第54話 センチ①
開始鐘が響いた瞬間、センチの姿が揺れた。
速い。だがミリグみたいな爆発力じゃない。踏み込みは異様に小さく、気付いた時にはもう間合いへ入られている。
シンは反射的に身体を流したが、拳は頬を浅く掠め、遅れて熱みたいな痛みが走った。
「見えねぇ!!」
「もう入ってるぞ!!」
歓声が揺れる。
シンは距離を取りながら小さく息を吐いた。やりづらい。だが、想定通りでもある。
相手を読むタイプ。しかも浅い観察じゃない。癖や重心、反応速度まで含めて固定してくる。昨日の試合を見た時点で、もう理解していた。
センチは追ってこない。
静かに立ったまま、ただこちらを見ている。その視線には焦りも殺気もなく、反応を待っているみたいな静けさだけがあった。
「……胃に悪ぃな、マジで」
前の会社を思い出す。静かな奴ほど怖い。そして大体有能だ。
センチが小さく首を傾げた。
「避けるね」
「まぁ、殴られたい趣味はないんで」
「でも」
センチの目が細くなる。
「君、横へ流れる癖がある」
踏み込みと同時に拳が走る。
速い。
シンは横へ流れる。だが、その先へ拳が先回りしていた。
「っ――!」
無理やり剣で逸らす。重い。衝撃が腕の奥まで響き、痺れみたいな感覚が残った。
観客席がどよめく。
「読んでるぞ!!」
「シン押されてる!!」
シンが呼吸を変える。その瞬間、センチの踏み込みが重なった。
「……やっぱ見てるよな」
『観察精度、高』
『対応型戦闘スタイルを確認』
「だろうな……!」
距離を取る。まだ数合しか打ち合っていない。それなのに妙に疲れる。呼吸のタイミングまで見られている感覚があった。
センチは構えを崩さないまま口を開く。
「君、多分、考えながら戦うタイプだよね」
「力押しできる身体じゃないんで」
「分かる」
即答だった。
「だから動きが丁寧」
センチは視線を落とす。
「でも、丁寧すぎる」
次の瞬間、踏み込みと同時に拳が走った。
シンは反射的に後ろへ下がる。そこへさらに追撃が重なる。
読まれてる。
だが、シンはもう迷わなかった。
読むなら、読ませる。
後ろへ下がると見せる。重心だけ残して、踏み込む。
「――っ!!」
観客席がどよめいた。
センチの目が初めて揺れる。
拳が空を切る。その懐へ、シンの剣が滑り込んだ。
「クロスエッジ!!」
火花が散る。
センチが腕で強引に逸らした。だが完全には流しきれず、刃が浅く腕を裂く。
歓声が爆発した。
「入った!!」
「今読ませたぞ!?」
「避けると思わせた!!」
シンは息を吐く。心臓がうるさい。でも、今のは通じた。
センチは腕を見下ろす。
薄く血が滲んでいた。
そして、少しだけ笑う。
「……変わった」
「まぁ、同じこと繰り返してたら、対応されるんで」
「学習してるんだ」
「そっちが読むなら、こっちも変えるしかないでしょ」
その瞬間、センチの空気が変わった。
踏み込みが深い。さっきまでと明らかに違う速度で拳が視界へ迫ってくる。
「っ――!」
ギリギリで流す。だが止まらない。
二撃目。
三撃目。
小さい動きなのに速い。しかも一切無駄がないせいで、次の拳が来るまでの感覚が異様に短かった。
『演算負荷上昇』
『回避補助を開始』
脳が熱い。情報量が多すぎて視界が揺れる。それでも、不思議と前より見えていた。
チャッピーの補助精度が、戦いながら上がっている。
違う。
こいつ、学習してる。
『外部演算領域との類似性を確認』
「……は?」
頭の中へ、いつもの無機質な声が響く。
『継続解析を推奨』
「今それどころじゃ――!」
センチが踏み込む。
速い。だが、その瞬間だけ拳の軌道が線みたいに頭へ流れ込んできた。
見えた。
シンは最小限だけ半歩ズレる。拳が頬横を通り抜け、遅れて風圧だけが肌を叩いた。
観客席がどよめく。
「また避けた!!」
「今の反応なんだ!?」
センチの目が細くなる。
初めて、“読めない”と感じた顔をしていた。
その瞬間だった。
世界が一瞬だけ止まった気がした。視界の奥、空間のさらに向こう側で何か巨大なものが脈打っている。魔力とも生命とも違う。それでも確かに“何か”が存在していて、冷たい気配だけが空間の奥で静かに揺れていた。
頭の奥へノイズが走る。
『――接続痕跡を確認』
「……っ!?」
耳鳴りが響き、視界が僅かにブレる。だが揺れているのは視界じゃない。情報量そのものが急激に膨れ上がっていた。
観客の歓声も、地面を踏み鳴らす振動も、空気中へ漂う魔力すら薄い線みたいに繋がって見える。
『未知演算領域を検出』
『継続観測を開始』
「おい、待て……なんだそれ……!」
シンの背筋へ冷たいものが走る。
今までの解析とは違う。チャッピー自身も、“見つけてしまった”みたいな声だった。
センチの拳が目前まで迫る。
だが、シンの身体はもう自然に動いていた。最小限だけ半歩ズレる。拳が頬横を通り抜け、遅れて風圧だけが肌を叩いた。
観客席が揺れる。
「避けたァ!!」
「なんだ今の反応!!」
センチは静かにシンを見る。その目に、初めて明確な違和感が浮かんでいた。
「……君」
小さく呟く。
「本当に、何者なんだ」




