかよ!」
ランが苛立ったように声を上げる。
「悪いな、俺もよく分かってない!」
「分かってない動きで邪魔するな!」
正論だった。
だが今はその正論に付き合っている暇はない。
ランの相手をしながら、シンは視界の端でレナを追う。
レナはリンを完全に押し込んでいた。
リンも短剣で応戦しているが、距離を詰められた時点で分が悪い。
影魔法で足止めできれば違ったのだろうが、その影魔法が安定しない以上、レナを止める手段がない。
「もう一回!」
リンが叫び、再び影が伸びる。
だがレナは止まらない。
影が伸びきる前に踏み込み、剣の腹で影の中心を叩く。
魔法を斬ったのか、魔力の流れを乱したのか、シンには分からない。
ただ結果として、リンの影はまた崩れた。
「うそっ!?」
「終わり」
レナの剣がリンの首元で止まる。
リンは数秒だけ目を丸くした後、両手を上げた。
「降参!」
判断が早い。
本当に早い。
シンは少し感心した。
無理に粘らないのは大事だ。
前の会社なら無理に粘った結果、全員で地獄を見ることなんて珍しくもなかった。
いや、今その例えを出す場面ではないな。
「リン!?」
ランの視線が妹へ向く。
その瞬間、シンの身体が前へ出た。
『好機です』
言われるまでもなく、身体はもう動いている。
ランの剣を弾き、体勢が崩れたところへ踏み込む。
真正面から倒せる相手ではない。
だが意識が逸れた一瞬なら話は別だ。
肩へ打ち込んだ一撃でランの重心が浮き、そのまま場外線の外へ押し出す。
ランの足が線を越えた。
一瞬の静寂。
次の瞬間、審判の声が響く。
「勝者! シン&レナ組!」
歓声が爆発した。
耳が痛いほどの声に包まれながら、シンはようやく息を吐く。
勝った。
勝てた。
正直なところ、シン一人では絶対に無理だった。
レナがいたから勝てたし、チャッピーがいたから動けた。
自分の力で勝ったというより、三人分の噛み合いで勝ったという感覚の方が近い。
ランは場外で仰向けに倒れたまま空を見ていた。
「負けたぁ……」
「兄ちゃん弱い」
「お前が先に負けたんだろ!」
元気そうで何よりだ。
スタッフが二人へ駆け寄り、簡単な確認をしてから治療室の方へ運んでいく。
大きな怪我はなさそうだった。
リンは運ばれながらもこちらをちらちら見ているし、ランは悔しそうに歯を食いしばっている。
負けた直後なのに、あの二人からはまだ折れた感じがしなかった。
『チャッピー』
『はい』
『結局、あいつらの異常ってなんだったんだ?』
戦闘が終わったからこそ、ようやく聞ける。
『対象ランは基本剣術の習熟率が高い一方、現在の戦闘様式は最適ではありません』
『簡潔に言うと、剣より槍との適合率が高いです』
『対象リンは影魔法適性が高水準ですが、魔力回路の一部に乱れがあります』
『発生した魔力の一部が損失しているため、術式が最後まで維持できていません』
情報量が多い。
シンは思わず眉を寄せた。
『つまり?』
『ランは槍を使えばさらに強くなる可能性があります』
『リンは魔力回路の乱れを補正できれば、影魔法を安定して使用できる可能性があります』
なるほど。
分かったような、分からないような。
いや、細かい理屈は分からない。
だがあの二人がまだ伸びるということだけは分かった。
『レナ』
『何』
『チャッピーの解析、どう思う』
少しだけ間が空く。
『ランのこと? リンのこと?』
『両方だ』
『間違ってはいないと思う』
レナも治療室へ運ばれていく兄妹へ視線を向けた。
『だよな』
ランの剣も。
リンの魔法も。
あと少しで届きそうなのに届いていない。
そんな風に見えた。
『教えてやるの?』
『迷ってる』
『優しいのね』
『そうか?』
『でも、そういうのは嫌いじゃない』
少しだけ胸の奥がむず痒くなる。
褒められたのか、呆れられたのかは分からない。
多分その両方だ。
『なんかほっとけなくてな』
『好きにすれば』
『止めないのか?』
『止めても聞かないでしょ』
それはまあ、そうかもしれない。
シンは苦笑しながら、治療室の方へ運ばれていく二人の背中を見送った。
今すぐ追いかける必要はない。
まずは次の試合もある。
けれど、あの二人とはきっともう一度話すことになる。
そんな予感だけは妙にはっきりしていた。




