第39話 緑龍
ギルドを出ると、街はすでに混乱の中にあった。
武器を抱えた冒険者達が森の方へ駆け出し、避難を呼びかける声が通りへ飛び交っている。露店を慌てて片付ける商人、子供の手を引いて家へ戻る住民、その間をギルド職員達が走り回り、街全体が目に見えて張り詰めていた。
「……マジで動きやがったのか」
グリスが苦い顔で周囲を見る。
「一週間前は“森の主が目覚めたかもしれねぇ”って程度だったんだぞ。それがもうこの騒ぎだ。街の連中も完全にビビってやがる」
「でも無理ないよ……」
マリーも不安そうに通りを見渡した。
「森の主なんて普通の人からしたら災害みたいなものだし、街の近くまで来るかもしれないって聞いたら怖いよ」
「実際、被害が街まで広がれば終わる」
ダンが低く続ける。
「緑龍クラスは、本来なら都市単位で警戒する存在だ」
レナは無言のまま森の方向を見ていた。
その横顔はいつも以上に鋭い。
「……でも変」
小さな呟き。
シンがそちらを見る。
「普通、緑龍はこんな動きしない。縄張りの中心にいるだけで周りが勝手に従うから、自分から暴れ回る必要ない」
「今回は違うってことか?」
グリスが眉をひそめる。
「違う」
レナは短く答える。
「魔物の流れ方がおかしい。縄張り争いなら、もっと偏る。でも今回は全部が外へ逃げてる」
少しだけ間を置く。
「……何かを避けるみたいに」
その言葉が妙に引っかかった。
(緑龍が原因じゃない……?)
脳の奥へ静かに情報が流れる。
『周辺エネルギー反応の上昇を確認』
(どれくらいだ)
『通常値を大幅に超過しています』
森へ近づくにつれ、空気そのものが重くなっていく。
湿った風が肌へまとわりつき、木々のざわめきすら妙に耳へ残った。
やがて外縁部へ辿り着く。
そこで最初に見えたのは、逃げる魔物だった。
ゴブリン。
二体。
枝を掻き分けるように飛び出してきたかと思えば、こちらを見る余裕すらなく脇を駆け抜けていく。
「……おい、ちょっと待て」
グリスが目を細める。
「ゴブリンが人間無視して逃げるとか聞いたことねぇぞ。普通なら真っ先に襲ってくるだろ」
「完全に怯えてる……」
マリーの声も強張る。
「しかも逃げる方向がバラバラじゃない。全部、森の奥から押し出されてるみたい」
『追加反応を確認』
脳の奥へ次々と情報が流れ込む。
『前方より小型反応多数接近』
直後、森の奥からさらに複数の影が飛び出してくる。
ボア。
狼型。
ゴブリン。
種類すらバラバラだった。
だが共通している。
全部、逃げている。
「冗談だろ……縄張り完全に無視してやがる」
グリスの声が低くなる。
「ここまで森の生態系が崩れてるの初めて見たぞ」
「……来る」
レナが静かに呟いた。
次の瞬間だった。
ズン――ッ!!
地面が揺れる。
空気が震え、木々の葉が一斉にざわめいた。
森の奥から、とてつもない圧力が流れてくる。
息が詰まる。
本能が警鐘を鳴らしていた。
『超高出力反応を確認』
『大型個体接近中』
シンの喉がわずかに鳴る。
(これが……)
木々の奥。
暗闇の向こうで、巨大な影が動いた。
最初に見えたのは爪だった。
木を砕きながら現れた前脚は、人間など簡単に踏み潰せそうなほど巨大で、その表面を覆う深緑の鱗が鈍く光を反射している。
続いて現れた頭部。
黄金色の瞳。
森そのものを睨みつけるような鋭い眼光。
そして、その巨体が木々を押し倒しながら姿を現した瞬間――全員の呼吸が止まった。
「……緑龍」
マリーが震える声で呟く。
圧倒的だった。
そこにいるだけで足がすくむほどの威圧。
格が違う。
今まで相手にしてきた魔物とは、生物としての次元が違った。
だが。
「……おかしい」
レナが低く呟く。
緑龍は荒れていた。
爪で地面を抉り、尾で木々を薙ぎ倒しながら、苛立つように周囲へ視線を走らせている。
まるで何かを探しているみたいだった。
「縄張り壊してる……」
レナの目が細くなる。
「こんなの、普通じゃない」
「森の主は、自分の森を無意味に荒らさない」
ダンも低く続ける。
「何かに反応している可能性がある」
『対象を解析します』
脳の奥でchaPPYが動き始める。
『解析中――』
その瞬間だった。
緑龍の瞳が、こちらを向いた。




