第13話 最低限の夜
『現在地付近の宿を検索しました。この先を右です』
「助かる」
案内に従って通りを進むと、ぽつぽつと並ぶ灯りの間を縫うように人影が減っていき、気づけば人通りもまばらになっていた。
(この辺は、もう街のはずれか?)
しばらく歩いた先で、古びた宿の前に足が止まる。
(……ここか)
扉を押して中に入ると、受付の奥に座っていた年配の男がこちらを一瞥するだけで、面倒そうに口を開いた。
「……泊まりか」
「はい、一泊お願いします」
「500Gだ」
(やっぱりそのくらいだよな)
金を差し出すと、無言のまま受け取られ、代わりに鍵が無造作に置かれる。
「……二階、突き当たり」
「ありがとうございます」
それ以上のやり取りはなく、あっさり終わる。
(ほんと最低限だな)
部屋に入ると狭さはあるものの寝るには十分で、ひとまずベッドに腰を下ろして一息ついたところで、すぐに違和感に気づく。
(風呂、ないのかこれ)
置かれているのは桶と布だけで、どう見ても湯に浸かれるような設備はない。
(いや……これはきついな)
『提案があります』
「あるのか?」
『簡易清拭を推奨します』
「……だよな」
桶に水を汲み、布を浸して絞ると、指先に冷たさが走る。
「冷た……」
そのまま顔を拭き、続けて首や腕、体を軽く拭いていくと、完全とは言えないまでも少しは楽になる。
(まあ……ないよりはマシか)
一息ついたところで腹が鳴り、そういえば食事付きだったことを思い出して部屋を出る。
渡されたのは、固めのパンと湯気も立たない薄いスープ。
(……質素だな)
一口食べると、思わず眉が動きそうになる。
(味、薄っ)
それでも空腹には勝てず、そのまま黙って食べ進めるうちに、なんとか腹は満たされた。
(まあ……食えなくはないか)
部屋に戻り、そのままベッドに倒れ込む。
(今日はさすがに疲れたな)
意識はあっさりと途切れた。
目が覚めると、外はすでに明るく、窓から差し込む光は強くて太陽はとっくに高い位置まで昇っている。
(……やば)
体を起こすと頭が少し重く、寝すぎたことを嫌でも理解する。
(昨日の疲れ、残ってるな)
急いで支度を整えて外に出て、そのままギルドへ向かう。
扉を開けると、昨日と変わらないざわめきが広がっていて、その中に目当ての姿を見つけるのに時間はかからなかった。
(いた)
レナは昨日と同じ場所で腕を組み、壁にもたれたまま動かないが、近づくにつれて機嫌の悪さがはっきりと分かる。
(うわ、やらかしたな)
「おはようございます」
声をかけると、ゆっくりとこちらに視線が向く。
一拍の間。
「……遅い」
わずかに眉が寄る。
「すみません、寝過ごしました」
「少し?」
(そこ突くか)
「……だいぶです」
小さく息を吐き、レナは視線を少し外す。
「来ないかと思った」
「来ますよ」
即答すると、もう一度こちらを見て、ほんの少しだけ間を置いてから小さく頷いた。
「……ならいい」
完全に機嫌が戻ったわけではないが、その場を離れる気もない。
(待ってたな、これ)
「今日はどうします?」
「依頼、受けるけど」
わずかに言い方が柔らぐ。
「昨日言った通り、試す」
「はい」
「使えなかったら切る」
一瞬だけ視線が逸れる。
「……そのつもりで」
「分かりました」
短く返すと、少しの沈黙のあとレナが小さく頷いた。
「行くわよ」
背を向けて歩き出す。
(……始まるな)
その背中を追う。
今日からは、一人じゃない。




