第33話 転移者
今回は物語が大きく動く回です。
これまでとは違う存在が登場し、状況が一気に変わります。
ここから先は、止まらず進めていきますので、楽しんでもらえたら嬉しいです。
朝の森は静かだった。湿った土の匂いと葉擦れの音だけが続く。昨日の喧騒は嘘のように引いていた。
依頼は終わっている。あとは戻るだけ――そのはずだった。
「今日は楽そうだな」
グリスが肩の力を抜いた声で言う。
「何もなければ、そのまま帰るだけだしね」
マリーが周囲を見ながら応じる。
ダンは無言で警戒を解かない。レナも同じだ。
問題はない。そう判断しかけた、その時だった。
『異常反応を検知』
いきなりのチャッピーの反応に足が止まる。
「……どうした?」
グリスが振り返る。
「いや、少し気になって」
視線を巡らせる。木々の影、風の流れ、地面の揺れ。目に見える異常はない。
だが――いる。
『観測対象:未定義』
(どこだ)
意識を絞る。その瞬間、草を踏む音が混じった。小さいが、確実に人のものだ。
「……なにかいるな」
グリスの声が低くなる。空気が張り詰める。
「出てこい」
短い沈黙。風が抜ける。
やがて、木の陰が揺れた。
ゆっくりと、姿が現れる。
全身を覆うコート。丈は長く、足元まで落ちている。フードは深く、顔は影に沈んで見えない。輪郭だけは人間の体格だが、それ以上が掴めない。
布の奥に、何かを隠しているような違和感。
風が吹いても、コートは不自然なほど揺れない。
その姿を辛うじて認識できているが、
(……見えてるはずなのに、なんだこれは、)
『視覚情報:制限あり』
「……人、だよね」
マリーが抑えた声で言う。
答えはない。
ただ、その“何か”がこちらを見る。
顔は見えない。それでも、視線だけは分かる。
そして――止まる。
俺に。
空気が一瞬、張りつめる。
男が口を開いた。
「お前――転移者だろ」
思考が止まる。
(……何で分かる)
その瞬間。
(チャッピー、解析してくれ)
『サブスクリプション稼働中』
『残り時間:29分』
『対象を解析』
視界の奥で、何かが重なる。
コートの輪郭が、わずかに浮かび上がる。
その内側――
(……見える?)
だが、情報が繋がらない。
断片だけが、浮かんでは消える。
『警告:解析対象の情報密度が高すぎます』
(何だそれ)
『判定:同系統能力保有の可能性』
心臓が強く打つ。
(やっぱり……)
だが、それ以上は――
『解析失敗:情報不足』
そこで、切れる。
視界が元に戻る。
何も見えない。
ただ、確信だけが残る。
男はわずかに口元を歪めた。
「……やっぱりな」
それだけ言うと、興味を失ったように視線を外す。
「まあいい 後で確認するか」
軽い調子だった。だが、その言葉は軽くない。
「待て」
グリスが一歩踏み出す。
その瞬間、男の姿は消えていた。
音も、気配も、何も残さずに。
「……は?」
マリーが息を漏らす。
「今の……何だったの」
ダンが短く言う。
「……速い」
レナも続ける。
「普通じゃない」
間違いない。
『未定義対象』
(……同じ、か)
胸の奥に残る違和感が、消えない。
理解はできない。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
あいつは俺の何かを知っていた。
「……戻るぞ」
グリスが言う。
誰も反対することはなかった。
森を抜ける足取りは重い。軽さは消え、言葉も少ない。
振り返るがそこには、
何もいない。
それでも、確信だけが残る。
(……いた)
確かに。
俺と同じ側に立つ“何か”が。
そしてそれは――
こちらを認識している。
第33話まで読んでいただきありがとうございます。
ここでついに、これまでとは明らかに違う存在が登場しました。
気づいた方もいると思いますが、ここから物語は一段階ギアが上がります。
まだ見えていない部分も多いですが、ここからは止めずに進めていきますので、引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。




