20:密談
「ラビは……寝てしまったか」
リアナの隣に座っていたラビはこんな時間まで起きていることは珍しいのもあってか、ソファーの上で寝付いてしまったようだ。
「子どもならとうに寝ている時間だからな。仕方あるまい」
陛下はそんなラビの様子を見て豪快に笑って見せた。
そもそも僕たちがこの部屋に戻って来たときにはラビはもう寝ていると思っていたので計算外の出来事だった。
まぁ、親として子どもが遅くまで起きて待っていてくれたという事実はとんでもなくうれしいものではあったのだけど。
「アリア、ラビを寝室へ運んであげてくれ。起こさないようにね」
「かしこまりました」
アリアも突然の兄の訪問もあったと言うのにあまり動揺を見せずに仕事をしてくれた。
流石に陛下の前では緊張もしていたようだけどそのあたりは仕方ない。今日はもう下がっていてもらうことにする。
「ついでに今日はもう下がっていいよ。これから陛下と僕たちで少し、話をするから」
「……かしこまりました」
宿だと言うのにこの部屋には寝室が五部屋もある。そのうちのひとつに侍女たちには寝泊りしてもらっている。
ただしアリアは別部屋で、ラビの隣の部屋だ。護衛も兼ねての措置。
アリアは陛下に一礼するとチラリとだけウルのほうをみてからラビを抱えて退室した。
「それで、陛下、お話とは?」
今日陛下がここへ来た理由は、密談があると言うことだからだ。
なるべく誰も来ないところで、見張りもいなさそうなところと言う理由で僕の取っている部屋を選んだ。
陛下の部屋では監視や部下が多すぎる。
「ああ、実はエドワードにだけは耳に入れておいて欲しいことでな。なるべく反対勢力には明かしたくないものなのだ。ウルにはエドワードに話すことにも反対されたが、本来ならば即座に公開すべきことを伏せているのだ。信頼しているエドワードになら問題はあるまい」
「この情報は魔宴祭に参加する中央大陸の各国の王とその側近にしか知らされていない話です。法の管理官であるエドワード様に話すと言うのは異例の事態だとお思いください」
なにやら嫌な感じが漂う。
リアナも同じことを感じたようで僅かに顔を歪めていた。
「西と東の大陸から中央大陸の情勢を視察するために不法侵入があるというのは昔からよくある話だ。ただそれも相手を刺激しないように危険な行為を行わないなら目を瞑ってきていた。しかし今回初めて魔宴祭の会場にそれらしき者が入り込んだ、と言う情報があるのだ」
「この街へ……?」
現在この街へは中央大陸各国の王が集まってきている。
そのため街中で警戒はいつもに増して厳しくなっており騎士団や兵士団も大量に投入されている。
「情報の出所は? 確かなのですか?」
「ギネヴィアの兵がこのイシュタルから近いところの海岸で船を発見したとのことだ。船内は何も残っておらず、船体は中央大陸ではあまり見られないものであることから別大陸の者の可能性が高い、と言う話だ。こちらとしても完全に信用できる話とは思っていないのだが、魔宴祭の開催中ともなれば無視するわけにもいくまい」
ギネヴィアはエルフェデットよりも海に近い国であるから、エルフェデットに来るルート上で見つかったのだろうということは明確だ。
この話で最も問題なのは相手が乗り込んできたタイミングだ。
魔宴祭の開催を向こうは知っているのか、知っていないのか。
海を越えた先でどのように情報が広がるのかはこちらからは推測することしかできないが、今までも侵入があったのならば普通に考えれば魔宴祭の開催を知っている可能性のほうが高い。
なおかつ、国王たちが集まっていると言うこともだ。
「しかし、何が目的なのでしょう? 中央大陸にかまっていられるほど西も東も余裕のある状況ではないと思うのですが」
国王たちが集まっているところに侵入する、普通ならば国のトップを狙うことが目的であると考えるのが当たり前だろう。
ただ、西も東もお互いに争っている最中だから下手に中央大陸を刺激して敵に回せばどちらの大陸側も不利になることは目に見えている。
だとすると狙いは国王たちにないのかもしれない。
そうなると狙いは分からなくなってしまうのだが。
「我もそこには悩んでいるところだ。当然他国もだ。両大陸共に中央大陸の国々に応援要請は求めてはいるものの敵には回したくないはず。ならば単純に諜報活動を行いに来ただけと考えるのが妥当だ」
「それならば魔宴祭などという厳重警備の場に侵入するなどではなく、警備が手薄になる各国のほうへと向かうほうが効率的だろう。これが各国の国王たちの考えです。狙いが分からない。それ故話を広めたくはないのです」
ウルは厳しい口調で補足する。
狙いが分からないものの侵入があるとなれば間違いなく陛下の反対勢力は声を上げるだろう。
このような場に侵入者がいたことは失態であると。
そうして増長することを防ぐ意味もかねて内密にしている話なのだろう。
「話は分かりました。しかし野放しにしておくというのもかなり怖いものがあります。何か手は打たれているのですか?」
なにせここへは娘も来ているのだ。
貴族として、王宮の者として国民や他国の客人を心配する思いも強いが、それ以上にラビへの心配が大きい。
隣にいるリアナも同じ気持ちだろう。娘を目的も分からない侵入者のいる街へ置いておくのは反対だ。
「警備はより厳重に行うことにしておる。他国への協力要請もしているから万が一ということはないと思ってよい。……最も君の娘には優秀な護衛がついていると思うが」
陛下は僕の心を読み取っていたようだ。最後に言葉を付け加えてソファに背を預けた。
確かにアリアは優秀だ。
しかし陛下がないと思っていいと言う万が一を考えてしまうのが僕の性格で、大きな不安が残る。
「一体何をしようというのでしょうね。こんな場で……」
「それが分からぬから困っておるのだろう。我々はな」
珍しく弱気な発言の陛下に驚いて、思わずリアナと顔を合わせてしまった。
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気がつくと私は宿のベッドの上で寝かされていた。
自分でベッドの上まで動いた覚えがないからきっとあのままソファの上で寝てしまって誰かに運ばれたんだろうと思う。
陛下のいる前で寝てしまうなんて、大丈夫だったんだろうか。
「あら、おはようラビ。昨日はやっぱり少し遅い時間だったかしら。あんなふうに寝てしまうなんて珍しいものね」
すっかり疲れの取れた上半身を起こすとお母様がドレッサーの前で身支度をしていた。
そういえば今日はお父様とお母様も一緒に魔術絵画の展覧会を見に行く予定だった。
「……私、陛下の前で寝てしまっていたけれど……大丈夫でしたか?」
「ええ、陛下も子どもならとうに寝ている時間だーって笑ってらしたから。そんなことを気にするなんて、相変わらずしっかりしてるわね」
笑いながらのお母様の言葉にほっと胸をなでおろした。
そこで、お母様の顔色があまりよくないことに気がついた。
目の下にはうっすらと隈が出来ていて、なんだか顔も青白い。
「お母様? 体調が悪いのですか?」
そうたずねるとお母様ははっと驚いたように目を丸くして、そのあと両手を振って否定する。
「ううん、昨日遅くまで起きていたから。ラビが寝てしまってからも陛下と長い間お話していたの。私はそれほど話していないのだけどね。エドワードと陛下がお酒を飲みながら、ね」
「そうなんだ……無理はしないでくださいね」
ありがとう、と一言言うとお母様は身支度を再開した。
私が寝てから一体どんな話がされていたのだろう。
少し、気になった。




