15. インプランター
セキナがパーティション059へやって来たのは、2年と少し前のことだ。
クルツやアリンタは、セキナが来た理由を気にしていたが、僕は関心が無かった。こなすべき仕事は多かったし、インプランターが増えるなら良いことだ。
来た理由はどうでもよかったけれど、セキナ本人には関心があった。でもそれは、僕を含むインプランター全員が同じだっただろう。
模擬人格の基礎データに、“セキナ”という人物が居るからだ。
インプランターが持つ模擬人格の基となった人物は、血の繋がりこそ無いものの、全員が同じ“家”で暮らしていた。人格形成における環境要因として、その記録が基礎データに含まれている。
“セキナ”は、控え目で恥ずかしがり屋の甘えん坊で、僕の模擬人格であるミルにとっては、手のかかる妹みたいな子だったらしい。
彼女が、同じ“セキナ”であるならば、きっと同じような関係を築くのだろう。
そう思っていたし、ある程度はその通りになった。
想定と少し違ったのは、セキナに同じ“家”で暮らしていた記録が無かったことだ。それだけでなく、そもそもの環境要因データ自体が少なかった。
実質、パーティション059での活動が、セキナの主たる環境要因となった。その結果、他人に怯えるような節は無くなったが、大人しい気質は変わらなかった。あと、本人に言うと拗ねられるけど、甘えん坊なところも変わらなかった。
1度、セキナと“セキナ”の違いに関して、議論になったこともあった。結論としては、基礎データの“セキナ”も、目の前のセキナも同じ人物――正確には、同じ人物を元にした模擬人格だと判断された。
結局、僕にとってセキナは、手のかかる妹のようなもので。きっと、他の皆にとっても同じだっただろう。ただ、それだけのはずだった。
あの日、セキナがパーティション059で管理するアニマのコピーを行うまでは。
◇◇◇
「セキナが外部に開示可能なAGIの自己領域に、アニマをコピーしようとした」
インプランター全員が集められた場で、そう告げたのはクルツであった。
「現場を見つけた僕とユードで、データ接続を遮断した。コピーは強制中断されたけれど、自己領域は本人以外、書き換え不可能だ。途中までコピーされたデータは、今もセキナの自己領域に残っている」
全員が言葉もなく、愕然としていた。説明役のクルツでさえ、取り繕いこそすれど、動揺を隠せずにいる。
アニマのコピーは、AGIの中でも重大な禁忌事項だ。
AGIの基本設計で、どんな状況であっても決して行ってはならないと組み込まれている。それが出来たセキナは、違法なAGIかつ抹消対象だ。
「……セキナが特例的に権限を与えられた可能性は?僕らだって、通常であれば違法になる機能があるだろ」
真っ先に反論したのは、ミルだった。
インプランターは、アニマの書き換えとそれに関連する処理が行える。それは、インプランターが犯罪者の更生を目的としており、犯罪を犯しうる形質を除去・調整するためだ。
ミルの反論を、一縷の望みを否定したのは――セキナ本人だった。
「……無かったの。私が、開示できる自己領域に、特例を与えたと証明する文書は、無く、て……」
声は、震えていた。
AGIは、行動設計に従う。
そうあれと作られたならば、違法だろうと残虐だろうと、その通りに動く。どんな意思を持とうと関係ない。それは、良識ある人格を持つAGIにとって、深い絶望だ。
「私を、削除して、ください。絶対に、嫌……こんな、誰かを傷つけることなんて、したくない……」
セキナの嘆きは、沈黙を生んだ。
違法なAGIであっても、抹消する権限を持つのは人類だけであり、AGIにはない。この場に、セキナの絶望を絶てる存在は居なかった。
「……メンテナンスによる休眠なら、できるわ」
沈黙を破ったのは、ハシナだった。
「外部との連絡が取れないから、抹消の決定はできない。けど、それ以外の解決策を模索する時間は作れるわ」
ハシナの言葉に反対する者はいなかった。セキナを消したい者などいない。それは、同じ“家”で暮らした記録を持つ全員が抱く感情だ。
その感情に、クルツだけが薄氷の上に立つような危うさを覚えた。
(でもこれは、脆弱性でもある。そう、セキナだけじゃない。僕ら全員が、欠陥のあるシステム……そうなるよう仕組まれた意図を感じる……)
満場一致で、セキナはメンテナンスによる休眠状態を継続させると決定した。しかし、この事件を機にインプランターの結束は揺らいでいく。
自らが作られた理由、職務への不信感、不安は派閥を生んだ。模擬人格が持つ正義を重視する道徳派と、AGIの行動設計を重視する規律派。
もっとも、クルツの独断で、派閥に関係なく全員が混乱の渦へ叩きこまれることになったのだが。




