11. 子供たち
「子供は……ただ、健やかに育って欲しい。この願いの何と難しいことか……」
頭部に布を巻いた初老の男が呟いた。目線の先には、寺院の用心棒としてやってきた子供たちが居る。
選ぶ余地もなく、命懸けの仕事に身を投じるしかない子供たち。それならば、少しでも安全な場所に……と、子供たちは寺院の中庭へと集められた。
中庭には、セキナとニグモイの姿があった。子供の集団からは少し距離を取った位置で、2人は辺りを観察している。
「……どう思う?」
セキナの問いかけに、ニグモイは肩をすくませた。
「戦力外って扱いじゃねぇの。俺らも同じ括りにされたのは納得できねーけど」
ニグモイが見る限り、基本的に腕利きは外へ回されているようだった。中庭に集められているのは、ほとんどが小柄で膂力に欠ける者ばかりだ。口論をしている集団もあり、単純な連携すら不安がある。
「まあ、何人かはちゃんとしてる奴もいるっぽいけど」
ニグモイがそう言いながら、口論の仲裁に入った年長の青年を見やる。
集団に対する位置取りと距離感が良い。身長のリーチを生かして、相手の攻撃は受けずに自分の攻撃は仕掛けられる立ち位置だ。興奮して襲い掛かられても対応できる。
「ん……基本は外で抑えて、内もカバーできる状態にしてあるのかな。贅沢な配置の仕方だね。そこまで人員が潤沢では無いはずだけど」
セキナの網膜上に青い光が走り、寺院とそれを囲む石門を含める見取り図が映し出される。中庭には数10人いるが、外は2~3人しか居ない。正門だけは流石に8人と固めているが、狭い通用門の守りは心もとない。
配置の意図を探ろうとセキナが話題をニグモイに振りかけて、視線に気が付く。口論をしていた集団の1人が、セキナを指さした。
「あんなチビと!一緒にされてんのはムカつくんだよ!!」
「チビ」
セキナはきょとんとしていたが、ニグモイは無言ながらに苛立ちを滲ませた。
好奇と敵意の視線がセキナに集まる中、売られた喧嘩を買うべきか否かセキナが考えあぐねていると、セキナを指さした少年が近づいてくる。
「……セキナ、俺がやる。ああいうのはいっぺん沈めて、どっちが上か分からせた方がいい」
「え、私がやらないと意味が――」
「いいから」
近づく少年の後ろで石を拾う姿に、ニグモイは舌打ちする。単純で安い悪意だ。威圧すればすぐに委縮して引っ込む程度、覚悟も何もない。
(そのくせ、平気で人を傷つけられる。傷つけられた人間が、その後どうなるかなんて深く考えもしねぇで……)
ニグモイは苛立ちを隠すことなく、鋭い表情のまま踏み込む。一触即発の場を遮ったのは、仲裁をしていた青年だ。
「やめなよ」
悪意の矛先は、間に入った青年に向けられた。少年の後ろから、青年目がけて石が飛ぶ。瞬間、風切り音が石を弾いた。青年の手元では、素早く振るわれた棒が回転して唸りをあげている。
「やめな。さっきも言っただろう、背中を預ける相手の信頼を欠くもんじゃない」
たじろぐ少年の目に浮かぶのは、恐れの感情。それでも自身が強いという自負があるのだろう。弱気なところを見せるわけにはいかないと拳を握りしめる。
「……強いなら守ってあげな。怪我したとき、優先的に助けてもらえるかもしれないだろう?」
青年が片手を挙げて、セキナにウィンクを飛ばしてみせた。唐突の軽口めいた調子に、少年たちの毒気が抜かれたらしく、戸惑いの空気が広がる。そして、中庭に面した食堂から声が上がった。
「中庭の子たちー!軽食を配るから、取りに来なよー!」
周りの注意が声の方へ向いたのに合わせて、少年も意地を張るのを止めたらしい。ばつの悪い顔で、仲間たちと共に軽食を受け取りに向かった。
中庭にいる人の数が少なくなってきたところで、青年がセキナに近づき、声を掛けた。
「……さっきの子たちと鉢合わせるのが気まずいなら、俺の方で軽食を受け取って君に渡すよ。どうしようか?」
「ん。えと、じゃあ……お願いします」
セキナが目を瞬かせながら頷くと、青年は微笑んで頷き返した。
「分かった。もしお互い会えなくても、寺院の人に俺の名前……ああと、タジーラって名前出せば、軽食を受け取れるようにしとくから。困ったら、俺でも寺院の人でもすぐ頼りなね」
手を振って去る青年を横目に、ニグモイが感心した声を漏らす。
「なんつーか、良い奴だったな……」
面倒見の良い人間は貧民窟にも居るが、揉め事はたいてい殴って片を付ける。違うやり方を選んだタジーラは、ニグモイが初めて見るタイプの大人だった。
言葉への反応を求めて、ニグモイが何気なくセキナの方を向き、固まった。
(…………え、何。その、顔……)
驚き?いや、安心?尊敬……?
セキナが戦闘以外で、他人を目で追うことすら初めて見る。
「うん。あんな風に庇われたのは、初めてかも」
そう呟くセキナの表情は、いつもの無機質さとは異なり、柔らかい。対するニグモイは、身の内から湧き上がる奇妙な感情に困惑していた。
(え。俺、なんで。こんな……嫌、なのか?)
何も悪いことじゃない。良い奴に対して、安心だろうと尊敬だろうと、好意的な感情を抱くのは普通のことだ。
それを、不愉快に思うのは……。
(……嫉妬、してんのか……)
カッと顔が熱くなる。その理由が、ただの対抗心だと言い切れるほど、ニグモイは自身の感情に鈍感ではなかった。セキナの反応を見るまで、自分も穏便な仲裁やその後のケアが出来る奴になりたいなどと、素直に感心していたのだから。
(あー、マジか……俺、セキナに惚れ…………)
自覚した途端、その場でうずくまりたくなるような羞恥がニグモイを襲う。しばらくはセキナの顔をまともに見られないと、顔をそらしたニグモイだったが、その肩をセキナがつついた。
「ニグモイ」
「…………な、なに」
明後日の方向を見ながら返事をするニグモイに、セキナは首を傾げた。ニグモイの見ている先には、暮れ出した空しかない。
「時間がありそうだから、例の……おびき出す場所とか時間を相談したい……けど、大丈夫?体調悪いなら、休んで」
ニグモイの様子を奇妙に思ったセキナが脈拍や体温をスキャンしたところ、脈は速く体温が高かった。心配そうに見つめるセキナだが、原因が自分だということには、まったく気がついていない。
「いや、大丈夫。そんなのんびりしてられる話じゃないだろ、それ」
セキナの命を狙う連中に仕掛ける話だと、ニグモイは察した。浮ついている場合ではない。ニグモイは拳と手の平を勢いよくぶつけて、自身に喝を入れた。
「もういくつか、奇襲場所は見繕ってんだ。かましてやろうぜ」
◇◇◇
ガートリパー中央、0区。もっとも安全で清潔なこの地区は、富裕層の生活圏として知られるが、本来は行政やインフラ関連の施設があつまる街の心臓部である。
「セキナがまだ見つからない、ね。おおかた、クルツやユードが匿ってるんじゃない?仮想化もあの独断専行偽善者馬鹿がしでかしたことだし、私たちの目を欺くのは訳ないでしょ」
庁舎の会議室、白い髪と緑の瞳を持つ男女4人が相対していた。全員まだ成人手前といった見た目で、行政職員としては若すぎる。
「ああ、その可能性もあると見て優先度を上げたい。構わないか?」
「私は賛成。アリンタは?」
「私も賛成です。アランとミルのカバーについても詰めましょう」
男2人がアランとミル、女2人がハシナとアリンタ、互いをそう呼び合っていた。
「あー、セキナを捕まえる担当は僕らのままで良いよね。ハシナでも、殺しは人格的に無理でしょ」
それまで黙って会話を聞いていたミルが、気だるげに片手を上げて尋ねた。ミルに話を振られたハシナは、腕を組んだまま眉をひそめる。
「は?セキナ相手に野蛮すぎ、何考えてるの」
「……いや、そうでもない。前回見つけた際には、ミルの首を折りにきた。おそらく、人格を仮想空間側に適応させたのだろう。初期化は必須だ」
口を挟んだのはアランだった。その返答に、ハシナとアリンタは言葉を失う。その反応を見たミルは返答を待たず、ため息交じりに口を開いた。
「そういうこと。インプランター同士じゃシミュレーション結果の直接介入はできないし。仮想化の状態から戻すなら、それしか方法は無いんだよね」
ミルはそう言いながら、何もないところから現れた自動小銃を抱える。ミルの目配せを受けたアランも、同じように現れた太刀を握って見せた。
「僕は遠くから牽制して、アランが仕留める。インプランター相手に銃なんて不毛だけど、軌道演算も処理負荷にはなるからね。……そういうことだから、直接的なサポートはいらないよ。今の話だってドン引きでしょ、二人とも」
武器を取り出した時点で、ハシナとアリンタからは、忌避の感情が滲み出ていた。暴行はおろか、殺しなどミル以外は選択肢に入れないだろう。アランもそれしか手段が無いから、他の2人を慮って請け負っているだけだ。
「22区にセキナは居る。さっさと見つけて、職務を果たそう」




