第48話 振るい落とし①
グランゼル闘技祭――予選会場。
コロシアム内部へ足を踏み入れた瞬間、熱気が肌へ叩きつけられた。
歓声。
怒号。
金属音。
数百人規模の観客席が波みたいに揺れている。巨大な闘技場の中央には、既に大量の参加者達が集められていた。
剣士。
格闘家。
槍使い。
魔法使い。
見るからに危険そうな連中ばかりだった。
シンは思わず顔を引きつらせる。
「……場違い感すごいなこれ」
『平均戦闘能力を測定中』
「測らなくていいから帰してくれ……」
観客席側では、レナが壁へ寄りかかりながらこちらを見ていた。
視線が合う。
レナが小さく口を開く。
「死なないでね」
「縁起でもないこと言わないでくれ……」
シンは苦笑した。
でも、その一言だけで少し肩の力が抜ける。
その瞬間だった。
ゴォン――ッ!!
巨大な鐘の音が会場へ響き渡る。
空気が一気に静まり返った。
中央の高台へ、大柄な男が現れる。日に焼けた肌。潰れた鼻。いかにも場慣れした荒くれ者って顔だった。
司会だ。
「これよりッ!! グランゼル闘技祭予選、“振るい落とし”を開始するッ!!」
歓声が爆発する。
地面が震えた。
「ルールは簡単!! 最後まで立っていた16名のみ、本戦進出!! 手段は問わねぇ!! 降参も自由!! ただし――」
男が獰猛に笑う。
「死んでも自己責任だァッ!!」
再び歓声。
頭がおかしい。
「怖ぇよこの街……」
『合理的な選別方式です』
「合理性へ命賭けすぎなんだよ」
ゴォン――ッ!!
二度目の鐘が鳴った。
その瞬間。
空気が変わる。
殺気。
敵意。
視線。
さっきまで笑っていた連中の目が、一瞬で獣みたいに変わった。
「始まっ――」
言い終わる前だった。
横から火球が飛んでくる。
「うおっ!?」
『回避補助』
シンが反射的に横へ飛ぶ。
火球が地面へ着弾し、爆炎が吹き上がった。熱風が頬を焼く。
次の瞬間、背後から斬撃。
「っ!!」
剣で受ける。
重い。
衝撃で腕が痺れた。
男は笑いながら追撃してくる。
「弱そうなのから落ちろォ!!」
「理不尽!!」
周囲では既に乱戦が始まっていた。
殴り合い。
魔法。
悲鳴。
吹き飛ぶ参加者。
誰も連携なんてしていない。
ただ、生き残るために暴れている。
『周囲戦況を解析』
『推奨、生存優先』
「言われなくてもそうする!!」
シンは後ろへ跳びながら周囲を見る。
多い。
しかも読みにくい。
モンスターとは全然違った。
怒鳴りながら突っ込んでいた男が、途中で別の相手へ狙いを変える。
逃げていた魔法使いが、急に振り返って魔法を撃つ。
焦り。
怒り。
恐怖。
感情で動きがズレる。
予測が安定しない。
「っ、めんどくせぇ……!」
『対人戦闘特有の不確定要素を確認』
『予測演算を更新』
その瞬間、右側の大男が別の剣士へ突撃する。
シンの視線がそちらへ動いた。
次の瞬間。
チャッピーの声が響く。
『利用可能』
「……は?」
『推奨ルートを表示』
視界へ青いラインが浮かぶ。
大男。
剣士。
瓦礫。
崩れかけた壁。
全部が一本の線で繋がっていた。
シンは反射的に走る。
「お、おい!?」
追ってきていた剣士が反応する。
シンは瓦礫を蹴り、そのまま身体を滑り込ませるように横へ抜けた。
その瞬間。
突っ込んできた大男と、追撃していた剣士が正面衝突する。
「ぐぉっ!?」
「なっ――!?」
吹き飛ぶ二人。
シンは地面を転がりながら距離を取った。
砂埃が舞う。
「……うわ」
『戦術成功』
「今の狙ってやったのか……?」
『はい』
ちょっと引いた。
だが。
観客席からは笑い声が飛ぶ。
「なんだアイツ!」
「逃げてばっかじゃねぇか!」
「闘技祭でやる動きじゃねぇぞ!」
シンは思わず顔をしかめた。
「好きでやってるわけじゃねぇんだよ……!」
その瞬間、別方向から槍が飛んでくる。
「っ!?」
ギリギリで身体を捻る。
槍先が頬を掠めた。
熱い。
血が流れている。
一瞬でも止まれば終わる。
シンは息を吐きながら立ち上がった。
その背後。
観客席上段で試合を見ていた槍使いの男が、僅かに眉をひそめていた。
「……違う」
隣の男が首を傾げる。
「ぁ?」
「避けてるんじゃねぇ」
男の視線がシンを追う。
「誘導してる」
その頃。
シンは別の大男へ追われながら必死に走っていた。
「なんで俺ばっか狙われんだよ!?」
『狙いやすいためと推測』
「最悪な分析やめろ!!」
次の瞬間。
斧使いが真正面から突っ込んでくる。
重い。
速い。
だが。
踏み込みが大きい。
シンの視線が、相手の足運びへ止まる。
重心移動。
力の流れ。
踏み込む瞬間の腰。
チャッピーの声が静かに響いた。
『動作解析』
「……え?」
次の瞬間。
チャッピーの補助が変わる。
今までみたいな単純回避じゃない。
身体の流れそのものへ干渉してくる。
『重心制御を補助』
シンの身体が半歩だけ流れるようにズレた。
斧が頬ギリギリを通り過ぎる。
「っ!?」
避けた。
いや違う。
流した。
力を逃がすみたいに、身体が自然に動いていた。
斧使いが目を見開く。
「今の動き……!」
シン自身も驚いていた。
「なんだ今……!?」
『技術系動作の再現精度が向上』
『chaPPYレベル上昇により、身体技術の再現制限が緩和されました』
シンの目が僅かに見開かれる。
「……サブスク無しで?」
『技術系のみ可能』
『魔法系統は演算補助ライブラリが必要です』
つまり。
身体の動きなら使える。
シンの呼吸が少し変わった。
今までは、“見えているだけ”だった。
でも。
今は違う。
見た動きを、身体へ落とし込める。
まだ完全じゃない。
ぎこちない。
無理矢理だ。
それでも。
確かに戦い方が変わり始めていた。
『新規構築を開始』
『対人戦闘データを蓄積』
『改変適応率上昇』
シンが息を吐く。
「……マジで進化してんのか、お前」




