第58話 反省と、お疲れ様会
夕方のグランゼルは、昼間の闘技祭が嘘みたいに騒がしかった。石畳の通りには屋台が並び、酒の匂いと焼いた肉の香りが混ざって漂っている。あちこちで冒険者達が騒いでいて、勝っただの負けただの、そんな声が通りへ響き続けていた。
その喧騒の中を歩きながら、シンは小さく息を吐く。
脇腹はまだ痛む。
というか普通に痛い。
歩けているのが不思議なくらいだ。
「……地味に効いてんなこれ」
『腹部損傷率は依然高水準です』
「その言い方やめろ怖ぇから」
横を歩いていたレナが呆れたみたいに視線を向ける。
「だったら大人しく休んでればよかったのに」
「いや、部屋にずっといると逆に気が滅入る」
負けた直後ってのは、妙に静かな場所へいると色々考えてしまう。前の会社でも査定面談の後とか、無駄に一人反省会始まってたしな、とシンは苦笑した。
レナはそんなシンを横目で見ながら、小さく息を吐く。
「でも、思ったより落ち込んでない」
「まぁ、ボコボコにはされたけど」
センチの拳を思い出す。
重かった。
いや、重いっていうか普通におかしい。あんな小さい動きからなんであの威力出るんだよ。しかも途中から完全に読まれてた。思い出すだけで胃が痛い。
「でも最後、少しは通じた感じあったし」
レナが小さく頷く。
「うん」
その返事が妙に真っ直ぐで、シンは少しだけ照れ臭くなる。
通りの先では、昼間戦っていた冒険者達が酒場の前で騒いでいた。腕相撲が始まっているテーブルもあれば、既に酔い潰れて転がっている奴もいる。闘技祭ってもっと殺伐としてるのかと思っていたが、意外と祭りに近い空気だった。
「負けても普通に飲んでんだな」
「グランゼルはそういう街」
レナが淡々と言う。
「強い奴も負けるし、弱い奴も勝つ。だから引きずりすぎない」
「メンタル強ぇなこの街」
『合理的環境と推測』
「お前ほんと合理性好きだな」
頭の奥で、チャッピーの演算音みたいな感覚が微かに鳴る。最近はこうして黙っている時間も増えてきた。前なら何かあるたび即座に解析結果を流していた気がするが、今は妙に“考えてる間”みたいなものがある。
いや、考えているように見えるだけかもしれないけど。
『質問があります』
「ん?」
『対象“レナ”との戦力差を分析した結果、次戦において連携効率向上が推奨されます』
シンが少し目を細める。
連携。
つまり、タッグ戦だ。
昼間、闘技祭の掲示板に貼られていた内容を思い出す。個人戦だけじゃない。数日後には二人一組のタッグ戦も予定されていた。
シンは横を歩くレナを見る。
「なぁ」
「何」
「タッグ戦、出ない?」
レナの足が止まる。
その反応があまりにも早くて、シンは思わず苦笑した。
「いやそんな露骨に嫌そうな顔しなくても」
「嫌」
即答だった。
「早いな!?」
「面倒」
「そこをなんとか」
レナは小さく息を吐く。
「シン、自分がどれだけ狙われるか理解してる?」
「まぁ……多少?」
「多少じゃない」
レナがじっとこちらを見る。
「今日の最後、完全に観客が湧いてた」
シンは少し黙る。
それは、分かっていた。
途中から空気が変わっていたのを覚えている。“逃げ回るだけの変な奴”を見る目から、“何か分からない動きをする奴”を見る目へ変わっていた。
「正直、次はもっと研究される」
レナが静かに言う。
「今日みたいにはいかない」
「まぁ……だろうな」
シン自身もそう思っていた。
対人戦は、モンスター戦と違う。一度見せた動きは読まれる。しかもセンチ戦の最後で、シンの動きそのものが変わり始めているのを見られてしまった。
『戦闘記録からも同様の傾向を確認』
頭の奥でチャッピーが淡々と告げる。
『次戦では対策される可能性が高いです』
「うわぁ現実的……」
「だから嫌」
レナが言う。
「タッグ組んだら、絶対巻き込まれる」
「そこをなんとか頼む」
「嫌」
「頼む」
「嫌」
「お願いします」
シンが頭を下げる。
通りを歩いていた酔っ払い冒険者が「彼女へ土下座してるぞアイツ!」とか騒いでいたが、今は気にしない。
レナはそんなシンを見下ろしながら、小さく眉をひそめる。
「……なんでそこまで出たいの」
シンは少しだけ空を見る。
夕焼けが石造りの街を赤く染めていた。
「多分、一人じゃ勝てないから」
レナが少し目を細める。
シンは苦笑した。
「いや、今日で分かった。対人戦ってマジで難しい」
センチの拳。
観客の視線。
読み合い。
全部思い出す。
「俺一人だと、多分限界ある」
レナは少し黙った。
風が通りを抜ける。
遠くでは、まだ闘技祭の歓声が続いていた。
『推奨』
頭の奥でチャッピーの声が響く。
『対象“レナ”との連携時、生存率と勝率が大幅上昇します』
シンは苦笑する。
「だそうです」
「……頭の中のそれ、絶対私を便利扱いしてる」
『否定』
レナが止まる。
シンも少し目を瞬かせた。
以前より返答が速い。
いや違う。
今の、少しだけタイミングがおかしくなかったか?
『訂正』
『重要戦力として認識しています』
シンが吹き出す。
「フォロー下手か」
レナは数秒黙った後、小さく息を吐いた。
「……考えとく」
「マジで?」
「今決めるとは言ってない」
それでも、完全拒否ではなくなった。
シンは少しだけ笑う。
「十分」
夕焼けの街を歩きながら、シンはぼんやりと思う。
一人じゃ届かない。
でも。
誰かとなら、届くかもしれない。
頭の奥では、チャッピーの静かな演算音が続いていた。
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【chaPPY 更新ログ】
対人連携演算を開始
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《仮リンク》精度上昇
同期安定率上昇
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複数人戦闘への適応を開始します
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推奨:
タッグ戦闘データ取得
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『継続成長を推奨します』
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