第56話 センチ③
脳の奥で鳴り続けるノイズが、少しずつ現実感を削っていく。
それでも視界だけは異様なほど冴えていて、観客席の動きも、地面を踏み鳴らす振動も、空気中へ漂う魔力すら薄い線みたいに繋がって見えていた。
『演算負荷上昇』
『外部演算領域との同期率が上昇』
「っ……お前、今なにしてる……!」
『解析を継続します』
「いや説明を――!」
センチが踏み込む。
速い。だが、その踏み込みはもう“見えない速度”じゃなかった。重心移動と空気の揺れが僅かに先へ走り、シンは半歩だけ身体を流しながら拳を避ける。
そのまま肩を押し込み、崩れた体勢へ剣を振る。
火花が散る。だが浅い。
センチは即座に腕で流していた。
「……っ」
届かない。それでも、センチの眉が僅かに動く。
「また変わった」
「そりゃ、毎回同じことしてたら死ぬんで」
「普通は急に変わらない」
センチの声は静かだった。静かだからこそ重い。
シンは距離を取りながら息を吐く。肺が焼けるみたいに熱い。頭の奥では、まだノイズみたいな音が鳴り続けていた。
『負荷上昇』
『演算領域不足』
「限界あるなら先に言えって……!」
その瞬間、センチの姿が視界から消えた。いや違う。
踏み込みが小さすぎる。
気付いた時にはもう横へ回り込まれている。
「っ――!」
拳が脇腹へめり込んだ瞬間、衝撃で呼吸が潰れる。シンの身体はそのまま地面を滑り、観客席から歓声が爆発した。
「入ったァ!!」
「センチの読み勝ちだ!!」
シンは咳き込みながら無理やり立ち上がる。脇腹が熱い。まともに入っていたら、多分折れていた。
センチは追撃してこない。静かにこちらを見ている。
観察している。
「……マジでやりづれぇ……」
『対象は反応学習を行っています』
「知ってる……!」
シンが剣を握り直す。汗で滑る。呼吸も乱れてきた。
それでも、不思議と恐怖だけではなかった。前より確実に見えている感覚があった。
センチも、それを感じ取っていた。
「君、最初と動きが違う」
「まぁ、必死なんで」
「違う。対応してる」
センチの目が細くなる。
観客席の空気も変わり始めていた。最初は押されていた。だが今は違う。完全に読まれてはいない。
「シン、粘ってるぞ……!」
「なんだあの避け方……!」
「最初より明らかに動き変わってねぇか?」
シンは呼吸を整える。
センチは強い。
間違いなく、自分より上だ。
だが、通じないわけじゃないとシンは確かに感じ始めていた。
『適応演算を更新』
『行動予測精度上昇』
視界の中で、薄いラインが変化していく。
今までは、“最適解をなぞる”感覚だった。でも違う。途中で変えられる。ズラせる。読ませた上で、その先を変化させることができる。
シンは小さく息を吐いた。
「……お前、進化速度おかしくないか」
『継続学習中です』
「便利な言葉だなおい」
苦笑が漏れる。
そしてセンチが踏み込むと、空気が揺れるより先に拳が視界へ入り込んできた。
速い。
だが、今度はシンも前へ出る。
観客席がどよめいた。
「行った!!」
センチの拳が来る。
シンは半歩だけ横へズラす。その動きへ反応したセンチが追う。
だが次の瞬間、シンの重心が逆方向へ切り替わった。
踏み込む。
「――っ!」
センチの目が揺れる。
剣が懐へ滑り込む。
浅い。
それでも届く。
センチが咄嗟に身体を捻る。刃が肩を掠め、血が散った。
歓声が爆発する。
「また入れた!!」
「読ませたぞ今!!」
「変化してる!!」
センチは後ろへ下がる。
そして初めて、小さく息を吐いた。
「……なるほど」
静かな声だった。
だが、その目は確かに変わっている。最初の“観察対象”を見る目じゃない。“対応しきれない可能性”を見る目だった。
その瞬間、頭の奥でチャッピーの声が響く。
『世界演算痕跡を継続検出』
『外部演算領域との接続率が上昇』
シンの背筋へ冷たいものが走る。
まただ。
あの感覚。
空間のさらに奥で、巨大な何かが静かに脈打っている。
『接続安定化を開始』
「……待て、お前それ――」
次の瞬間、脳へ激痛が走った。
視界がブレる。
膝が揺れる。
観客席がざわつく。
だが、揺れているのは視界だけじゃない。世界そのものが、一瞬だけ“ズレた”みたいな感覚があった。
魔力の流れ。
人の動き。
空気。
全部が巨大な演算の中で動いている。
そんな理解不能な感覚だけが頭へ流れ込んでくる。
『世界法則との類似性を確認』
『解析を開始します』
「……は……?」
理解が追いつかない。
だが、考える暇はない。
センチが構える。
静かに。
だが深く。
「終わらせる」
踏み込み。
速い。
シンは見えていた。
見えていたのに。
身体が追いつかない。
「っ――!!」
拳が腹へ突き刺さる。
衝撃が全身を貫いた。
呼吸が止まる。
視界が白く弾け、そのまま身体が大きく吹き飛ぶ。
地面へ叩きつけられた瞬間、歓声と怒号、その奥で鳴る鐘の音が遠く滲んで聞こえた。
『戦闘継続困難』
『演算停止を開始』
シンは霞む視界の中で、小さく笑った。
「……負けた、か」
悔しい。
でも。
掴みかけていた。
確かに。
世界の“何か”へ触れ始めていた。
倒れたシンを見下ろしながら、センチが小さく目を細める。
「……怖いな」
誰にも聞こえないくらい、小さな声だった。
「君、次はもっと変わってる」
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【chaPPY 更新ログ】
戦闘データ解析完了
《適応演算》精度上昇
対人戦闘補助を更新
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新規検出:
《外部演算領域》
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継続解析を開始します
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世界システム解析率:
0.13%
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新規取得:
《世界演算痕跡検出》
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警告:
高負荷状態を確認
同期接続は不安定です
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『……継続観測を推奨します』
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ログを追加しました。




