16. 賽は投げられた
第3湾岸換気塔。最上部は採光と臨時の換気口のために、外と通じている。内部からは、夜空に浮かぶ月が見えた。
月が見下ろす先――換気塔内部では、セキナが自動拳銃をアランに向けている。
「私がこんな能力を持っているのは、どうして?」
セキナが問い詰めると、ミルは俯いたまま答えた。
「……仮想化でこの街が作られた時、インプランター全員にシミュレーションへ介入できる権限を与えられたからだ」
傍で監視するニグモイは、訳の分からない単語の連続に怪訝な表情を浮かべるが、対するセキナは無表情のままだった。
ミルが緩やかに顔を上げると、セキナと視線が合った。そのまま、ミルは言葉を続ける。
「覚えてはいないかもしれないけど、君もインプランターだった……セキナ」
思い出してくれ、そんな祈りが込められていた。しかし、切実なミルの言葉に、セキナは反応を返すことなく質問を続ける。
「じゃあ、私の命を狙った理由は?」
ミルは言葉を詰まらせた。
セキナは、アニマをコピーする――他者の自我同一性を壊す違法AGI。そんな真実を告げれば、またセキナは苦しむことになる。
「……問題が解決するまで、君を休眠状態にさせるためだ」
セキナの双眸が細められる。
「問題とは、何?……遠回しな言い方はしないで。次は撃つ」
冷淡なセキナの言葉に、ミルは息を呑む。愕然として、次に歯を食いしばった。
過去の優しさを踏みにじるようなセキナの姿に耐えきれず、濁流のように押し寄せる激情のまま、ミルは叫んでいた。
「それを言ったら、君が傷つく!!だから、僕たちが手を汚す方が、ずっとマシだったんだ!セキナが、また苦しむくらいなら……僕は――!」
言葉の途中で、ミルの胸倉が乱暴に掴まれた。掴んだのは、セキナだ。
「私は、何も知らないまま、何もしないまま……他人に任せるなんてしない」
ミルの胸倉を掴んだまま、セキナは言い切った。その瞳には、静かな怒りが浮かんでいる。
ミルが嘘をついていないと、セキナには“分かる”。だからこそ、腹立たしく、やるせなかった。ミルの知る“覚えていない自分”が、どうだったかは知らない。しかし、今のセキナは痛みを伴う真実であろうと、目を背けたりはしない。
「私の生き方は、私が決める。……あなたたちに、勝手に決められる筋合いは無い」
セキナは、普通の人間になれなかった。ただ守られるべき子供としての生き方に甘んじられるほど、幼くはいられなかった。
それならば、喜びも、苦しみも、自由も、責任も、自分で選んで、自分で負う。そして、望む道を切り拓く。普通ではないセキナだから、出来ることだ。
ミルは、胸倉を掴まれたまま、気の抜けたような、そしてどこか泣き出しそうな、複雑な笑みを浮かべた。
「……君は。もう、守られるだけの妹じゃないのか……」
ここまでセキナが強い意志を示したことは、ミルの記憶にも、基礎データにも、存在しない。成長と喜ぶべきなのか、そうならざるを得なかった事に悲しむべきなのか。
どちらにしても、自立しようとする後進には、その背を押すのがミルたちの“家”の方針だ。時間は巻き戻せない。それならば、するべきは前へ進むための手助けだ。
ミルはセキナに向き直り、真実を告げるべく口を開いた。
「君は、アニマを――」
ミルの言葉は、そこで途切れる。換気塔から見える月が、雲に覆われた。
銃声。
突然の出来事だった。セキナの身体が、糸を断たれた操り人形のように、ぐらりと傾く。
「セキナ!!」
ニグモイの叫びと共に、セキナは引き寄せられていた。その瞳に映るのは、こめかみを撃ち抜かれ、小さな風穴が空いたミルの姿。
物言わぬ亡骸が、地面に倒れて鮮血を飛ばした。
セキナの目が見開かれ、ミルを見つめている。その網膜に映る地図は、敵の反応を示さない。しかし、ミルを撃ち抜いた銃声は確かに響いていた。
ミルの死を前に、セキナの心臓は凍り付いたかのように冷たく、重い。揺れる瞳が捉えたのは、アランの背後に立つ――エンの姿だった。
エンの手元から、細いピアノ線のような糸が垂れている。それは、アランの首に巻き付いていた。
「残念、もう間に合わないよ」
セキナは咄嗟にエンの手を狙って撃つが、言葉通り間に合わなかった。糸はエンの手に引かれると同時に、アランの頭と胴を切り離す。
「……“セキナ”ちゃん、見ーつけた。フフ、すっかり騙されちゃったよ」
生ぬるい血の臭いが立ち込める中、エンは酷薄な笑みを浮かべる。セキナは唇を引き結び、自動拳銃を横――銃声が響いた方に向けて連射した。
「ニグモイ、そっちは任せた」
「……っ!分かった!!」
ニグモイは動揺していたが、迷いのままに判断を誤ることはなかった。ミルを撃った人物を押さえにかかる。
それを見送りながら、エンは肩をすくめてみせた。
「冷静だなぁ、もう少し動揺してくれてもいいのに」
「……たぶん、動揺は、してる。でも、立ち止まる訳にはいかない。エンは信用してないけど、好きだから」
セキナの上半身がゆらりと動き、次の瞬間、エンとの距離を一気に詰めた。左手で自動拳銃をホルスターに収めながら、右手でナイフを閃かせる。
エンが糸でナイフを受け止めると、セキナはすかさず刃に角度を付けて、振り抜くようにナイフを薙いだ。
判断から行動まで、わずかコンマ数秒の世界。糸が絶たれる寸前にエンは身を引き、薄皮一枚でセキナのナイフを避けた。
「アッハハ、言ってることとやってることが一致してないよ!セキナちゃん!」
エンは冷や汗交じりに笑い、立て続けに振るわれるセキナの猛攻を凌いでいく。しかし、反応速度や身体能力は、セキナの方が遥かに上だ。急所こそ防いだが、エンは手足にいくつもの浅い切り傷を負う。
セキナはナイフを振るいながら、小さく呟いた。
「そんなつもりは無いよ」
セキナが深く切り込む素振りを見せると、エンの位置がずれ、セキナのナイフが振り下ろされる先に鉄骨が現れた。鉄骨とナイフがぶつかり、火花が散る。
(座標移動……このサポートは、インプランター……)
ニグモイが向かった方向を横目で眺める。セキナが今いる開けた空間とは違い、鉄骨や換気設備が陰になって見通しが悪い。隠れるには、うってつけの場所だろう。
逸れていた意識は、背後から迫るエンの凶刃によって引き戻された。セキナはすかさずナイフの柄で迫る刃の側面を叩き、軌道をずらす。
セキナは身体を翻し、エンと相対した。
「……嫌でも、好きでも……お互い、譲れないものがあるだけだから」
奇襲を防がれたエンは、とんだ貧乏くじだ、と笑顔のまま舌打ちした。
◇◇◇
入り組んだ鉄骨と換気設備の合間、白い髪の青年をニグモイは見つけた。青年の視線は、開けた場所で刃を交えるエンとセキナに向いている。
ニグモイは青年の側面から仕掛けた。
青年がニグモイに気が付いて、手に持った自動拳銃を向ける。その一連の動作が終わるより速く、ニグモイは自動拳銃の遊底と青年の手首を同時に掴み、捻り上げた。
「っつ、く――!」
呻きを上げた青年の重心を崩し、地面に押さえ込もうとした瞬間。ニグモイの頭上に、鉄骨が現れた。
「うぉっ!!?」
頭上に出来た影に、ニグモイは素早く反応した。青年の手から自動拳銃を奪い、飛びのく。
鉄骨が落ちる重くけたたましい音が辺りに響き渡った後、青年――もとい、ユードは穏やかな調子でニグモイに声を掛けた。
「お久しぶりです、ニグモイ。……と言っても、貴方は覚えていないのですよね」
手首をさすりながら、ユードはニグモイを見た。
「鉄骨を落とすような奴は、俺の知り合いに居ねぇな」
ニグモイはそう答えながら、換気塔の支柱を背に空間全体を警戒していた。
お互い言葉とは裏腹に緊張感を保ち、明らかな攻勢に転ずることは無かった。睨み合いの状況が続く。
「貴方とは、もっと穏当な状況で話したかったのですが……。物事は、そう上手くいかないものですね」
「アンタが大人しく情報を全部吐いてくれんなら、暴力の出番はねぇんだがな」
「それは出来ません。貴方も、セキナを傷つけたくはないはずです」
そう語るユードに、ニグモイは僅かに苛立ちを滲ませた。
「動機は、さっきアンタが殺した奴と同じってワケだ」
口封じのように殺されたミル。見計らったようなタイミングを見るに、あの前から潜伏していたのだろう。
ニグモイの言葉に答えることなく、ユードは黙して悲しげな微笑を浮かべるだけだった。それを見たニグモイの顔が険のあるものになる。
「……傍に居てもやれねー奴が、保護者ヅラしてんじゃねえよ。何隠してんのか知らねぇが、そんなやり方でセキナを守ってるつもりか?」
「いいえ。ただの、エゴです」
ユードの声色は穏やかだったが、どこか冷たいものが交ざっていた。
「私は、あの子が真実を知ることなく、問題を解決できる方法を見つけました。そしてそれは、もう動いている。……ですから、たとえ誰であっても――邪魔をするのならば、排除します」
言葉を皮切りに、複数の鉄骨が宙を舞う。ニグモイは避けるように走りながら、奪った銃を分解して銃身以外を捨てる。次に自身の自動拳銃を取り出すと、あらぬ方向へ撃った。
(何を……いや、跳弾!)
エンと刃を交えていたセキナの視線が、ユードの方を向いていた。インプランターならば、仮想空間のシミュレート結果に介入できる。
「くっ……!」
ユードは跳弾軌道の予測演算を走らせる。4方向から鉄骨をニグモイにぶつける予定だったが、そのうちの2つを自身の防御に充てざるを得なくなった。そして、その隙を見逃すことなく、ニグモイは鉄骨を避けながら銃撃を続ける。
(処理負荷を掛けるやり方……インプランターとの戦い方を、理解している……)
ユードは、跳弾軌道の予測演算と鉄骨の座標移動をする中、エンのサポートもしていた。反撃に転じるような処理は行えない。いや、出来ないことは無いが、精度に欠ける。無茶な反撃をして、自滅しては愚の骨頂だ。
「……エンと私では、手に余る。助けていただけますか?ディー」
何もない空間に向かって、ユードはそう声を掛けた。そして、声に応えるようにユードの背後が陽炎のように揺らめく。
――賽は投げられた。もう、後戻りはできない。




