14. 第3湾岸換気塔にて
『卜シと!イニムの!都市伝説ゥ~チャンネル~~!』
端末からは、声と共に愉快な音楽が流れる。
22区の湾岸部、閑静な倉庫通り。夕日が辺りを茜色に染め上げる中、セキナは端末を片手に街灯へ背を預けていた。
『今回は、一時期ガートリパーを騒がせた“赤い死神”のリピート放送でーす!イエ~イ!“野良AI”と悩んだけど、こっちの方が派手だからね~』
陽気なジングルに耳を傾けるセキナの元に、ニグモイが現れた。
「……セキナ、そういうの聞くんだな」
無表情のセキナと、軽いノリのラジオ。そのアンマッチ具合に、思わずニグモイは無遠慮な物言いをしていた。その言葉を特に気にした素振りもなく、セキナは頷く。そのまま、端末から流れる音声を停止させた。
「ん、アーカイブだけどね。……ニグモイは知ってる?“赤い死神”の都市伝説」
都市伝説。セキナの口から出る単語としては、あまりに似つかわしくない胡乱な響きだ。
「いや、知らねぇや。名前的にホラー系?」
「ホラー……都市伝説の内容は、そうだね」
セキナが端末を操作して、ラジオのアーカイブを再生させる。
『“赤い死神”の何がヤバいって、その見た目。頭から顔まで、ぶっ潰れてグッチャグチャ!フレッシュな鮮血を垂れ流し状態で、死体の隣に座ってるヤベー奴なんだよ』
「あー、赤いってそういう……」
ニグモイは昔見かけた撲殺死体を思い出してしまい、口元に手を当てて不快感を抑えた。ホラーというよりスプラッターだ。
『潰れた顔を見るとすさまじい死臭で倒れてしまうだとか、顔に気が付かず話しかけると穏やかな物腰だとか、色んな情報が錯綜してましたねー』
凄惨な死を面白半分に語ること自体、好きになれない。ニグモイは悪趣味という感想以上のものを抱けず、聞くに耐えかねてセキナへ話を振った。
「この手の話ってかなり尾ひれが付いてんだろうけど、元ネタみたいなのがあんのかね」
セキナは再び、端末の音声を止めて頷いた。
「少なくとも、この話にはある。この死神の隣にいる死体って、たぶん私だから」
「はぁ!!?」
大声を上げたニグモイに眉をひそめることなく、セキナは淡々とした様子で端末を上着のポケットにしまった。
「“赤い死神”の居た場所が、ちょうど私が野宿してた所で……他にも見かけたって噂があった場所も、野宿した記憶があった。だから、気になってる」
セキナは親元を離れてから、しばらく宿無しの生活を送っていた。その頃の記憶と合致する奇妙な都市伝説。
「……でも、確証があって追ってる情報じゃないから。ディーの指定した時間になるし、もう行こう」
セキナの言葉にニグモイが頷き、2人は連れ立って歩き出す。そして、2人の様子を見つめる人影が1つ、湾岸部から距離のある中層ビルの屋上にあった。
白い髪と緑の瞳を持つ青年――アランが2人を見下ろしている。
「こちらアラン、セキナを発見した。……未登録のアニマと連れ立っているが、優先はセキナとして初期化処理に入る」
「了解。射撃で適当な建物に追い込むから、後で送る座標のポイントに来てよ」
そう答えるミルは、セキナたちが歩く倉庫通りに居た。視界には、簡素な地図データとセキナを示すマーカーが映し出されている。セキナがT字路に差し掛かったのを見たミルは、宙から現れた自動小銃を抱え、倉庫の物陰から飛び出した。
刹那、セキナとミルの視線が交差する。
「――ニグモイ!!」
銃口が火を噴く。セキナはニグモイを庇いながら、路面に設置された緑のスチール箱――地上機器の陰に転がり込んだ。
一瞬の邂逅だったが、弾丸は的確にセキナの腕や腹へ撃ち込まれた。弾の貫通力が無い代わりに、その分の運動エネルギーが体内に放出される。文字通り、肉が抉られたような状態だ。
セキナの顔は青ざめ、浅く短い呼吸を繰り返していた。
「別方向に、走って」
地上機器は2人を隠すだけの大きさこそあれど、遮蔽物としては心もとない。
僅かな言葉さえ、交わす時間は無かった。セキナの短い言葉を皮切りに、2人は互いに反対の方向へと駆け出す。
直後、地上機器に数発の銃弾が撃ち込まれ、引き裂かれたような穴があいた。
間一髪で駆けた2人のあとには、弾頭の潰れた弾だけが転がる。
「アラン、セキナは換気塔に向かってる。座標と到達予測時間を送った。未登録のアニマもマークしたよ」
路面には、少なくない量の血が点々と続いている。セキナが走るたびに、破れた血管から血が溢れては落ちていく。
ミルは追随射撃を行うことなく、走り去るセキナを見送った。
「分かった。先にセキナを処理して、その後に未登録のアニマも捕まえる」
そう返すアランは、屋上でミルの報告を聞いていた。アランの網膜上には、地図と共にセキナを示すマーカーが表示されている。動くマーカーが換気塔に入るその瞬間、アランは自身の座標情報を換気塔内部に書き換えた。
「…………」
第3湾岸換気塔、内部。
壁や床はコンクリート製で、換気用設備を囲うように補強用の鉄骨や点検用歩廊が張り巡らされている。
指定した座標に移ったアランは、腕を庇うセキナと対峙した。
セキナは壁に背を預け、睨むように鋭くアランを観察している。アランは無言のまま、宙に現れた抜き身の太刀を握った。
2度目だ。もう言葉を交わす必要はない。
アランがセキナの頸に狙いを定め、無慈悲に太刀を振るう。刃は、セキナに届かなかった。
アランの側頭部を、ニグモイの踵が捉え振りかぶる。
不意打ちで回し蹴りの直撃を受けたアランに、シミュレーションの介入は出来ない。正しく昏倒の処理が行われ、アランは意識を手放した。
「決まったな、奇襲作戦」
ニグモイは拘束用のダクトテープを取り出しながら、ニヤリと笑ってみせた。
セキナを湾岸部で見つけたという情報をディーが流し、換気塔に追い込ませる。実際はニグモイが潜伏しており、そこで不意打ちを仕掛けるという算段だ。
「ん、やったね」
セキナが拳を差し出し、それに気が付いたニグモイが拳を突き合わせた。セキナの腕や腹から流れていた血は止まり、傷口も塞がりつつある。
ニグモイが手際よくダクトテープでアランを拘束した。その顔をセキナが覗き込み、呟く。
「……予想通り。前の銃撃騒ぎで、私の命を狙った人だ」
「特殊能力持ってんのも確定だな。瞬間移動ってどんな原理なんだか……」
セキナと似たような能力を持っているかもしれないとは聞いていたが、あんなことをセキナも出来るのだろうか。瞬間移動を目の当たりにしても、現実感が薄い。
逡巡するニグモイの背後に、ミルが現れた。勝利を確信した時こそ、最も隙が生まれる。ミルの手にある自動小銃の引き金が引かれ、ニグモイの身を引き裂く――よりも先に、動いたのはニグモイだった。
「――同じ手で、不意打ちになるとでも思ってんのか?」
足払いからの抑え込み。目にも止まらぬ早業にミルは絡み取られていた。何が起きたかさえ、分からなかった。呆然とするミルに、セキナが声を掛ける。
「ニグモイは、速いよ。しかも読めない。……まあ、普通は瞬間移動に気が付ける人なんていないけど」
武の頂――そう語るに相応しい。天賦の才と、磨き抜かれた純然たる強さ。
ニグモイは、信念を曲げることなく貧民窟で生き残った。それが成せるだけの、力がある。そもそも、セキナと対等に渡り合える反応速度や体術など、そう評する他に無い。
「私も、騙すことを学習したんだ。思った以上にマーカー頼りで助かった」
反対方向に逃げ出してすぐ、ニグモイは換気塔に向かった。セキナが逆探知で見つけたニグモイを示すマーカーは、今も逃げ続けている最中だが。
嵌められた――そう気が付いたミルの頬に、冷や汗が伝う。次に予測されるセキナの行動は、腰のホルスターから自動拳銃を取り出すというものだった。
「止め――!」
静止の声もむなしく、セキナは発砲した。アランの手の平が打ち抜かれ、突然の激痛に苦悶の声を上げる。
「私と似たような能力があるなら、死にはしない。でも、痛みは感じる」
セキナは無機質な表情のまま、ミルを見つめた。そのまま、銃口をアランの脚へと向け、引き金に指を掛ける。
ミルは、叫び出しそうだった。何が言いたいのかは、十分に分かる。こんなことをせずとも、しないでほしかった。
「分かった。望む情報はすべて話す。だから、もう、やめてくれ……」
力なくうなだれるミルの脳裏に浮かぶのは、過去のセキナ。同じインプランターとして共にいたあの頃――セキナは、誰かを傷つけるようなことをしたくないと、怯えていた。




