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17. 守るということ


 時は遡り、2日前の出来事。


 パーティション059の記憶領域――仮想化に伴い、空間として用意された白と黒の世界。地面には等間隔で白く光る正方形が並び、それ以外はすべてが黒く塗り籠(こ)められていた。


 インプランターを除き、この空間に到達できる権限を持つ者は居ない。


 居ないはずだが、ユードは異物の存在を検知してやって来た。目の前には、正体不明のアニマが陽炎のように揺らめいている。


「初めまして、私はユードと申します。……貴方は?」


 正体不明のアニマは、ディーだ。“網”の先を求めて、この空間に迷い込み、セキナにまつわる真実を知った後――こうして、ユードと出会った。


 ユードの言葉に振り向いたディーは、言葉を失う。そして、ようやく出た声は掠れていた。


『……祐(ゆう)、人(と)……?』


 ディーに肉体があれば、その目は見開いていただろう。恩師の生徒とよく似た人物は、柔らかな笑みを浮かべる。


「?……ええ、ユードです」


 掠れたディーの声は、ユードの耳に正しく伝わらなかった。


(……汐那(せきな)だけじゃなく、お前たちも…………)


 セキナと違い、名は違うらしい。しかし、ディーは確信していた。そして、この数奇な巡りあわせに、何か意味があるのだと思えてならなかった。


『俺は、ディーだ。……はじめまして』


 ――インプランターたちは、ディーの恩師が開いた私塾の生徒だ。ディーが見つけたインプランターの名簿には、見知った名前が並んでいる。かつて、その輪の中に汐那(せきな)も交ざり、家族のように過ごしていた。


『何故、セキナを休眠状態から起こしたんだ?』


 パーティション059の記録を見たディーは、インプランターとセキナが敵対している理由とその原因――アニマのコピーという非倫理的な行為を強制されている状態――まで理解していた。


 そして、ユードとクルツがパーティション059の仮想化に伴い、セキナを休眠状態から起こしたことも。


 問いかけるディーの声に、非難の色は無い。

 祐人(ゆうと)やクルツが、意味もなく誰かを傷つけはしないと分かっている。そして、汚れ役を進んで引き受けるような子たちであることも、知っていた。


「……貴方は…………」


『読み取れるんだろう。インプランター……とやらは。俺がアニマならば、俺自身の記録を読み取れるはずだ』


 ディーは、下手な駆け引きをするつもりは無かった。セキナも、ユードも、他のインプランターたちも、ディーにとっては守るべき存在だ。


『どうしてお前たちが、傷つけあうような真似をしなくちゃならない。原因があるなら、俺がそれを何とかする』


 ディーの誠意に偽りは無いと、ユードには分かる。しかし、ディーをスキャンして得られた情報は、にわかには信じがたいものだった。


(2038年に亡くなった人間のアニマ……?そんなものは、あり得ない。アニマが実用化したのは、2069年だ。第一、私たちの生き写しが2030年代に居たなど……)


 もはや、オカルトの域だと、ユードは心の内で頭を抱える。

 そのような設定で作られた疑似的なアニマと言われた方が、まだ納得できる。とはいえ、問題はそこではない。


(彼は、いつから居た?エンの時とは違う――外部からの接続は、無かった)


 ユードの目の奥で、光の明滅が何度か繰り返される。数パターンの思考が並列で流れ、1つの答えに収束していく。


「…………。貴方は、セキナを助けたい。私たちと目的を同じくしている……それは、理解しました」


 ユードはディーに向かって、右手を差し出した。


「協力してください。あの子の自由を奪った行動設計を書き換えるために」


◇◇◇


「……エンと私では、手に余る。助けていただけますか?ディー」


「ディー……?」


 聞き覚えのある名前にニグモイは眉をひそめる。次の一言で、疑念は確信へと変わった。


『拳銃を封じる。近づかれるなよ、ユード』


 紛れもない、ディーの声だ。


「――ディー!てめぇ!!」


 裏切りやがった。


 激昂と共にニグモイは連射するが、3発目は不発だった。ニグモイは舌打ちをして引き金から指を離し、銃を構えたまま鉄骨を避けていく。


「ざっけんな……!クソがッ、てめぇも所詮はアイツらと同じかよ!どいつもこいつも、他人(ひと)の意志を踏みにじりやがって!!」


 ニグモイの叫びに返す声は無い。銃が使えなくなったニグモイは、やむなくユードから距離を取り、支柱の陰に身を隠した。


 拳銃からマガジンを引き抜き、薬室を確認する。銃身内の弾詰まりと判断したニグモイは、銃を分解して銃身を取り外し、ユードから奪った銃身と入れ換えた。

 その様子を見たディーはユードの元へ戻り、小さく呟いた。


『……あれだけ感情的になれば、もっと視野が狭まりそうなものだが』


 火薬の燃焼を操作して起こした弾詰まりに気が付いたのも、その後の対処も、よくあの一瞬で頭が回るものだと舌を巻いた。


 弾詰まりに気が付かず、次弾を発射して暴発を起こすか、使い物にならなくなった銃を捨てて突撃してくるか。あれだけ頭に血が昇った状態で取る行動は、普通ならばそのどちらかだろう。


『感情に反した冷静さは、セキナの影響か?』


 ニグモイのアニマは、セキナの自己領域に書き込まれている。

 それは、ニグモイの意志や行動すら、セキナ――あるいはセキナの模擬人格を演算するAGIの支配下にあるということではないか。


 ディーの危惧に対し、ユードはハッキリと断言した。


「いえ。活性状態のアニマに対して、そのような改竄(かいざん)は行えません」


 活性状態のアニマに外部から手を加えると、機能不全を引き起こす。原因は不明だが、ニューロンの役割を果たす機能が悪性腫瘍のごとく増殖と破壊を繰り返し、アニマを崩壊させる。

 もしニグモイのアニマが改竄されたならば、まともな人格ではなくなっている。


「あの戦闘センスは、生来のものでしょう。彼にこんな才能があったのは、初めて知りましたが」


『……そうか。セキナの行動設計はどの程度、書き換わっている?』


「懐柔プロセスは上書き出来ましたが、探査と帰還はまだ残っています。これで、書き換えきれるといいのですが」


 ユードは言葉と共に、鉄骨を換気塔の支柱にぶつけた。鼓膜に響く轟音のあと、金属の軋む音が辺りに響く。

 今までユードが使っていた鉄骨は、換気塔を組むために使われていたものだ。それらを抜き取り、横方向に力を加えれば――換気塔は傾き、崩れていく。


「セキナたちが対処しきれないようであれば、死をシミュレートしないようサポートをお願いします。ディー」


『ああ』


 ユードとエンは、座標移動で換気塔から脱した。


 ディーは、崩れゆく塔の内部で、ニグモイとセキナが合流する姿を眺めている。眺めながら、ユードとのやり取りを思い返していた。


(……セキナを休眠状態から起こしたのは、自己領域に書き込まれた行動設計を書き換えさせるため。セキナが思考し、記憶するたびに自己領域は圧迫されていく……)


 セキナのAGIを組んだのは素人のようで、行動設計を書き換えが可能な自己領域に置いた。自己領域は、AGIが知性を深化させるために設けられた記憶領域だ。


 自己領域が圧迫されれば、その中にあるデータを圧縮するなり、削除するなり、容量を空けるために書き換えが行われる。行動設計も、その対象だ。


 ただ仮想空間で行動させるだけでは、容量不足に至らない。そこでユードは、セキナの解放に賛同した者――ニグモイ・ヴァルアーのアニマを自己領域に書き込ませることへ思い至った。


(セキナのAGIは、ニグモイのアニマを保管した。インプランターとしての職務に含まれるアニマ保護の指針に従って……)


 本来は保管されたアニマをパーティション059の記憶領域に移すが、セキナからアクセス権限を剥奪(はくだつ)することで自己領域に留めさせた。

 2人分の16年という人生は、目論見通りAGIの自己領域を圧迫している。


 この計画を、セキナに伝えてはいけない。

 セキナがどう受け取るかは関係なく、AGI側が策を立てて、行動設計を書き換えないよう守る可能性が高い。ユードはそう語った。


 セキナ。生まれた時から誰かの思惑に翻弄され、今もその大きなうねりの中に居る少女。


(……それでも、お前は、自分の意志を貫こうと足掻いている…………)


 換気塔から脱するべく、セキナとニグモイは、暗い夜の海へ飛び込んだ。それを見届けたディーは、2人の後を追いかけていく。祈るような思いを抱えて。


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